第十二話 航空祭 2

 但馬たじまさんが案内してくれたのは、普段は隊員さん達が使っている食堂だった。一部に仕切りがしてあって、私達が使わせてもらったのはそちら側。招待客さん達専用の場所らしく、当然のことながら仕切りの向こう側では、隊員さん達が普段通りに使っている。


「お客さんのメニューは一択だけど、良かったかな?」

「カレー?」

「ぼく、知ってる、カレーは海上自衛隊だよねー、ここ航空自衛隊だよー」

「そっか。じゃあなにー?」

「カレーの日もちゃんとあるけど、今日は唐揚げだったと思うよ。唐揚げは好き?」

「唐揚げすきーーーー!!」


 いっせいに返ってきたおチビさん達の返事に笑いながら、但馬さんの名前が書かれてた小さな立札が置いてあるテーブルに向かった。


「普段はセルフサービスなんだけど、この時間のカウンター前は混むから、運ぶのはまとめてのほうがよいと思う。ほなみちゃん、手伝ってくれるかな」

「分かりました」

「私もいくーーー!」


 私が荷物をイスに置くと、姪っ子がここぞとばかりに名乗りをあげた。但馬さんは、どうしたものかと一瞬だけ考え込む様子を見せてから、ニッコリと微笑んだ。


「じゃあ、ごはんを運ぶのは僕とほなみちゃんがするから、おはしとトレイを運ぶのを任せてもいいかな?」

「はい!」


 大事な任務を任された姪っ子は、真面目な顔をして敬礼をする。


「お姉さん達はここで待っていてください。お水とお茶は……」

「あそこの給水器かしら?」

「はい、温かいお茶もありますので」

「じゃあ、それは私達でやっておきますね」

「お願いします」


 姉達は甥っ子達に走らないようにと注意をして、自分達の水を準備するように指示を出した。食事を受け取るカウンターに向かうと、奥の厨房ちゅうぼうには大きなお鍋があって、調理をしている人達がいる。一緒についてきた姪っ子は、興味深げにその様子をのぞき込んだ。


「学校の給食のおばちゃん達のところにも、あんな大きなお鍋があるよ。作ってる人って、おばちゃん達と同じような人?」


 大きなお鍋を見ていた姪っ子が、但馬さんに質問をする。


「ご飯を作ってる人達も、俺達と同じ自衛隊の人だよ」

「コックさんじゃないの?」


 姪っ子は目を丸くした。


「コックさんの資格を持ってる自衛官なんだ」

「へー。それだったら私にもなれるー? 私、お料理すきだよ。ママのお手伝いするの好きー」


 さっきまで、甥っ子達ばかりがパイロットや整備員の仕事について盛り上がっていたから、姪っ子は自分にもできそうな仕事を見つけて嬉しそうだ。


「料理だけじゃなくて、訓練もあるけど大丈夫?」

「そうなの? かけっこ遅いの大丈夫かな。それに逆上がりもできないの……」


 自信なさげな様子で首をかしげる。


「おまわりさんも、そういうのがあるんだって、パパが言ってた。おまわりさんになるには、ブンブリョウドウでないとむずかしいぞって。ブンブリョウドウってどういうこと?」

「勉強と運動、両方できないといけないってことだね。だったら事務官なんてどうかな。訓練はあるけど、自衛官に比べると、かなり運動で頑張らないといけない部分は少なくなるよ」


 そう言いながら、但馬さんはカウンターの向こう側の隊員さんに、人数分のお昼ご飯を頼んだ。そしてトレーをとると、その上に人数分のおはしを乗せる。


「ジムカンてなにー?」

「自衛官じゃない人だけど、基地の中で仕事をしている人のことだよ。たとえば、基地で働く自衛官のお給料の計算をしたり、外国の人と会った時に通訳をする人だったり。あとは、電気や配管の修理する電気屋さんや大工さんみたいな人もいるかな」

