第二十九話 優秀な戦闘機パイロットとは

 但馬たじまさんとお付き合いをするようになると、自然と自衛隊のニュースが気になりだす。


 海上自衛隊の護衛艦が、どこかの国の海軍と訓練をしたとか、陸上自衛隊のなんとかって部隊が、アメリカのどこかの基地で演習をしたとか、航空自衛隊の戦闘機が、どこかの国の爆撃機が飛んできたからスクランブルしたとか。


 ただ、こういうニュースはたいてい遅れて流されるので、私が知るころにはすでに終わっていることが多い。


「ふーん、いいなあ……」

「なにが?」


 海上自衛隊の護衛艦が、訓練航海に出たというニュースを見ながらつぶやくと、但馬さんが首をかしげながら私の顔を見た。


「だってこれ。海上自衛隊の人、出発する時に家族の人がお見送りしてるじゃないですか」

「ああ、そういうことか」


 その日、私は但馬さんの部屋にお邪魔していた。理由は簡単。バレンタインのチョコレートを渡すため。そして今、なぜか二人でそれを食べながら、こうやってテレビを見ている。


「但馬さん達は、お見送りとかないの?」


 私が知らないだけかもしれないけど、航空自衛隊の戦闘機が海外の演習に参加するという話は、あまり聞いたことがないかも。


「よそで演習に出発する時に、基地の残留組が飛行隊の旗を振りながら見送ってくれるよ」

「それは自衛隊の人達でしょ? そうじゃなくて家族のお見送り」

「んー……俺は見たことないかな」


 首をかしげながらそう言った。


「そうなんだ……なんだか寂しくない?」

「海自の場合は、訓練航海が長くなることが多いからね。任務の内容によっては、数ヶ月は帰ってこないわけだし。俺達はそこまで長く基地を不在にすることはないから」


 たしかに但馬さん達のお仕事の内容からして、長いあいだ基地を不在にすることは難しいように思う。


「ただ、小牧こまき基地なんかはどうかな。あそこには、輸送機の部隊が所属していて海外への派遣もあるから、家族の見送りはあるかもしれないよ」

「ふーん……」

「俺が長期不在になることが決まったら、ほなみちゃんは見送ってくれるってこと?」

「もちろん!」


 私の返事に、但馬さんは嬉しそうに微笑んだ。ただ、さっきの護衛艦みたいに、但馬さんが一ヶ月とか二ヶ月も不在になるなんて、想像もつかないけど。


「ま、俺達の場合は遠くても、グアムとか日本の近くでの米軍との合同演習かな。年に一度か二度、アメリカ本土での演習があることにはあるけど」

「アメリカまで飛んでいくんだ。もちろん戦闘機を飛ばして行くんだよね?」

「そうだよ。途中で補給をしながらになるけどね」


 前に見た動画を思い出す。


「空中給油ってやつをするの?」

「それをする場合もあるけど、たいていの場合は、中継地になっているアメリカ軍の基地に立ち寄るかな」

「へえ……」


 但馬さんの話によると、訓練内容によっては、国内の訓練場所ではできないものもあるらしい。そういうものを、アメリカに行っておこなうんだとか。訓練一つするのも大変なんだってことを、初めて知った。


「でも、パイロットさんだけじゃなくて、整備をする人も行くわけでしょ? すごい人数の移動になっちゃうね」

「うん。だからそういう時の大型輸送機ってやつだね。ああ、そう言えば、去年の航空祭では来ていなかったかな。今年は見れると良いね、KC-767。もし来ることになったら、中を見学できるように頼んでみるよ」

「本当? 楽しみにしてる!」


 今年の航空祭、見たいものがまた一つ増えた。


「ところで但馬さん」

「ん?」

「前に見た時に気になってたんだけどね、あのDVDってなに?」


 テレビ下のラックを指さしながら質問をする。そこには、前に見かけたのと同じ『新田原にゅうたばる基地、飛行教導隊』『三沢みさわ基地、葛城かつらぎ二佐』というタイトルのDVDが立てかけてあった。それと、さらにあの時より何枚か増えていているみたいだ。


