第十五話 初デート 1

 講義が終わって校門に向かうと、警備員のおじさん達の詰め所から少し離れた場所に、但馬たじまさんが立っていた。


 今日はもちろん私服姿。知り合ってからずっと制服姿しか見ていないから、私服姿がすごく新鮮な感じだ。そして、どのぐらいその場にいたのかは分からないけれど、警備員のおじさんにチラチラ見られて、すごく居心地が悪そうだった。あの状況から早く助け出してあげないと!


「おじさん、おつかれさまです、さようなら! お待たせしました、但馬さん」


 警備員さん達に挨拶をしてから、但馬さんに声をかける。但馬さんは、ホッとした様子で微笑んだ。


「おつかれさま。早々に出てきてくれて助かった。ずっと見張られていて、気が気じゃなかったよ」

「だから言ったじゃないですか。駅で待ち合わせたほうがいいですよって」

「あそこまでジロジロみられるとは、思ってなかったんだ。すごいな。うちの警務隊より、チェックが厳しいかも」


 歩き始めてからも後ろを気にしている。どうやらまだ、警備員さんのチェックが続いているらしい。


「まだ見られてる……」

「うちの警備員さん、学生さんの安全は俺達が守るって、そりゃあ熱く燃えてますからね。但馬さんだから、まだ見るだけですんだんだと思いますよ? 不審者認定されたら、すぐに話しかけてきますから」


 友達が付き合っているカレシが、何度もあそこで捕まっているのを見かけるし、逆に但馬さんが声をかけられなかったほうが不思議なぐらいだ。まあ、この穏やかなニコニコスマイルを見たら、とても不審者には見えないだろうけど。


「あれだけ不審そうに見つめられ続けたら、素直に喜べないよ……」


 溜め息まじりに笑いながら、私を見下ろした。そしてなにかに気がついたのか、少しだけ首をかしげる。


「ほなみちゃん、もしかして腕時計を変えた?」


 そう言いながら、私の手首を指でさした。


「あ、これですか? そうなんですよ。姉がね、無理やり買ってくれたんです。前のやつのほうが慣れてて見やすいから、買わなくていいって言ったんですけど、何十年も使ってるなんて、物持ちよすぎでありえないって」

「何十年?」

「まあ何十年は大袈裟おおげさだけど、少なくとも中学生の時から使ってましたから、そろそろ十年?」

「そうなんだ。前のは面白いヤツだったけど、今度のは可愛いね。こっちのほうが、ほなみちゃんらしいかな」

「面白い……前の、やっぱり悪趣味な腕時計だったかな……」


 姉達が、私の雰囲気の腕時計はこれとだと熱心にしていたけど、どうやらそれは間違いではなかったらしい。あの時計、気に入っていたんだけどな。赤と黄色の市松模様のバンドや文字盤は、さすがに悪趣味の域だったかな……。


「いやいやそんなことないよ。個性的で面白いデザインだなと思ってただけなんだ」

「それって、やっぱり悪趣味だと思ってたんじゃ? 個性的なデザインって、あまりほめ言葉には聞こえないですよ」


 私がボソッと反論すると、但馬さんは困ったように笑った。


「いや、そこまでは思ってないよ。あまり見たことのない色使いの腕時計だなとは、思ってたけど……」

「やっぱり変な時計だと思われてたんだ……」

「んー……俺なら買わないな的なデザイン?」

「やっぱり!! 絶対に変な時計してるって思ってたでしょ?」


 但馬さんが私の言葉に笑う。


「面白いデザインだったから、気に入ってるんだろうなって思ってた。そこは当たりだろ?」

「……まあ、そうなんですけどね」


 「悪趣味な時計」ではなく、あくまでも「面白い時計」と言い張っているから、許してあげることにしよう。


「あ、そう言えばこの時計を買ったお店の人が、男の人って、けっこう腕時計にこだわってる人が多いって言ってました。但馬さんも、そこそここだわるほう?」


 時計を見ていた時に、店員さんと姉達が話していたのを思い出したので、質問をしてみる。


「俺? んー、どうかな。仕事中でも邪魔にならず、文字盤が見やすいものをって考えて選んだやつだから、その店員さんが言うようなこだわりは、持ってないと思うけど」

「サラリーマンさんでも、百万円以上する腕時計を買う人がざらにいるそうですよ。それもけっこう高そうですよね」


 但馬さんの腕時計を見せてもらう。国内メーカーの腕時計で、バンドの部分はメタリック製。それと文字盤の中には時計とは別に、私には分からない小さな文字盤がいくつかついている。時計本体の部分が大きくて、見るからに重そうな腕時計だ。


