第11話:お姉ちゃん企む

◇ ◆ ◇


それから数日後──


小町は久しぶりに小さな音楽スタジオに来ていた。


「小町ちゃん、おひさ〜」


「お久しぶりです。舞野さん」


小町は礼儀正しく頭を下げる。

舞野と呼ばれた黒髪の二十代前半ぐらいの女性は、小町のマネージャーである。

黒縁の眼鏡をかけたスマートな印象の大人の女性だった。


「とりあえず、そこ掛けてよ」


「はい」


スタジオのロビーにある小さな丸テーブルに二人で腰掛けた。


「どう学校は? ドラマの成功ですっかり有名人でしょ?」


「いえ、まだまだです」


「そう? 学校の男の子なんか絶対意識しちゃってるよ〜。……あ、変な意味で言ってるんじゃないからね。どんな形であれ、人気がでるのは良いことよ。小町ちゃんがそれだけ魅力的な女の子だってことだもん」


「そう……ですかね」


小町の頭に浮かんだのは純。

彼とのことを考えると、自分は魅力的なのかどうか自信がなくなってくる。


「んー、どったのー? 何か悩み事?」


「い、いえ。なんでもないです」


「……そう? じゃ、早速、仕事の話なんだけど……」


「はい」


「電話でも話したとおり、2ndシーズンの話が本格的に動き出してる。それでね、製作陣としては1stシーズンの話題性を維持するためにも、ファンサービスは継続してやっていきたいんだってさ。それで、小町ちゃんにドラマのキャラクターソングを歌ってもらいたいって。それといくつか有名曲のカバーもね。もちろんダンスもよ。どう、やれそう?」


「……舞野さんもよくご存じの通り、私そこまで歌は得意ではないので……」


「な〜に言ってんのよ、歌だって結構イケてるって。今まで一緒にやってきた私が言うんだから間違いないって。ほ〜んと自己評価低いなぁ」


「そう言って下さるのはともて嬉しいです。でも、本当のプロの方と比べてしまうと……」


「う〜ん……そりゃ、それ一本でやってる人たちと比べちゃあねぇ……。でも小町ちゃんの可愛さは、そんじょそこらのアイドルに負けてない。何より歌って踊れて演じられるってのは強みよ。それに、この仕事はドラマの2ndシーズンに繋がってるの。あなたが一番目指してるキャリアへの道でしょ?」


「そうですね……。はい。頑張ってみます。ただ……ちょっとだけご相談が……」


「ん? なに?」


歌となれば練習の時間も必要になる。特にオリジナル曲ならなおさらだ。

スタジオに通う時間も考えるとかなりの時間がとられる。

となると「彼」との時間があまり取れなくなる。その事が少し気がかりだ。


小町は、家でも練習するので、少しだけでもレッスンの時間を短くしてくれないかという事を伝えた。


「うーん、珍しいわね。小町ちゃん、割とがっつりしてるというか、プロ意識は高い方だと思ってたから」


「すいません……ちょっと学校も忙しくなってきて……」


「……男じゃないわよね……?」


ギクリ──と小町は内心で動揺しているのを隠して対応する。


「ちがいます! そんなわけないじゃないですか」


「冗談で、聞いただけだけど……。念のため言っておくけど、男はだめよ。いくら小悪魔キャラで人気がでたからといって、高校生の芸能人がリアルに男の影をちらつかせてたら、どうなるか。もう少しキャリアを積んで、大人になってからなら分からなくもないけど」


「……分かってます」


迷いを隠して、真剣な表情をつくる。


「まぁ……いいわ。なんとか調整してみる。任せときなさい!」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


小町の声がはずんだ。


「そうと決まったら、とりあえずデモテープを聴いてみてよ。作詞と作曲の人も来てるからさ、今日は軽くイメージ合わせしてみよ!」


「あ、はい」


舞野に促されて、小町はスタジオの中に入っていった。


◇ ◆ ◇


「と、いうわけなんだけど……」


家に戻った小町は、姉の小春の部屋で今日の出来事を彼女に話していた。

小春は風呂上がりのパジャマ姿で話を聞いている。


「へ〜、いい話じゃない。あんた相当信頼されてるね。そんなワガママ通してもらえるなんてさ」


「うん……それは分かってるし、事務所にも舞野さんにも感謝はしてる……けど……」


小町の中で、自分のキャリアの事、周りの期待を裏切りたくないという気持ち、淡い恋心の三つが複雑に混ざり合っていた。

そんな小町の様子を見ながら、小春は脳天気に言う。


「……まぁ、なるようにしかないんじゃないかね〜」


「そんな、適当なー」


「だって、考えたって仕方ないじゃん。答え出すのなんて無理だよ。あんたは──ううん、人間なんて欲深いんだよ。欲しいと思ってるものがたくさんあるんだよ。私もさ、あんたの気持ちを全部理解できてるか分からないけど、あんたが考えていることのどれか一つを切り捨てるなんて、出来るの?」


きっぱりと問いただされて、小町は──


「う……無理」


と、うなだれた。


「でしょ? やれることやるだけだよ。ま、流されてるだけとも言うがね!」


と言って小春ははっはっはと陽気に笑った。

小町は恨めしく姉を睨んだ。


「……はぁ……。じゃ、とりあえずお姉ちゃん練習付き合ってよね!」


「は!? なんでそうなる!? めんどくさい! というか、私は歌なんて分からないんだけど!」


「いや〜、一人だと気合い入らないからさ。ほら、久しぶりに一緒にカラオケ行こうよ」


「いや、それあんたが練習してるの聞いてるだけになるじゃん」


「私が休憩してる間に歌っていいからさ〜」


いつもからかわれている事の意趣返しのように、小町は姉に甘える仕草を見せた。


「はぁ……」


そんな妹の愛らしさに心打たれたのかは分からないが、小春は逡巡の後─


「分かったよ」


と観念した。


「ほんとー!?、やった!」


「たーだーしー、その代わりにさ〜───」


小春の顔はいたずらっぽく笑っていた。

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