第十八話 そろそろ年の瀬
「ただいまー」
「おかえり、ほーちゃん。今ちょうど、
「え?!」
玄関に一歩はいったところで母親の声がしたので、慌てて靴を脱ぎすててリビングに飛び込む。
「なにか事故でもあったの?!」
「違う違う。アメリカ軍さんと航空自衛隊さんで、
私の勢いに母親は笑いながら、テレビ画面を指でさした。だけど画面はすでにほかのニュースに移っていて、私はそれを見ることができなかった。
「もう違うニュースになっちゃってる……見たかったのにざんねーん……」
「あと1分早く帰ってきてたら見れたのに。残念ね。立派な
母親は但馬さんとは直接会っていないけど、姉達から写真を見せてもらっていたので顔は知っている。写真を見て、優しそうな人で良かったわと、安心した様子だった。
そしてそんな母親の感想を聞いて父親も〝母さんの人を見る目はたしかだから問題ない〟と納得しているようで、私が但馬さんと映画デートを始めてからも、姉達のようにあれこれうるさく言ってくることはない。
「そうなんだ。でも、事件や事故じゃなくて良かった」
十年ほど前に、この近くで訓練していた自衛隊の戦闘機が、海に墜落した事故があったことを思い出した。あの時のパイロットさんは全員助かったって話だったけど、当時は大騒ぎになったものだ。
それを考えると、但馬さんて危険なお仕事をしてるんだなって思う。今まであまり深く考えてなかったけど。
それから〝ん?〟と首をかしげてしまう。
「でもお母さん、
ニュース映像では、アメリカの軍人さんと航空自衛隊の人が、お互いに交換しあったクリスマスリースと
「あっちには
「へ~、日米の交流ってのも、いろいろとやることがあって大変だ……」
アメリカ軍の人達に渡された
+++
『年末の早朝バイトの予定が決まったので、お知らせします。夜勤明けに、いつものタマゴトーストの注文をきくのを楽しみにしてますね!』
そしてその夜、冬休みのバイトのシフトが決まったので、但馬さんにメールをした。他府県から来ているバイト仲間の子達も、この時期だけは帰省することが多い。
だから私のような地元っ子が、シフトに入ることが多くなるのだ。入る日が多くなって大変ではあったけど、私は自宅から近い場所だし、実のところ早朝の時間帯は普段とあまり変わらない。
だけど時給はいつもより上げてもらえるので、できるだけ入ることにしていた。
「一日ぐらいは、但馬さんの夜勤あけとかぶるかな~~」
まだ下っ端だから夜勤が多いって言っていたし、夏休みの時だってけっこうな
それとも、なんでもない顔をしていきなり朝に来店したりして。
「あ、でも但馬さんだって、お正月のお休みはあるんだよね。自衛隊の人達って、何日ぐらいお休みがあるんだろ……もしかして、私の休みと丸かぶりしてる可能性もあり?」
そう言えば但馬さんの地元がどこか知らない。話している言葉遣いからすると関東出身かなと思いつつ、定かではなかった。そうなると、お休みは三沢を離れて実家に帰省する可能性もあるわけだ。
「しまった。最初にそこを聞けばよかったかな……」
冬休みは、朝のシフトで但馬さんと顔を合わせるものだと決めてかかっていたから、久し振りのやり取りを楽しみにしていたけど、なんだかちょっとあやしくなってきた。
そして寝る直前になって、但馬さんからメールが返ってきた。どうやら今日は夜勤じゃなかったようだ。
『年末年始の飛行訓練は28日が訓練納めです。訓練始めは年明けの8日の予定です。当直に関しては、二回ぐらいほなみちゃんのバイトとかち合いそうです』
相変わらず丁寧な口調のメールで笑ってしまう。きっと話して良いことと悪いことを考えながら文字を打ったんだろうなと、ブツ切れになっている文章に思わず笑いが込み上げてきた。
『但馬さんのお休みはいつですか? ご実家に帰省はするんですか?』
そう返事を送ると、電話がかかってきた。
「もしもしー?」
『こんな時間にごめん。だけど話をしたほうが早いから。いま、大丈夫かな?』
「大丈夫ですよ。幸いなことに、ここには電話を盗み聞きする姉達はいませんし」
私の返事に、但馬さんが電話の向こうで笑う。
「それで、但馬さんのお休みの予定はどうなんですか?」
『そこが下っ端の辛いところでね。クリスマスはアラート待機、
「うわー、お気の毒様です」
世の中はクリスマスや年越しでいろんなイベントがあるのに、但馬さんは基地で待機しなくちゃならないなんて。
『ほなみちゃんが、どっちかのイベントを楽しみにしていたんだったら、謝っておかなくちゃいけないな。カノジョができたら、少しは配慮してもらえるかなと期待して、希望を出したんだけどね。その点ではうちの飛行隊は、容赦なかったよ』
そう言って但馬さんは、溜め息まじりに笑った。つまり、但馬さんなりに頑張ってはくれたわけだ。そりゃあクリスマスや大晦日にデートできないのは残念だけど、それが分かっただけでも満足かもしれない。
「しかたないですよ。誰だってその時期は休みたいって思うでしょうし。きっと但馬さんのところの偉い人は、家族持ちさんのことを優先したんじゃないですか?」
『そうなのかもしれない。そういうわけで本当にごめん』
「謝らなくても大丈夫ですよ。但馬さんがどこでなんの仕事についているのか、分かってますから」
私達がなんの心配もなく楽しめるのは、但馬さんみたいな人達が、その日も日本のあちこちでお仕事をしてくれているからなんだから。
「でも、お正月休みはあるんですよね?」
『ああ。年次休暇は年が明けてからなんだ。俺は元旦から7日まで』
「え、でも大晦日が夜勤だったら、元旦は休みのうちに入らないんじゃ?」
大晦日の夜が夜勤てことは、元旦の朝方までが但馬さんの仕事時間だ。なのに、その日もお休みに含まれてしまうなんてあんまりじゃ?
