第2話:陰キャのジュンくん

「先生が言ってたけどさ、今日、席替えすんだってさ」


「え〜、めんどくさ〜」


「俺、小泉の隣がいいな」


「うわ〜、下心見えすぎ」


一学期の途中、小泉小町のクラス──私立藍川高校2年1組──は席替えをする事になった。

くじ引きで決まった彼女の席の左隣──クラス中央の窓のすぐそば──になったのが如水じょすいじゅんだった。


「うわ〜、こまっちゃんの隣、如水じゃんか〜」


「いっつも一人で本読んでるし、あいつキモいよね〜」


「チー牛食ってそ〜」


小町の友人たちからは、そんな風に言われるほど、彼はクラスの中で性格の暗いキャラ──いわゆる陰キャと認識されていた。


「え〜、そっかな〜」


小町としては特に思うところもなかったので、適当に話に乗っかっている。

単純に興味がなかったというのが正しいだろう。


「あいつ女子への免疫なさそうだし、こまっちゃんがちょろっと優しくしたら惚れちゃいそうじゃね?」


「そうだ、いつ如水がこまっちゃんに惚れるか、賭けしてみようよ〜」


「い、嫌だよ。そんなの、無理だよ」


「な〜んて言って、自信あるんでしょ。分かってるんだから!」


「よっ、女優さん!」


小泉小町は周りの空気を敏感に読むタイプである。

いまでこそクラスの女子の輪の中心にいる彼女だが、それはネットドラマのおかげで有名になれたからという事が大きい。

むしろ有名になるまでは、周りからは妬みそねみで、いじめられていた。


「男に媚びうっててウザいんですけど〜」


「ぶりっこ演技だけは得意だよね〜」


なんて言われる事は日常茶飯事だった。

今は有名になったので、手のひらを返してすりよってくる人間が増えただけの事である。


未だに、自分のいないところでは「所詮、エロで売れてるだけでしょ」なんて悪口を言っている友人がいることをよく知っている。


(……こういうのに合わせるのも、処世術って奴なのかな……)


適当にあわせておけばいいだろう、適当に如水と話していれば向こうが惚れてくるだろう、学校なんて適当にやって敵を作らない方がいいだろう、そんな気持ちだった。


 ◇ ◆ ◇


「如水くん、よろしくね」


席替え早々に、とりあえず挨拶をしてみる。


本を読んでいた彼は顔を上げると、無表情で、


「よろしく? ……なにを?」


と返した。


「い、いや、ほら、私たち隣の席だから……」


「……それは見れば分かるけど……」


と言って彼の動きが止まる。

目が隠れるぐらい長い前髪だけが、ふわりと窓からの風に揺られた。


「……で? みたいな顔しないでよ」


「ごめん……それで?」


「あのねぇ……」


本当に悪意がない口調で聞いてくるもんだから面くらった。


「……ほら、横の席になったからさ、色々お世話になるかも……と思って」


「お世話って、例えば?」


「え? ……う〜ん……、ほら教科書を忘れたときとかさ!」


「ふふっ、教科書忘れるなんて、結構おっちょこちょいなんですね」


ちょっとだけ彼の無表情が崩れて微笑む。


「た、例えばの話よ! 隣の席にいれば、他にも色々あるかもしれないでしょ!」


「ふ〜ん……まぁ、引っ越しの挨拶みたいなものですかね?」


「そうそう! そんな感じ!」


ふぅ、やっと会話が成立した気がする。


「すいません。お土産もなくて」


「いえいえ、お構いなく……ってそうじゃなくて!」


勢いでノリつっこみしてしまった。


「違うんですが?」


「違う、違う。そんなにかしこまらないでいいからさ、自己紹介みたいな感じだよ」


「なるほど……それじゃ、よろしくお願いします……え〜と……え〜と」


そこでまた彼の動きが止まる。まさか……


「……もしかして、如水くん、私の名前知らない?」


「いえ……聞いたことはあったはずなんですが──」


「そりゃ、クラスメイトだからね! 聞いたことぐらいはあるよね! もう一学期も半分過ぎてるしね!」


思わず大きな声で連続ツッコミを入れてしまったので、それぞれ新しい席の周囲と話していたクラスメイトの視線を集めてしまった。


(……くっ……私こんなキャラじゃないはずなのに……)


調子狂うなぁ……と思いながら改めて自己紹介する。


「……それじゃ改めて、私は小泉小町だよ」


「あ、如水って言います」


「……うん、知ってるよ……」


なんなら、最初に名字で呼んだよ。


「はぁ……このクラスに私の名前を知らない人がいたなんて驚きだよ」


「すいません……」


「はぁ〜、ちょっと自信なくすわ〜。それなりに人気あったつもりなのに」


溜息ためいきをつきながら、椅子に深く腰を下ろす。


彼はそんな様子を、そのままの無表情で眺めて──


「? そんなに美人で可愛いのに自信をなくす必要ないですよ」


真顔で──淡々と──純粋に。


「──っ──」


(……い、いきなり何言ってんのよ!)


反応に困った。もしかしたら少し顔が赤くなってるかも知れないと思って下を向いた。

容姿を褒められることには慣れている……はずなのに、何故だか心が揺さぶられた。


(……これが、不意打ちの効果!?)


落ち着こう。主導権を握らなければいけない。

小悪魔小町にはそれができるはずだ。


「あ、ありがとう。……ってか同じクラスの人が、その『美人』の名前を知らないってどうなの?」


「すいません……あだ名が「こまっちゃん」って事は知ってたんですが」


「そっちは知ってたのかよ!」


またもやツッコミを入れる事になった。

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