第21話:恋のテキストないの?

小町は気持ちを落ち着かせるために、ぐいっとグラスのソフトドリンクを飲み干し、


「まったく……もう! 休憩は終わり!」


と、宣言した。


「「ええ〜〜?」」


小春と芽衣から不満の声があがる。


「こんなことしてたら、いつまで経っても勉強できないでしょ!」


「そうですね。そろそろ再開しましょうか」


「確かに……さすがに勉強しないと……ね」


「「……はぁい……」」


真面目な三人トリオが多数決で勝った。

それぞれ教材に向かって、問題を解いていく。


部屋に静けさが戻り、かりかりと文字を書くペンの音と、ちくたくと時を刻む時計の音だけが聞こえる時間がしばらく続いた。


「……ふふっ…………小町さん……この国語の問題……面白くないですか?」


巡がひそひそと、隣の小町に声をかける。


「え?」


小町が肩を寄せて、問題集を覗き込んだ。


「ちょっと……解いてみて……下さい」


「なになに……。次の少女の日記を読んで主人公の気持ちを答えよ、か」


良くあるタイプの問題だなと思いながら、目を通していく。


「え〜と……問題一は、このときの『私』の気持ちのうち、より当てはまるものから順に二個選びなさい」


選択肢の数がかなり多くて、アからコまで候補があった。


「なかなか大変ね」


王道の消去法で順番に、当てはまらないものを消していく。


「──できた」


「ふふっ……答えは?」


「え〜と、コとイかな?」


「そしたら……ページをめくって解答をみて下さい」


「え〜と、『残念ながら答えはコとイではありません、答えはアとイでした。つまり、『私』の気持ちはコイではなくアイ。まだまだですね!』……ってなんじゃこりゃ!」


「まだ……次の問題があるんですよ」


「ええ!? まだあるの? ……なになに、このときの『私』がしたかったことを、より当てはまるものから順に二個選びなさい、か」


「答えは……」


「ええと、当てはまらないものを消していくと……」


順番にペンで消していくと──


「……ってキとスじゃん! なんなのこれ!」


「ふふっ……ね? 面白いでしょ?」


巡がからかう様に笑った。


「まったく。問題作ってる人、完全にふざけてるよね!」


解答のページを見ると、「キス……したいですよね?」と、書いてあった。


「ですね、ふふ……」


小町と巡が話している様子を見て、純がそちらに顔を向けた。


「ん? どうかしました?」


……そんな純の唇に、つい小町の目線がいってしまう。


「……な、なんでもないよ! ささっ、集中しないと!」


自分の参考書をわざとらしく音を立てながら急いでめくって、小町はその場をごまかした。


(……ぐぬぬ……私、問題集にまでからかわれてる!?……)


◇ ◆ ◇


その後も勉強と小休憩を繰り返していると夕方になった。


「もういい時間だし、そろそろ終わりましょうか」


小町がそう言うと、他のメンバーも顔を上げる。


「そうですね……皆で勉強できて……楽しかったです」


「僕も楽しかったです。なんだか次の試験は結構できそうな気がしてきました」


「お兄ちゃん、最近なんかやる気だよね?」


「そうなの? 純くんって元から勉強は結構できるでしょ?」


純はクラスの中でも成績はトップテンぐらいに入っている。

小町としては、もともとしっかり勉強をしている印象を彼に対して持っていたのだ。


「う〜ん……今までもなんとなく勉強はしてたんですけど……」


「けど?」


「そもそも、なんで勉強する必要があるんだろ? って思ってたんですよね……」


「う〜ん……それはずいぶんと根本的な疑問だねぇ……」


「将来のため、なんて大人は言いますけど、あんまり自分の将来なんて考えていなかったですし……」


「まぁ高校生には難しいよね」


言いながら小町は、純のグラスが空になっているのに気がついてソフトドリンクを継ぎ足した。


「でも小町さんを見ていると、高校生なのに立派に仕事をしているので、なんか……僕も頑張らないとって思えてきて……」


「えっ? う〜ん……私もお姉ちゃんの後を追ってたら、たまたま仕事をするようになっただけで……そんな立派なものでもないよ」


「いえ! 小町さんはすごいですよ。尊敬します」


「そ、そう……!?」


純に真っ直ぐな視線を向けられて、小町は頬をそめつつ目をそらした。


「……ね、ねぇ、純くんは将来の夢とかあるの?」


「……そういうのもあんまり考えたことがなかったですね。こんな性格なので、あんまり明るい未来みたいなのも想像できなくて……でも……」


「でも?」


「いや……最近は……なんとなく、自分のやってみたい事みたいなことを考えるようにはなってきました」


「え〜、なになに?」


「いえ……まだ、はっきりと思っているわけじゃなくて、ただ漠然と思ってるだけで……」


「え〜、聞かせてよ?」


「そうですね……僕は……宇宙に行ってみたいですね」


「宇宙かぁ……」


「笑わないですか?」


「ううん……なんとなく純くんっぽいよ。純真でロマンチストというか……いいと思う」


「……小町さんは、将来の夢みたいなのあるんですか?」


「そうだなぁ……。小さな頃は……なにがなんでも女優になって映画に出て、有名な賞を受賞して……みたいなことを考えてたけど……。今はどうだろ?」


「仕事が嫌になったんですか?」


「ううん……そういうわけじゃないよ。演技をするのは今も好きだし。……ただ、そのために全部を犠牲にするのはちょっと違うかなって……」


「なるほど」


「好きなことだけやってられればいいんだけどねぇ」


そう言って笑いながら、小町は自分のドリンクを飲み干した。

純はその空いたグラスにペットボトルからジュースを注ぐ。


『ねぇ……小町さんの一番、好きなことってなんですか?』


『もう……言わせないでよ』


『それでも僕……聞きたいです』


『……えっとね……それは……純くんと一緒にいることだよ……』


『……小町さん……いつか僕と一緒に宇宙に行ってみませんか?』


『……素敵……私……ずっと純くんについていくね……』


『小町さん……』


『純くん……』


◇ ◆ ◇


「──こんな感じかしら?」


「ど……どうでしょうか……? だいたい……合ってるような……そうでもないような……」


いつの間にかキッチンに退避していた小春が勝手にアフレコをしていた。

巡は洗い物を手伝いながら小春の相手をしている。


「ぶごべぇ!! (離せぇ!!)」


芽衣は小春に口を抑えつけられて黙らされている。


「だめよ、芽衣ちゃん! あんなラブラブ空間に入っていったら窒息するわ」


「う……宇宙……だけに」


「おっ、黒崎さん上手いこと言うね!」


「ぶば、びっぼぐびぼうだよ!! (今、窒息しそうだよ!!)」

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