第27話シルスナ頭を冷やす


「本当ですかっ!?」


「あぁ、良いよ。ただちょっとだけ条件があるんだ」


「売って頂けるだけでも充分ですっ!それでどんな条件でしょうか?」


うわぁ、受付嬢さんニッコニコだ~。

大分、上から圧かけられてたんだろうなぁ。良く見ると少し目に隈が・・・


昨日の冒険者警察の一件から、考えあってデカい兎・・・えーっとキングサヴァナラビットか。その肉を少しだけ、ギルドに回すことにした。


「あぁ、まず一つはギルドに卸す肉の部位と量は、毎回こっちで決めさせてもらう。あと定期納品とか一切しない」


「ぐっ、それはこちらとしては痛いですが・・・致し方ありませんね・・・」


この条件は、俺にとって大前提だ。

一番美味い部位は俺らで食べるし、ギルドに卸す分は余った部分だけだ。何が悲しくて、美味い部位を知らないやつの為に提供せにゃならんのだって話だよね。

あと定期納品とかも無理無理。めんどくさい。


「最後に俺の卸した肉は、アリロワってやつに絶対に売らないこと」


「えっ!?」


受付嬢さんの表情が急激に引き攣る。

あー、やっぱ圧をかけてるやつの一人にアリロワがいるのね。

受付嬢さん、表情が分かりやすいから楽だわ。何を考えてるか手に取るように分かるわ。


「ちなみに、間接的にアリロワの手に渡るようにするのもダメだぞ?分かった瞬間、肉はもう絶対売らないし、魔物素材もギルドに売らない」


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!そ、そんなぁ・・・」


「この条件を飲めないなら、悪いがこの話はなしだ」


あー、受付嬢さん涙目になってるわ・・・申し訳ないけど、俺も引くに引けないんだよね。

これは俺からのアリロワに対して報復措置だ。

これでも俺も元貴族。権力者が何をされたら、一番腹が立つかわかってるつもりだ。


アリロワはでか兎の肉が欲しくてたまらない。味わうことは当然として、夜会で貴重な肉をみんなに振る舞うことによって、自分の権力を誇示したいんだろうな。


なら俺はその目的を潰す。

アリロワには売らないし、しかもアリロワ以外には売る。

・・・間違いなくブチ切れるだろうなぁ。その姿を見れないのが残念だけど、想像しただけで胸がスっとするわ。


「シ、シルスナさんが持ってくる魔物の素材がなくなると・・・こ、困るんです・・・」


「そうなの?」


「は、はい。シルスナさんが持ってくる素材はどれも希少で、そのとても需要が高くて・・・」


知らんがな。

依頼報酬を受け取るついでに、熊の素材シリーズをちょいちょい換金してたけど・・・あの熊、そんなに需要があるの?


「まっ、条件を飲めないならもういいよ」


「・・・あんまりうちの看板娘をイジメないでやってくれないかな」


「おたく誰?」


おっ、ようやく本命が来たか。

ギルドカウンターの奥から、三十代後半くらいの男性がこっちにやってくる。

あの貫禄からして、ギルドマスターで間違いないだろう。


「これは失礼。ここのギルドマスターを務めているクラッハだ。よろしくね、シルスナ君」


「へぇ、ギルドマスターがわざわざ出てくるなんてなぁ」


「ふふ、私を引っ張り出すのが目的だったんだろう?」


「・・・さてね」


あっ、この人曲者だわ。俺の目的を察してるっぽいし、何より商売で交渉してた凄腕貴族や大商人と同じ匂いがするわ・・・


「奥で話を聞いていたんだが、キングサヴァナラビットの肉を卸してくれるみたいだね?」


「あぁ、条件付きだけどな」


「それも聞いていたよ。とりあえず私の部屋で話さないか?」


「俺はそれで構わないよ」


「それでは着いて来たまえ。アリア君、お茶を頼めるかな?」


「は、はいっ!畏まりましたっ!」


よし、とりあえず交渉の場は整ったな。

ギルドマスター曲者っぽいし、気を引き締めていかないとな。


あと受付嬢さんには、後で謝っておくか。ギルドマスターを引っ張り出す為とはいえ、受付嬢の裁量権外のことでイジメる形になっちゃったからなぁ。




「ど、どうぞ」


「ありがとう。それじゃ、アリア君はもう下がっていいよ」


「は、はい。失礼致します」


受付嬢さんがすごい畏まった様子で、ギルドマスター室から出ていく。

ギルドマスターってそんなに偉いのか・・・いや、偉いな。言うなれば職場の社長だもんな。


「この紅茶は私のお気に入りでね。ささ、飲みたまえ」


「はぁ、じゃぁ頂きます・・・おぉっ、美味い」


ギルドマスターに言われるまま飲んでみたけど・・・これ美味いな。

王国の紅茶にはない深みとまろやかさを感じる。

あっ、これ森の木の実に合いそうだな!試してみるか。


「ちょっと失礼」


俺は指輪から白と赤の実を取り出し、口の中へと放りこむ。

甘味とミントのような爽やかさを堪能した後に紅茶を啜り・・・うん。この組み合わせは最高だな。俺もこの紅茶買おうかなぁ。


「・・・君、大丈夫なのかい?」


「ん、何が?あっ、コレ食べる?紅茶に合うよ」


「い、いやっ、遠慮しておこう」


めちゃくちゃ引き攣った顔で遠慮された。・・・美味しいのに。

後、小声で「あれは猛毒じゃ・・・」とか「なぜ平気なんだ・・・」って呟いてるけど、何のことだろう。


「ゴ、ゴホン・・・話を戻そう。キングサヴァナラビットの肉をアリロワ氏に渡したくないと聞いたのだが」


「それで間違いないよ」


「わかった。それで手を打とうじゃないか」


「・・・えっ?」


ギルドマスターの即答に、思わず変な声が出てしまった。

えっ?そんなアッサリで良いの?


