第3話:二人の距離
その後、二人の間には特に会話もなく、いくつかの授業が終わると、昼休みの時間になった。
「まこっちゃん、お昼あっちで食べよ〜」
小町の友人の一人が、弁当を片手に提げつつ誘いに来た。
いつもは、女子たち四、五人のグループで昼食を食べていたので自然な流れだった。
教室の端に、そのグループが既に腰掛けている。
「うん。……え……と」
「どうしたの?」
「わ、私、如水くんと食べることにする」
「え〜、なんで?」
「あの……なんというか……ほら、あの賭けの話だけどさ! 意外と彼が手ごわくて、なかなか落とせそうにないんだよね〜……なんつって」
「へ〜、そうなの?」
「そうなんだよね……。私もちょっとはプライドがあるというか、なんというか……」
「ふ〜ん……そういうことなら……分かった。期待してるね、小悪魔小町さん!」
なんて言って友人は去って行き、いつも昼食を共にしているグループに入っていった。
その後ろ姿を見ながら、小町は
(……ふぅそうだよね……私、女優なんだから!……)
などと燃えていた。
◇ ◆ ◇
「ここ座るね〜」
「はい?」
如水ジュンの前の席の椅子を反対にして、彼の机を挟んで向かい合わせに座る。
彼は、いつもどおり他の人とは絡まずに一人で弁当を食べようとしているところだった。
「お弁当、一緒に食べようかと思って」
「一緒に……? 弁当は一つしかないけど……」
あげませんけど、という感じで自分の弁当をブロックしていた。
「はぁ……そういうことじゃなくて……」
(……ま、ちょっと慣れてきたな……)
と小町は思った。
彼はあまり人とコミュニケーションをとったことがないんだろう。
だから、ちょっとズレているんだと思うけど、慣れれば会話をするのに支障はないなと感じていた。
「私も弁当は持ってきてるからさ、ここで喋りながら食べようよ、ってこと」
「なんで?」
「なんで……って、食事は誰かと一緒に食べた方が美味しいでしょ?」
「う〜ん、一人で食べても二人で食べても味が変わるとは思えませんが。何か科学的な……」
「はいはい、そういう事言うと思った。いいから、いいから」
「あ、あの……」
強引に押し切って、彼の机の上に自分の弁当を開き始めた。
(……こういう男子には、思い切って攻めるべきよね……)
だてに小悪魔と呼ばれているわけではないと自分に言い聞かせる。
ちなみに、クラスの周りの視線は全てシャットアウトしている。
「はぁ」
如水も観念した様子で自分の弁当を食べ始めた。
「……結構、質素な弁当なんだね」
彼の弁当は、白米に梅干し、あとは二、三の冷凍食品らしきおかずが入っているという感じだ。
「他人の弁当をそんな見たりしないので、よく分かりませんが……」
と言って、小町の弁当を一瞥すると……
「確かに……そうかも知れませんね」
「あ〜、うちは結構過保護だったりするからさ。お母さん専業主婦だし」
「そうなんですか。僕の家は共働きですし、両親とも忙しくて……あんまり家族が集まることもないですし」
そう言って目を伏せた。
「ふぅん……」
(……家族の話はあまり良くないかな……)
彼の雰囲気から、あまり家族仲が良くないのかな? そんな風に考えて小町は話題を変えることにした。
「あっ、如水くんって、いっつも何の本読んでるの? ほら一人で本を読んでること多いじゃん」
「まぁ、本は一人で読むものですからね」
「……うん、まぁそうだよね……二人で読むのは難しいよね……」
(……これは、プロぼっちだなぁ……)
「それはともかく、最近はライトノベルを読む事が多いですね」
「へぇ〜、どんなのどんなの? 私は『ごのすば!』が好きだよ。ほら、前アニメやっててさ〜。めちゃくちゃ笑えるよね〜」
小町は、映画やドラマはもちろん、アニメやマンガなどのサブカルチャーを含めた流行り物の知識もある程度持っている。