『そこがまた容赦のないシフトの組み方ってやつだね。その日も休みにカウントされるらしいよ。……ほなみちゃん、元旦の明け方はバイトだろ? だったら、バイトが終わったら
但馬さんがそう提案してきた。
「大丈夫なんですか?」
『こっちも夜勤明けだから、さすがにその日には映画には行けそうにないけど』
「そうじゃなくて。但馬さんだって、実家に帰省するんですよね?」
『まあ、年に一度は顔を出せと言われてるから帰るけど、べつに早々に実家に行かなくちゃいけないってわけじゃないから。それに、夜勤明けでそのまま帰るなんてことはさすがにしないよ。いくら飛行機で帰るにしてもね』
そこで、但馬さんの実家がどこにあるのか知らないことを思い出す。
「但馬さん、実家ってどこ?」
『ん? 沼津だよ』
「ぬ?」
『
「めちゃくちゃ遠くないですか?!」
『うん、かなり遠いね。車や電車を使ってでまともに行くと、10時間ぐらいかかるからちょっとした苦行だよ』
そんなことを言って呑気に笑っているけど、それって笑いごとじゃないのでは?
「そんな長距離を移動するのに、夜勤明けに
『ん?』
「いやだから。その距離を、運転なり電車なり飛行機なりで帰省するのって大変じゃ? どういうルートか想像つかないけど」
『ああ、そっか、ほなみちゃんは知らなくて当然か。それぞれの基地を結ぶ定期便があってね。俺は
「あー……」
『分かった?』
「正直言って、さっぱり分かりません」
私がそう返事をしたら、但馬さんがおかしそうに笑った。
『だよね。ま、そのことに関しては次に会った時にちゃんと話すよ。それで? どう?
「
『俺が、ほなみちゃんと元旦に
そんな但馬さんの言葉に、ちょっとだけ顔が熱くなった気がした。
『ほなみちゃん?』
但馬さんが返事をうながす。
「分かりました。但馬さんが大丈夫って言うなら行きます。私もちゃんとお参りしたいし」
『ありがとう。だったらその日を楽しみにしながら、一年最後の月の任務に励むよ』
そしてもう一つ、但馬さんに聞きたいと思っていたことがあったのを思い出した。ニュースに出ていたいという、
「あ、そう言えば但馬さん。今日の夕方に、自衛隊とアメリカ軍の人が
『ああ、あれね。ほなみちゃんも見た?』
「それがちょうど帰宅したばかりの時で、見損ねちゃったんです。ところでその
あの後も、夜のニュースで流れないかとそれとなくチェックしていたんだけど、結局どこの局でも取り上げることはなかった。これで明日の地元新聞の朝刊に載らなかったら、最後まで見れずじまい。但馬さんは基地関係者で見ることができたみたいだし、実に無念だ。
『もちろん基地内の人間でだよ。業務隊がね、基地に飾る分も含めて作るんだ。見れなかったんだったら、後で門松とクリスマスリースの写真を送ってあげるよ。どっちも写真を撮らせてもらったから』
「本当? 見れなくて無念だと思っていたから嬉しいな。ありがとうございます」
『ああ、もうこんな時間か。そろそろ切るよ。明日も学校だよね。ここから電車一本でもかなり遠いから、気をつけて通学してください』
但馬さんの口調が、メールと同じような真面目な口調になった。
「はい。但馬さんも安全運転っていうのかな、こういう場合ってなんて言ったらいいのかな? とにかく安全飛行?ですからね」
『ありがとう。じゃあ、おやすみ』
「はーい、おやすみなさい」
それから五分もしないうちに、数枚の写真が送られてきた。クリスマスリースの写真と
「へー、この人があの時のパイロットさんなのかー……」
とても人懐っこい顔をしている人で、とてもあんなびっくりするような飛び方をする人には見えない。
「こうなると、ますます但馬さんがどんな飛び方するのか気になってくるよね……」
来年の航空祭、但馬さんの展示飛行、見ることができるかな。そのことも含めて、
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