「ああ、あれか。まあ、参考書みたいなものかな」

「参考書?」

「パイロットになったからってそれで終わりじゃなくて、毎日が勉強なんだよ。そのための参考資料ってやつかな」

「アグレッサーが来るだけじゃないの? それに基地でも勉強してるんだよね?」


 但馬さん達は、飛んでいない時にいろんなことをしているらしい。普通に書類を書く仕事や、英語や次にとる資格の勉強など。戦闘機を飛ばしたり整備したりするだけかと思っていたから、その話を聞いた時は驚いた。但馬さんいわく、自衛隊は演習や訓練が目立っているけど、実際はお役所みたいな仕事のほうが多いらしい。


「ほなみちゃんが前に言ったように、アグレッサーをぎゃふんと言わせるには、それだけじゃ足りないだろ?」

「ぎゃふんのための勉強ってこと?」

「もちろん、それだけじゃないけど。人と同じ量の勉強しかしなかったら、並のパイロットにしかなれない。それ以上のパイロットになりたいなら、それなりの勉強量は必要だ」

「で、それの参考書が映像なの?」

「そういうこと」


 但馬さんはうなづいた。


「どうしたって、経験では先輩達にはかなわないらね。飛んでいる時の判断は、それまでの経験値がものを言うんだ。それを補うためには、様々な資料を読んで映像を見て、知識をためこむしかないから」

「なるほどー」

「ま、実際にそれがどこまで役立つかは、その時になってからでないとわからないけどね」


 そのための参考書が、あのDVDってことらしい。


「もしかして観たいと思ってる?」

「私が観てわかるとは思えないけど」

「そうでもないと思うよ。だけど残念なことに、これは部内資料だから」


 但馬さんは申し訳なさそうな顔をした。


「だと思った。私はそっちより、その隣にある、新作の災害パニック系っぽいタイトルの方が、気になるかな。新作?」

「昨日の帰り、レンタルショップで見つけたから借りてきたんだ。観る? 夕飯はピザでも頼めば良いし」

「賛成~!!」



+++++



「但馬さんにとって、優秀な戦闘機パイロットの条件てなに?」


 あのDVDのことを聞いてからちょっと気になってたから、映画を観終わってピザを頼んでから質問をする。


「またいきなり、難しいことを質問するね。もしかして、パイロットになりたくなってきた?」

「そうじゃなくて、但馬さんが一生懸命に勉強してるから、ちょっと気になったの」

「そうだなあ……技量は当然として、そこだけじゃないな……たとえば協調性とか」

「協調性? チームワークを大事にする人ってこと?」

「前に、俺達は二機で飛ぶって話をしたことがあったよね?」

「うん」


 本城ほんじょうさんが初めて、お店に顔を出した時のことだ。本城さんと但馬さんは、一緒に飛ぶことが多いって話だった。


「大抵は二機かそれ以上で飛ぶことになる。それぞれが好き勝手にしていたら、とんでもないことになるだろ? 単独で飛び回ってドッグファイトをするのは、映画の中ぐらいなものだよ」

「なるほど。他には?」

「瞬時に状況判断ができる能力かな」

「それって映画を観る前に、知識をためこんでるって言ってたやつ?」


 私がそう言うと、但馬さんはうなづく。


「そう。空の上ではなにをするにも、早い判断が必要だ。そしてその判断には、過去の経験がものをいうからね」

「あとは?」

「あと? そうだなあ……」


 少しだけ考えこんだ。


「まああとは、身体的に健康であるってことじゃないかな」

「そこ、大問題じゃない?」

「え? 俺、健康だよ。健康診断で一度も問題ありって言われたことないし」


 健康診断で引っかからなくても、但馬さんには大きな問題があるじゃない?