「学校の用務員のおじちゃんみたいな人? 先生ができないこと色々としてくれるよ。電気なおしたりプールのドアなおしたり、あと校長先生のお花の世話もしてくれてる」

「んー……まあそんな感じかな。トレーとおはし、お母さん達のところに運んでくれる?」

「はーい」


 姪っ子はおはしが乗せられたトレーを受け取ると、慎重な足取りでテーブルへと戻っていった。


「すごーい。ちゃんと人材確保のためのリクルート活動になってますよ、但馬さん」


 単なるイベントの案内だけでなく、但馬さんが前に言っていたような、リクルート活動になっているところに感心してしまう。但馬さんは私の言葉に、少しだけ恥ずかしそうな笑みを浮かべた。


「別に意識してやっているわけじゃないんだよ。ほなみちゃんのところの姪っ子さん甥っ子さんが、すごく熱心だから自然とね。でも、小学生の子供達にも理解できるように説明するのは、思いのほか難しいな」

「たしかにパイロットのお仕事なんて、専門用語ばかりでしたものね」


 展示してある戦闘機や航空機の説明をしていた時は、さすがの但馬さんもかなり苦労している様子だった。


「子供向けの冊子を作ったらどうでしょう。航空祭の時にくばったり、地本さんに置いてもらったら、知ってもらえる機会が増えるじゃないですか」

「なるほど、そういうのも良いね。だけど、問題はどこから予算を出すかってことだよな……いっそのこと基地内の隊員に話をして、カンパをつのってみるか……」

三沢みさわ基地の予算で独自に作れないんですか?」

「基地内で使われている予算は、どれも税金だから勝手に作るのはね。そういうのを作るとなると、周囲からも色々と意見が出るし」


 但馬さんの言う「周囲」や「色々」がどこなのか、具体的には分からない。だけどその口ぶりからして、あまり愉快なことではなさそうだ。


「大変ですね……」

「まあそれが公務員だから。ああ、そう言えばほなみちゃん、大学で栄養士の資格を取るんだよね?」

「そうですけど」

「ここには、民間から来た管理栄養士もいるんだよ。任期制で短期間ではあるけど、就活の時の選択肢の一つに入れておいてくれると、リクルート活動をしたかいがあるんだけどな」


 但馬さんのリクルート活動に、自分も含まれていて驚く。


「私までリクルート活動の範囲だった……」

「そりゃあ姪っ子さん甥っ子さんより、ほなみちゃんのほうが就職が近い世代だからね」


 但馬さんがにっこりと微笑んだ。それまでは、学校や病院の管理栄養士の就職口があれば良いなぐらいにしか、思っていなかった。まさか自衛隊の中に、その資格が必要とされる就職口があるなんて。やっぱり自衛隊ってところは、まだまだ私の知らないことばかりだ。


「教えてくれてありがとうございます、但馬さんのお蔭で、一つ選択肢が増えました」

「ただまあ、これもタイミングだから。ほなみちゃんの就活の時期と、うちの募集のタイミングが合えばいいんだけどね。あと二年だっけ?」

「そうです」

「俺がここにいる間は、それとなくチェックしておくよ」


 ご飯を食べている間、姉達が但馬さんに変な質問をしないかと心配していたけれど、それも杞憂きゆうに終わった。と言うのも、おチビさん達がひっきりなしに但馬さんに話しかけていて、姉達が話しかける余地がまったくなかったからだ。おチビさん達から質問攻めにされている但馬さんには申し訳なかったけれど、私てきにはホッとしてしまった。


+++


 お昼ご飯を食べ終わってから、基地内のコンビニでアイスを買って、それを持って基地の建物の屋上に出た。


「アイスのゴミ、食べたらちゃんとレジ袋の中に入れるんだよ。そのへんに落とさないようにね」

「はーい」


 但馬さんは私達のやり取りを聞いて微笑む。


「気を遣ってもらってありがとう」

「当然のことですよ。ゴミはゴミ箱に、ですから」


 それに、うっかりアイスの袋や棒を飛ばして自衛隊の飛行機が壊れたら大変だもの。百数十億円が壊れるだなんて怖すぎる。しかも目の前にには、そんな値段のする機体がゴロゴロしているのだから。


