第十一話 航空祭 1

「これがF-15イーグル。普段はこの基地にはいないけど、今の航空自衛隊の戦闘機で一番たくさんある戦闘機なんだよ」

「わー、大きいねえ」

「これどっから来たのー?」

岐阜ぎふ基地からかな。もっと近いところでは北海道ほっかいどう千歳ちとせ基地にいるよ」

「どうして北海道から来ないのー?」

「別の仕事があるから来られなかったんだよ。皆のお父さんと同じだね。イーグルのコックピット、のぞいてみるかい? あと、今日は羽の上に乗って写真も撮ってもらえるよ」

「みるーーーー! 写真とるーーーー!!」


 但馬たじまさんにつれられて見学しているおチビさん達は、初めて間近で見る戦闘機や航空機に、さっきからずっと興奮状態だ。戦闘機の横に設置された階段に走っていくと、喜び勇んでのぼっていく。その様子を見て、後ろからついていく姉達が笑った。


「ここに来るまで眠いだの、パトカーや白バイのほうがいいだの、消防車に乗りたいだの、さんざんゴネてたのにゲンキンなんだから」

「まったくねー。あの様子じゃ、当分はここの戦闘機の話ばっかりになりそう。パパが悲しまなければいいんだけど」


 楽しそうな子供達を満足げにながめている姉達だけど、やっぱり気になるのはその横にいる但馬さん。話しかけるのはもっぱら子供達に任せておいて、自分達はその分じっくりと観察している様子だ。そんな姉達の視線に気がついているのかいないのか、但馬さんは相変わらずの笑顔でおチビさん達に接している。


「ママー、ここ、座ってもいいんだって!!」


 おチビさん達が嬉しそうな顔をして、階段の上から私達に手を振ってきた。どうやら見るだけではなく、実際にコックピットの席に座らせてもらえることになったらしい。誰が一番に乗るかで大騒ぎだ。


「ほーちゃん、いいのかしら、そんなことさせてもらって。あれだって実際に使われてる機体なのよね? うちの子達が変な場所触って、うっかり壊しちゃったりしない?」


 さすがに姉達も、ちょっと心配になったようだ。


「他の隊員さんもいるし、但馬さんがオッケーを出してくれてるんだから、大丈夫なんじゃないの? 座ったぐらいじゃ、動き出して飛んでいっちゃうこともないだろうし」

「ママー、いいよね!」


 姉が返事をしないものだから、甥っ子がじれた様子でさらに声をかけてくる。


「いいけど、そのへんのボタンを勝手に触らないようにねー」

「はーい!!」

「あんなに興奮しちゃって。うちの子、帰ってから熱ださなきゃいいけど」

「うちも心配になってきた」


 子供達の騒ぎっぷりに、姉達は苦笑いをしている。


「でも、思った以上に楽しんでくれてて良かった」


 但馬さんも、小さい子達が楽しめるようにと色々と考えてくれていたんだろう。さっきから、おチビさん達はずっとあんな調子で本当に楽しそう。しかも、五人がかわるがわる但馬さんを質問攻めにしていて、大人達が言葉をかわすすきもないほどだ。


「見るだけだと思ってたからビックリよ。本人達も、まさかあんなふうに乗せてもらえるなんて、思ってなかったと思うわよ」

「私達もびっくりね。こんな近くで見られるとは思ってなかったから」


 姉の許可が出たところで、おチビさん達は順番に席に座らせてもらっている。そしてヘルメットまでかぶせてもらっていた。小学生にとってはかなりの重さだったようで、頭にかぶせられたとたんに「重いー!」と不満そうな声をあげた。それでも、広報の人が向けたカメラにポーズを決める顔は、どこかほこらしげだ。


「でもお姉ちゃん達、そろそろ露骨ろこつな但馬さん観察は、やめたほうがいいと思うんだけどな。あまりジロジロみると失礼だよ?」


 但馬さんは気がつかないふりをしているけど、絶対に姉達の視線に気づいていると思うのだ。そして内心では、きっと居心地悪い気分になっているに違いない。姉達の様子を近くで見ているこっちとしては、そのうち「急用が」と言って逃げ出しても、但馬さんを責める気になれそうにない。