「どうかしたかね?」


「いや、随分とアッサリ決めたもんだなって・・・俺が言うのも何だけど、良いのか?アリロワってこの街の次期代表なんだろ?」


「あぁ、そんなことかね」


「そんなこと?」


「アリロワ氏が次期代表って言うのはデマだ。アリロワ氏の手下がそう吹聴して回ってるだけにすぎんよ」


「・・・なるほど、そういうことか」


あれか世論操作か。デマでもアリロワが次期代表になるって噂を拡散し続けると、そのデマは巡り巡って信憑性を増す。つまり民衆を味方につけることが出来て、選挙で有利になるっていう寸法ね。

こっすぃわ~。


「君はなかなか政治に詳しいみたいだね」


「・・・何のことだろうね」


「ふっ、君がそういうのならそういうことにしておこう」


・・・こいつ、やっぱり曲者だな。俺の内心が見透かされてる気がする。


「それで、本当に良いのか?アリロワを敵に回して」


「かまわんよ。私ら冒険者ギルドは現代表派だ。今更敵に回した所で痛くも痒くもない。それに、君を失うほうが損害が大きい」


「何でそこで俺の名前が出てくるんだ?」


俺とアリロワを天秤に賭ける意味がわからない。


「ふふ、分からないって顔してるね。答えは簡単だよ。君、神話の森の・・・しかもかなり奥まで行ったよね?」


「神話の森?」


なんだその御大層な名前の森は。


「そう、神話の森さ。数メートル級の虫達がワラワラというあの森さ」


「その森なら知ってるわ」


あの森、神話の森なんて御大層な呼ばれ方してんの?

いや、ゴリラもエイスもボーズも神獣だったしな。案外的を射てるの・・・か?


「その森に住んでたけどさ。・・・それが何だってんだ?」


「住んで・・・。いや、何も言うまい。私は元は名の通った冒険者でね。神話の森に挑んだことがあるのさ」


へぇ、この人冒険者だったんだ。

どこか品があるから、貴族とか名家の出とか思ってたわ。


「昆虫型の魔物がいるエリアは何とかなったんだけど、その奥にいるキングボアには苦戦してね・・・一匹と戦っただけでこの通りさ」


「・・・足をやられたのか?」


「正確にはキングボアを命からがら倒した所で、スナイバードに足を射抜かれてしまったのさ。まっ、この件で私は冒険者を引退して、ギルドマスターの仕事に就いているがね」


ギルドマスターは、義足になった片足を撫でながら話を続ける。

スナイバードってあの細長い鳥のことか。確かにあの鳥は、戦闘後の隙を突いてくるからな。俺も下手してたら、手足何本か持ってかれてたのかな。


「君はそんなキングボアを、何匹も倒しているみたいだ。そんな実力者を、ギルドが放っておくはずがないだろう?」


「言いたいことは分かったけど・・・強い冒険者を囲う為って理由だけじゃ弱いな」


「充分な理由さ。強い魔物の素材は貴重さ・・・特にキングボアの爪は、難病の特効薬が作れる。君は知らないだろうけど、君のおかげでかなりの人間が救われているんだよ?」


「マジか・・・」


あの熊、薬になるんか。

薬になるならもっと早く言ってくれれば良かったのに。熊の爪なんて、まだ在庫たくさんあるぞ。


「我々がアリロワ氏よりも、君を優遇する理由。納得してもらえたかい?」


「あ、あぁ・・・」


・・・うわぁ。急激に自分が恥ずかしくなってきたぞ。

このギルドマスターが曲者なのは間違いないけど、めちゃくちゃ民衆のこと想ってる人だ。民衆のためなら、街の有権者と敵対しても厭わないタイプの人だ。


エイスとボーズを足蹴にされたのは今でも許せないけど、アリロワに嫌がらせをしようとしてた自分がちっぽけに見えてきた。ヤバイ死にたい。


「・・・話は分かった。キングサヴァナラビットの件だけど、アリロワに肉を回さない条件は撤回するわ」


「おや、良いのかい?」


「そうしないと、少なくとも被害は出るんだろ?」


「・・・ふふ、君はやっぱり頭がキレるみたいだね。助かるよ」


・・・頭が冷えてきたわ。

あぶねぇ、危うく何も悪くない多くの人に迷惑かける所だった。


「とりあえず、今度から肉も卸すよ。後、熊の爪とか足りない物とかあったら言ってくれ」


「恩に着るよ」


「・・・あぁ、とりあえず帰るわ」


年下のしかも低ランクの俺に、深々と頭を下げるギルドマスター。


・・・世の中には、こんな人もいるんだな。王国には自己保身と欲まみれのやつしかいなかったのに。

ああああああ、政治の中にいたからって、世の中を知った気になってた気でいた時分が恥ずかしいっ!

ギルドマスターも所詮は利権にまみれたやつなんだろって思ってた自分を殴ってやりたいっ。


・・・帰ろう。今日は帰ってもう寝よう。




・・・その前に熊の爪を納品して帰ろう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る