第7話:誘惑エボリューション
「ええっ!?……な、なんで」
「ほら、さっきエロいって言ってたじゃん。如水君も男の子なんだから、そういう願望はあったりするんでしょ?」
「う〜ん……ない……と言えば嘘になりますが」
「ほら……力を抜いて……」
小町は立ち上がると演技モードに入った。
椅子に座っている彼の肩に手をおき、二人の間の距離をつめる。
額と額がぶつかりそうな位置で見つめ合いながら、そっとつぶやく。
「どう……? 何か感じる?」
「ド、ドキドキします」
純が珍しく照れている様子を見せていた。
顔が軽く赤くなっている。
「……本当? わたしも……ドキドキしてる……」
演技で言っているセリフのはずなのに、不思議と本当に胸の鼓動が高まっているのを感じてきた。
「ねぇ……わたしが欲しい?」
「ほ、欲しいって?」
「……まったく、鈍いなぁ……」
呆れるような口調で言いつつも、彼の手を恋人つなぎでぎゅっと握った。
「如水くんの手……あったかいね……」
「小泉さんの手は……冷たいですね……」
「そうね……君の手であっためて」
「はい」
素直に手をにぎにぎとしている。
その様子がおかしかった。
「ふふふっ……」
「変ですか?」
「……ううん……変じゃないよ。うれしい」
なぜだか、体だけじゃなく心があったまるのを感じていた。
(このまま、ずっとこうしていても良いぐらい)
「このまま、ずっとこうしていても──」
いけない──思ったことをそのまま口に出していた。
多少アドリブが入っているが、このままこの流れを続けても良いだろうか?
「……」
「……」
小町がぼんやりとしているところに、純が口を挟んだ。
「あ、あの……小泉さん……?」
「ん……なぁに?」
「……なんか……だいぶドラマとテイストが違いませんかね??」
「──はっ!?──」
言われて、我に返った。
確かに──ドラマのサキュバスは男を色っぽく誘惑する役回りだ。
サキュバス自体が男に恋愛感情をもつようなシーンはなかった。
(……うわ〜、私なにやっちゃってたの〜〜〜……)
これじゃまるで──
(……恋人同士がただイチャついてるシーンだよね……)
演技をしているはずが、そのことを忘れてしまうなんて……。
「あ、そろそろ手を離してもいいですかね?」
しかも、無意識にまだ彼の手をにぎにぎしていた。
「んぐはっ!!」
言葉にならない声を上げて悶絶する。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……」
スーハーと深呼吸をして息を整えた。
「ふ、ふぅ……ちょっとアレンジを加えてみたの」
無理矢理な言い訳で強がる。
「そうですか。なかなか良かったです」
(な、何が良かったんだろ?)
と、思いつつも尋ねる勇気は小町にはなかった。
「でも、女優さんも大変ですね。好きでもない男の体を触ったり、手を握ったりするなんて……」
まだ、ぼんやりとしている小町に気を遣うように純が話題をふる。
「う〜ん……そうでもないよ」
「そうなんですか?」
「うん……いや……正直、私も今まで意識したことがなかったんだけどね。好きな男の子の手を握る方が、そうでもない男の手を握るより大変……というかドキドキする……んじゃないかなぁ」
正直、そんなこと今まで考えたことなかったけど……。
「なるほど……そんなもんですかね」
それと、分かったことがある。
「感情の入った」演技とはよく言うけど、「自分が感情を入れる」から演技ができているんだ。
感情の方が勝手に自分に降りてきたら、冷静に演技なんてできない。
セリフなんてめちゃくちゃになるだろう。
「はぁ……」
「どうしました?」
「ううん……柄にもなく哲学的な事を考えてた」
「うん、確かに、小泉さんの柄じゃないですね」
「ふふっ……失礼だね……」
「あ、ツッコミがいつもより弱いです。本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ……さ、そろそろ帰ろ」
帰り道、二人はだらだらとどうでも良いことを話しながら歩いた。
別れ際に純が、
「でも、演技しているときの小泉さん素敵でした。僕、本当にドキドキしてましたよ」
と言うと、小町はふっと微笑んだ。
(……私も本当にドキドキしてたよ……)
そして純は最後に手を振りながら言う──
「また、やってくださいねー!!」
「やるかー!!」
────────
【あとがき】
「おもしろい」「続きが読みたい」と思って頂けたら、評価・ブックマーク・感想などで応援して頂けますと幸いです!
もし、良くないと思った方でも、気軽にこの作品を評価していただけたらと思います!(作者はそれなりにメンタル強いです)
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