「あら、そんな露骨ろこつにしてないわよ。姉として当然の範囲で、それとなく相手の様子をうかがってるだけじゃない」

「だいたい、私達の大事なほーちゃんと付き合ってる相手のことを、観察してどこが悪いっていうの?」

「家族として当然じゃない。ねー?」

「ねー」

「だから付き合ってなんていないから」


 ママー!ほーちゃーん!と呼ばれて顔をそっちに向けると、おチビさんが羽の上に立って、私達に向けて手を振っていた。


「そのへんのこと、但馬さんはどう考えているのか、ちゃんと質問しなくちゃね」

「ちょっと! へんなこと聞かないでよね!」

「でもいい人には違いないわよね。子供達の質問攻めにも、ちっともイヤな顔してないもの」

「そこは認める。あの質問攻めを普通に受け止めてる但馬さんはすごいよ。でもだからって、お姉ちゃん達は変な質問はしないでってば」


 手を振り返しながら、ヒソヒソと姉達に文句を言う。ここできちんと釘を刺しておかないと、本当にとんでもない質問をしそうで怖い。


「ま、今のところは生温かく見守ってあげるとして、それでも一度はちゃんと話はしたいわ。それでどんな人なのか、だいたい分かるもの」

「そうよね。今日の間に一度は話してみたいわ、但馬さんと。今のところ、子供達のせいで話せる気がしないけど」

「お昼ご飯の時がチャンスよね」

「ちょっと。本当に変なこと言うのはやめてよねー」

「「変なことって失礼ね。私達はほーちゃんのためを思って、話をしようと思っているだけのに」」


 二人の姉は見事にはもりながら、真面目な顔をして言った。


+++


 一通り建物の中に有る展示品を見た後、外に出るとアメリカ軍の戦闘機が展示飛行をしていることろだった。ブルー顔負けの動きをしながら、頭上をすごいスピードで通りすぎていく。


「わ、いまのひっくーい!」


 いきなり襲いかかってきた大きな爆音に、おチビさん達は、両手で耳をふさぎながら空を見上げた。飛んでいった先を見ていると、頭上を通りすぎていった機体が、会場外側を大きく回りながら再び近づいてくるのが見えた。


「またきたー!」


 今度はおチビさん達も、爆音にたいして心がまえができていたようで、機体が通りすぎるのを見上げながら、その場でジャンプしながら手を振る。戦闘機は機体を左右に揺らしながら遠ざかっていった。


「いまの、君達にこんにちはって挨拶したんだよ」


 但馬さんが遠ざかっていく機体を見送ってから、おチビさん達に言った。


「そうなのー?」

「あっちから僕たち見えるの?」

「僕たち乗ってる人見えなかったよ? ビューンてあっという間だった!」

「特急より早かったー!」

「下のところチカチカしてたよー」


 但馬さんの言葉に、おチビさん達があれこれ感想を言う。


「チカチカさせてパッシングしてたの見えたね。あれも挨拶の一つだ」

「わー、すごーい! 飛んでる人に挨拶されたー!」


 おチビさん達は大喜びだ。でも挨拶をしたって本当なんだろうか? もしかして、単に偶然を利用した子供達へのリップサービスみたいなもの?


「但馬さん、パイロットさんがこの子達に向けて挨拶をしたって、本当なんですか?」


 気になったのでこっそり質問をしてみる。


「うん。あらかじめ、あっちのパイロットと打合せをしておいたんだ」

「アメリカ人のパイロットさんですよね?」

「そうだよ。デモ飛行をするパイロットとはけっこう親しくしててね。この時間帯に、この辺にお客さんを連れて立つからよろしくって言っておいたんだ。それもあって今日は見つけやすいように、識別帽に目印をつけてをかぶってた」


 そう言って但馬さんは、自分がかぶっている帽子を指でさした。


「ああ、それで……」


 帽子には但馬さんが所属している飛行隊のワッペンと、なぜか派手な色をした飛行隊のマスコットがついていた。最初はおチビさん達へのサービスなのかなと思っていたけど、その話を聞いて納得。その色だったら、空からでも見えるのかも?