もともと創作物に対するリスペクトはあるし、そういったオタク系の知識が求められる仕事もすることもあるからだ。
「そうですね、『ごのすば!』は良い作品ですよね」
「……おっ」
(……話題に乗ってきたっ……)
共通の趣味があれば、彼との距離もきっと縮まるだろう──獲物を見つけた猫のように小町はチャンスをうかがう。
「でも僕としては『世界が明日滅んでも──愛してる』の方が好きですね」
「ふぅん……それは、知らないなぁ」
「まぁ、マイナーな作品ですからね」
「へぇ〜。ってか、如水くんって恋愛系の話とか読むんだね。意外〜」
「いや、『世界が明日滅んでも──愛してる』はコメディですよ」
「ええっ、そのタイトルで!?」
「はい、いわゆるゾンビものですね。世界中にゾンビになってしまうウイルスがばらまかれてしまって──」
「あ〜、似たようなのよくあるね」
小町の頭の中に、いくつかの作品が浮かんだ。
「主人公とヒロインは、そんな世界を二人で生き延びようと旅をするんですが──」
「うん、どっかで見たことあるような展開だね」
「物語の途中で、ヒロインがゾンビになってしまうんですよね」
「え〜、結構、悲劇的なパターンだなぁ」
(似たような話は見たことあるけど、そのパターンだと悲しい展開が多いんだよなぁ)
「そうこうしているうちに、ゾンビ化をとく薬が完成したという話が世界に流れて、主人公はその薬を手に入れに──」
「あ〜、ヒロイン救出の物語なんだね」
(バトル要素が多めなのかな?)
「いや──薬を手に入れに行くことはせずに、ゾンビ化した女性のパンツを集めまくるというストーリーです」
「……」
沈黙。
「どうしました?」
「いやいや、ちょっと待って! 酷すぎでしょ、その話」
「そうですか? だからまぁコメディなんで」
「ってか『世界が明日滅んでも──愛してる』ってタイトルだったら、どう考えても純愛ものでしょ。なんなのそれ!」
「作者的には、『世界が明日滅んでも──愛してる(パンツを)』ってことだったらしいです」
「無理矢理だなぁ……」
「僕としては面白かったんですけど、後から書評サイトを見たら、タイトル詐欺と酷評されてました」
「うん、そりゃ酷評するわ」
「ちなみに、内容についても『ギャグが滑ってる』『センスが古い』『作者は死ねば良いと思うよ』などと散々の評価だったんですけど」
「まぁ、そんなタイトル詐欺してる時点で内容が酷いのも想像できる……。ってか、そんな作品がホントに面白かったの?」
「……ま、僕にとってはですね」
「ふぅん……如水くんって、変わってるね」
「う〜ん、そうかも知れないですね」
彼は窓の外を眺めて、遠くを見ながら少し考えるような表情を見せた。
窓から入る風に髪が揺られている。
(……良く見ると、意外と綺麗な顔立ちしてるなぁ……)
前髪が長めなので、普段隠れがちになっている彼の目元などを見ながら、小町はふとそんな事を思った。
「他の人がどう思おうと、僕が面白いと思った気持ちが変わるわけではないですからね。他の人を気にしすぎるのは良くないです」
「……うん。そうだね……」
(……なんだか不思議な気持ちになるなぁ……意外と大人びているというか……)
自分を持っているということだろう。なかなかカッコイイ事を言う男子だな──
「……ま、しょせん、パンツの話なんですが」
「そうだよ! なんかいい話っぽくなってたけど、パンツの話だよ!」
ふぅ……危うく流されて何か感動してしまうところだった。一気に現実に引き戻された。
「そういえばパンツと言えば、トイレにいった後に尿漏れなのかパンツが濡れてることってありますよね。気をつけないと──」
「やっぱ気にしよ! 他の人を少しは気にしよ!」
その日、小泉小町がパンツの話をしていたという噂が学校に流れ、一部の男子生徒の妄想力をかき立てたという。
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