「だけど但馬さん、肩こりひどいじゃん? あれって問題じゃないの?」

「あー……でもそこまでひどくないよ。どっちかっていうと、仕事が終わってからのほうが、肩のこりを感じるんだから」

「肩こりがひどくて頭痛になったりするのも、大問題だと思うけどな。うちのお父さんが言ってた。今のうちから定期的に、お医者さんに通うほうが安心かもって」

「本当に大したことはないんだよ」

「初対面の私から薬を受け取るぐらい、ひどい頭痛だったくせにー……」


 そう指摘すると、困ったように笑った。


「まあたしかに、あの時はひどかったからね……本当に助かったよ、薬」

「やっぱり」


 初対面の人から薬を受け取るぐらいひどかったんだなと、あの時のことを思い出しながらあらためて納得する。


「但馬さんにお医者さんに行く気がないなら、私が肩もみの極意を習得するしかないかも」


 素人がするのは危険だって、整体院のお爺ちゃん先生は言っていた。だけど、本人に行く気がないならしかたがない。但馬さんが優秀なパイロットになるためにも、ここは私が肩もみの極意を身につけるしかないようだ。


「ほなみちゃんが俺の肩をもんでくれるのかい?」

「もちろん、それ相応のお駄賃はいただきますけどね」


 私の言葉に但馬さんが笑った。


「ただじゃないのか」

「当然です」

「なにで支払うかは俺の自由?」

「ま、交渉次第ってやつじゃないかな」

「じゃあ考えておく。さて、難しい話はこれでおしまい。ってことで話は変わるけど。ほなみちゃん、俺、バレンタインは別の甘いものを期待していたんだけどな……」


 いきなり話題が戦闘機パイロットの話からチョコの話になって、頭が理解するのにちょっと時間がかかった。


「え、バレンタインにあげるものってチョコ以外にあるの? それって自衛隊の限定アイテム?」


 もしかして自衛隊では、バレンタインになにか違うものをプレゼントする伝統があるとか? 最近は色々とネットで調べているけど、そんなものはなかったはずなのに。


「このチョコレートが、気に入らなかったってことじゃないよね?」

「美味しかったよ」


 意外と緑茶に合うねって、喜んで食べていたから安心していたけど、実は好みじゃなかったのかなと心配になる。


「じゃあ、好きな銘柄めいがらが別にあったとか?」

「ちがうちがう、俺がほしかったのはこの甘いもの」


 そう言いながら、但馬さんは私を引き寄せた。但馬さんは相変わらずのスマイルだ。だけど最近はそのスマイルに、妙な色気が混じることが多くて困ってしまう。今がそれ。私としては、普通のスマイルだけのほうがありがたいんだけど。


「え、そういう意味なの?」

「うん、そういう意味での甘いもの。期待してるんだよ? ほなみちゃんが〝バレンタインのチョコは私です〟って言ってくれるの」


 但馬さんは私の手を握って、指でそっとなでてくる。とたんにその指が私をどんな気持ちにさせるか思い出して、ドキドキしてきた。それに気づいたのか、但馬さんのスマイルがますます厄介な雰囲気をかもしだす。


「それって、なんだかエロい小説の妄想みたい……」

「ひどいな、妄想だなんて。でもまあそうかも。男なんてしょせんは単純な生き物だから。もちろん、ホワイトデーの時はちゃんとお返しするよ、俺がチョコ役で」


 ニッコリと無邪気をよそおったスマイルを浮かべてみせたけど、私の目はごまかせない。その顔は間違いなく、よくないことを思い浮かべているスマイルだ。


「もー、但馬さんてばエロすぎ! いつものスマイルが、エロエロましましですごいことになってる」

「そうかなあ」


 相変わらずのニコニコスマイル+エロエロましまし状態で、首をかしげてみせる。


「私、但馬さんて、もっとまじめな性格だと思ってた」

「そりゃあ、自衛官として対外的に見せる顔と、恋人に見せる顔は違うに決まってるじゃないか」

「にしても!」

「それで? この甘いチョコレート、俺にくれるつもりはある?」


 早くピザ屋の人、来ないかな? 早くしないと食べるタイミングを逸しちゃうそうな気分。というか、受け取れなかったりして?

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