「でも、あんなに早いスピードで飛んでいて、そんな小さいモノが見えるものなんですか? そりゃ、色はかなり派手だけど」

「下から見てるとかなりのスピードだけど、乗っているパイロットからすると、それほどでもないんだよ。だから目印さえあれば分かる」

「へえ……パイロットさんて目がいいんですね」


 これだけの人がいる中で、但馬さんの帽子の目印をピンポイントで見つけるなんて、一体どんな目をしているんだろう。


「素早くターゲットを見つける能力も、パイロットの大事な資質の一つだから」

「視力的な話じゃなくて?」

「動体視力とかそっち系かな」

「なるほどー……」


 パイロットって、視力が良いだけではつとまらないってことなのかと、あらためて感心する。但馬さんの話を聞いていると、本当に知らないことばかりだ。


「さあ、次はなにが見たい? あっちには陸上自衛隊のヘリコプターと車両も展示してあるよ」

「行くーー!! 戦車あるー?」

「さすがに戦車はないなあ……そのかわり、普通の消防車より大きな消防車はあるかな」

「それも見るーー!!」


 会場は、昨日の事前公開とはうってかわって、ものすごい人出だ。展示されている機体はアメリカ軍のものも並んでいて、その機体の前はカメラを持った人ですごいとになっていた。但馬さんがいなかったら、子供達は機体の端っこを見ることすら、できなかったかもしれない。招待してくれた但馬さんには本当に感謝しなくちゃ。


「ブルーインパルスが飛ぶまで時間があるので、この時間を利用してお昼ご飯にしましょうか。基地施設の屋上から飛行を見ることができるので、午後からはそちらにお連れしようと思っているんですが、かまいませんか? それともブルーの近くに行きたいですか?」


 展示されているものや飛んでいる飛行機達を見終わった後、但馬さんが私達に言った。プログラムによると、お昼の時間をはさんで、ブルーインパルスが飛ぶことになっていた。


「あの人混みを見たら、離れた場所でゆっくり見たほうがよさそうよね」

「たしかに。屋上のほうが、飛んでいるのもしっかり見えそうだしね」


 姉達が但馬さんの案に賛成する。おチビさん達も間近で見たかったようだけど、さすがにあの人混みを見た後では、母親達に逆らう気にはならなかったらしい。大人しくそれに賛成した。


「じゃあ、双眼鏡を用意しますね。ウォークダウンがよく見えるように」

「なにからなにまですみません」

「いえ。こちらが招待させていただいたんですから、お気になさらず」


 但馬さんは子供達の前でしゃがんで、それぞれの顔をのぞき込む。


「ブルーインパルスを近くで見られなくてごめんね。でも屋上は、飛んでいるのがすごくいい感じで見られる場所だから」

「ハート、見えるー?」

「見えるよ」

「星もー?」

「そうだね、星もするかな」


 おチビさん達が、次々とブルーインパルスの演目について質問をぶつけ始めた。その質問に、但馬さんはちょっと困った顔をする。さすがの但馬さんも、ブルーインパルスのパイロットじゃないんだから、全部の質問には答えられないよね。


「ほーら、あんまり質問いっぱいすると、但馬さんが困っちゃうでしょー?」


 さらに質問を続けようとするおチビさん達と但馬さんの間に割り込んだ。


「えーーーー」

「えーじゃないの。ほーちゃん、お腹すきました」

「ほーちゃん食いしんぼー」

「あ、そんなこと言うなら、ここでのご飯抜きになちゃうよ」

「えーーーー!!!」

「だったらご飯の時間は守りましょう!」


 そう宣言して、但馬さんの顔を見おろす。


「じゃあ、皆で食堂に行こうか」


 但馬さんはちょっとだけ、ホッとした顔をして立ち上がった。

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