第1話:小悪魔の小町ちゃん

暗い部屋の中、背中に小さな黒い羽を生やした若いサキュバスが、ベッドに腰掛けるワイシャツ姿のサラリーマンと覚しき男の胸のあたりをなでている。


黒い水着のような服装で体が露出されているため、あどけなさの残るサキュバスの体型と、みずみずしい肌に、男の視線は釘付けになっていた。


サキュバスは短めの黒髪の間から上目づかいで男の顔を覗き込むと、そっとつぶやく。


「……おじさん……わたしとイイコトしてもらえない……?」


「イ、イイコト……?」


「もう……言わせないでよ……オトナでしょ?」


サキュバスがぷくりとすねるような表情を作って、人差し指でぐるぐると男の胸をなぞると……


「んっ……!」


男はくすぐったさと快感を我慢するようにうめいた。


そしてもう一度、サキュバスの体を舐め回すように見ると、ゴクリと生つばを飲み込んだ後、


「わ、分かった!」


と、サキュバスの両肩を強く掴んだ。


「い、痛いよっ、おじさん!」


「す、すまん」


サキュバスの声に反応して、男はすまなそうに手を離した。


彼女はそんな男の頭をなでながら微笑む。


「いいんだよ……それだけ、ワタシが欲しいって事でしょ?」


ドクンドクンと男の心臓の鼓動がますます早くなった。


「でも焦りすぎだよ……。アタシに任せてくれれば大丈夫だから……。おじさんは何もしなくていいんだよ……ほら、力を抜いて……」


「う、うん……」


サキュバスと見つめ合っている男の目はトロンと呆けている。

目を合わせたまま、彼女は男をベッドに倒すように寝かせ、そのまま男に馬乗りになる。


「大丈夫……アタシに任せてくれれば全部大丈夫だから……安心して」


先ほどと同じセリフを繰り返すと、男の顔に自分の顔を近づけて──


──その瞬間、画面、、が暗転した。同時に、その「画面の外」から若い男女が声をあげる。


「うっわー! かわいいー!」


「てか、エロい!」


「身もだえしちゃう!」


「俺、ちょっとやばいかも……」


「お前何で前屈みになってんの? 何がやばいか言ってみー」


「うわー、変態~」


先ほどのサキュバスと男のやりとりの映像を、タブレットで見ていた高校生の男女数人がわいわいと会話している。

ここは彼らが通う学校の教室で、今は昼の休み時間のようだ。


「ちょっとー、学校で見るのやめてよー。いくらなんでも恥ずかし過ぎなんですけど!」


そのそばにいるのは、困惑した表情のサキュバス──ではなく、サキュバスを演じていた女子高生だ。しかし、その表情の愛らしさは、画面の中でも外でも変わらない。


「こまっちゃん、今度テレビにも出るんだって?」


「ん、まぁね……」


「すごーい! まさに、芸能人って感じだね!」


「なんか有名人のサイン貰ってきてよ」


キャッキャと騒いでいる高校生の中心にいるのが、小泉こいずみ小町こまち──親しい友人からは「こまっちゃん」と呼ばれている。

今話題をかっさらっているネットドラマに出演して以来、人気沸騰のアイドルだ。

──もっとも、本人は自分を女優として位置づけているが。


そのドラマの内容は、なかなかにきわどいものだった。


ある女子高生がサキュバスに取り憑かれ、男たちと「イイコト」をしないと命を落とすという呪いを受けてしまうところからストーリーが始まる。


女子高生は生き残るために夜な夜な街に繰り出し、めぼしい男を見つけては誘惑し「イイコト」をする事にする。「イイコト」の詳細は、夢の中のできごととして描写されないが、朝目覚めた男たちは、サキュバスの事が忘れられなくなってしまい、やがて人生を破綻させてしまうのである。


例えば、劇中の男の一人は、サキュバスにもう一度会いたいがために夜の街に毎夜ふらふらと繰り出す。

その事を妻に問いだされると口論になり、その男は妻を殺してしまうのだった。

その後、妻の死体を隠していつものように街に向かった男は、やっとのことで目的の女子高生を見つけて走り出す。

もう少しで彼女に声を掛けられる──その寸前で警察に捕まってしまうのである。


内容のきわどさと低予算であることから地上波のテレビでは放送されなかったが、物語のダークな雰囲気とサキュバス女子高生の小悪魔的なかわいらしさがネットを中心に話題になり、小泉小町は「小悪魔小町」なんて呼ばれて一躍有名人となった。


「小泉は普段から小悪魔っぽいもんなー。ハマリ役だよ、ハマリ役」


「ええー? そうかなぁー?」


小町は口もとに手をあてて、ふふっと笑う。


「うわぁ、もうその時点で小悪魔っぽいわぁ」


「こまっちゃんに落とせない男はいないっしょー」


「そんなことないって~」


口では否定しながら、小町自身は考えていた。


(……まぁ演技力もついてきたし、そこらの男なら簡単に落とせると思うけどね……)


この時の彼女は知らなかった──その自信が崩れ去るのは、そう先の話ではないという事を。

そして彼女が本当の恋を知るという事を。


 ◇ ◆ ◇


────────

【あとがき】

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もし、良くないと思った方でも、気軽にこの作品を評価していただけたらと思います!(作者はそれなりにメンタル強いです)

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