「わー、ブルーインパルスの前、すごいよー!」

「人いっぱーい!」


 私の心配をよそに、フェンス前に走っていったおチビさん達が下を見て、大騒ぎをしている。その横に行って下をのぞくと、建物の真正面にブルーインパルスの機体が並んでいて、その前は黒山の人だかりになっていた。


「うわー、本当にすごい人。ここに案内してもらって良かったですよ。あんな場所に行ったら、飛んでいるのを見るどころじゃなくなっちゃう」

「だよね。ここは場所的には離れているけれど、見るにはもってこいの場所なんだ」


 そう言いながら、但馬さんは姉達とおチビさん達に双眼鏡を渡している。


「ほなみちゃんもこれ。必要なら使って」

「ありがとうございます」

「ハート、すると思うー?」


 姪っ子の質問に但馬さんは空を見上げた。


「天気もいいし雲も風もほとんどないから、きっとここの真ん前にハートを描くと思うよ」

「星はー?」

「星も大丈夫だと思う」

「わーい、楽しみー!」


 姉とおチビさん達は、一番前に立ってショーが始まるのを待つつもりらしい。すでに予行でブルーのウォークダウンを見ていた私は、少し離れた場所に置かれた、折りたたみのイスを使わせてもらうことにする。


「そう言えば、今日は僚機さんはいないんですか?」

「ん? ああ、本城ほんじょうさんのこと? あの人はアラート待機中であっちにいるよ」


 そう言って、私達がいる建物とは少し離れた場所を指でさした。その先にはカマボコ型の建物がある。そこは訓練飛行をする機体とは別に、スクランブル発進をするための戦闘機が待機している場所らしい。


「え、そうなんですか? あれ? でも、だったら但馬さんは? いつも一緒に飛んでるんですよね?」

「昨日と今日は航空祭があることもあって、イレギュラーなシフトになってるからね。俺と本城さんは別行動なんだ」

「ああ、そうなんですね」


 会場のお祭り的な雰囲気にすっかり忘れていたけれど、但馬さん達は自衛官で、今この瞬間も、この基地は日本の空を守っているんだなって、あらためて実感する。


「ブルーが終われば、いよいよ今年の航空祭もおしまいですね」

「楽しんでもらえたかな」

「間違いなく。おチビさん達にとっては、忘れられない体験になったと思いますよ。今夜から一人ぐらい、自衛官になりたいと言い出しても驚かないかな。あとはそうですねえ、但馬さんが飛ばすところを見れたら、言うことなかったんですけどねー」


 私の感想に但馬さんが笑った。


「飛んでたら、みんなを案内できないじゃないか」

「そうなんですよ、そこが悩ましいところなんです。気が早いけど、来年の航空祭の展示飛行で飛びますか?」

「まだそんな先のことわからないよ。でもそうだな、そんなに俺が飛ぶところを見たいって言うなら、来年は忘れずに展示飛行に志願しないと」

「来年のことを話したら鬼が笑うって言いますけど、楽しみにしてますから」


 いよいよブルーが飛ぶ時間がやってきたらしく、アナウンスが流れ始める。但馬さんは私の横のイスに座った。


「実は俺も、ブルーのアクロをこんな風に見るのは初めてなんだ。ほなみちゃん達のお蔭で、俺もゆっくりブルーの飛行を見ることができるよ。今回は招待を受けてくれてありがとう」

「こちらこそありがとうございます。来年も楽しみにしてますね、但馬さんが飛ぶところを見るの!」

「こりゃ、大変な約束をさせられちゃったかな」


 私と但馬さんが笑いながら話している前を、青い機体が白いスモークを吐きながら飛び立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る