「しかも重たそう。これだけでも、肩こりの原因になりそうですよ」

「お蔭様で今日は、頭痛にも肩こりにも悩まされていないよ。それとこれ、重さはともかく、ほなみちゃんが思っているよりずっと安いと思う」

「でも少なくとも、私が前にしていたやつよりは高いでしょ?」

「そりゃあまあ、多分?」


 あれはビンゴの景品だったわけだし。


「見やすくて軽ければなんでも良いやって思っていたけど、こういうのもかっこいいですね。職場ではこれにしなさいとか、そういうのはあるんですか?」

「いや、特にこれといったメーカー指定はないな。みんな自分の好きなのをしているよ。ただ職種によって、似たものにかたよっていく傾向はあるみたいだけどね」

「へえ……制服と同じで、専用の腕時計があるんだと思ってました」


 ちょっとびっくりだ。


「マニアックな人向けに、自衛隊公認モデルって形で売られているけど、それを俺達が実際に使っているかとなると、話は別かな」

「なるほど~」


 航空祭でも色々なグッズが売られていたし、その腕時計は見たことないけど、ちょっとでも自衛隊を身近に感じたい人にとっては、たまらない商品なんだろうなと思った。



+++++



 映画館が入っているショッピングモールに到着すると、ちょうど次の上映時間まで30分だった。そのまま館内に入ると、チケットを買ってジュースとポップコーンを買う。


「この時間帯で良かった? 一本遅くなるけど、観る前になにかお腹に入れてからにすれば良かったんじゃ?」


 ちょっと小腹が空いたかなと思っていたのが顔に出たのか、但馬さんが聞いてきた。


「ジュースとポップコーンがあるから、大丈夫だと思いますよ。ただ、もし映画を観ている途中で、私のお腹が鳴っても、知らん顔しておいてくださいね」

「了解しました」


 映画が始まる前にと、但馬さんにポップコーンとジュースを任せてお手洗いに行った。戻ってくると、但馬さんはフロアーに貼られている上映予定の映画のポスターを、熱心にチェックしているところだった。私も隣に立ってそれをながめる。年明けから、あれこれ気になる映画が目白押しだ。


「但馬さん、なにか気になる映画はありました?」

「そうだなあ……まずはこれとこれ、かな」


 但馬さんが指でさしたのは、私が観たいと思ったアクション映画2作。


「それ、私も観たいと思ってるやつ。あと、こっちも面白そうかなー」


 そう言いながら、別の映画のポスターを指でさす。こっちは独特な雰囲気の、歴史ファンタジーっぽい映画だ。


「ああ、それもちょっと気になってた。上映が始まって、こうやってお互いの時間が合うようなら、また一緒に観にこようか」

「賛成! 但馬さんのお蔭で、これから新しい映画が来るのが楽しみになってきました!」

「デートが映画鑑賞ばっかりになっても問題ないのかな、ほなみちゃんは」


 但馬さんが愉快そうな笑みを浮かべて言った。


「問題ないですよ。もし他のところに行きたいなって思ったら、その時はちゃんと言いますから。もちろん但馬さんも、その時はちゃんと行ってくださいよね。でも自衛官さんて、勝手にあっちこっち行っちゃダメなんでしたっけ?」


 家族旅行で遠方に行く時に、よく父親が申請がどうのとか許可がどうのとか言っていたのを、思い出した。緊急の呼び出しがあるのは、消防士も自衛官も同じ。もしかして、そういうのがあったりする?


「まあ距離によるけど、県をまたいで移動する時は、事前の申請が必要になるかな。だから、急に思い立ってちょっと足を延ばそうかっていうのは、なかなか難しいね」

「え、じゃあ今回も?」


 私が通う大学は、家から乗り継ぎ一回で来れる場所だけど、そこそこ時間はかかるし県外だ。


「まあね」

「へー……なんだか思っていたより大変ですね、自衛官として生活するのって。休みの日もそれって、窮屈きゅうくつじゃないですか?」

「慣れてしまったのもあるけど、そんなふうには感じたことはないかな」


 但馬さんは私の質問に微笑んだ。


「それに陸海空だけじゃなく、公安系の職につく人間は、たいていがそうじゃないかな。ほなみちゃんのお父さんも、そうじゃなかった?」

「小さい頃は、そんなこと全然気にしてなくて。まあ、サラリーマンとは違うのは分かってましたけど、週末の休みには、普通に家族でお買い物もしてたし。遠方に旅行に行くのだって、父が事前に申請しているのを知ったのは、高校に入ってからだったんですよ」

「それで大変だなって思った?」


 その問い掛けに首を横にふる。


「高校生になるまで、まったく気がつかなかったぐらいですからね。両親はともかく、私や姉が窮屈きゅうくつだなって思ったことは、一度もなかったかも」

「そういう思いを子供たちにさせないように、気配りをしていたんだね、きっと。いい御両親だ」


 但馬さんはにっこりと微笑んだ。


 映画が上映されるスクリーン入って席に座ると、但馬さんがなにやらゴソゴソしはじめた。そしてポップコーンのカップの上になにかを乗せる。


「?」

「お腹の足しになるかどうか分からないけど、プチシュークリーム。ほなみちゃんがお手洗いに行ってる間に買ってきた」


 だけどそれは、映画館では売られてはいないものだ。ってことは、映画館のフロアの下にある、お菓子売り場で買ってきたってことになる。


「ジュースとポップコーンを持ったままで、下のお菓子売り場に行ってきたんですか?」

「カウンターのところに立っていたスタッフさんに、すぐに戻るのでみていてくださいって、お願いしたら快く引き受けてくれたよ?」

「うわー、恐るべしニコニコスマイル」

「え、なにがスマイル?」


 但馬さんが首をかしげた。


「但馬さんのそのニコニコスマイルに頼まれたら、誰も断れないってことですよ。もしかして但馬さん、広報さん向きなんじゃ?」

「そう? 俺よりほなみちゃんのマイルのほうが、広報向きだと思うけどな」

「て言うかこれ、スタッフさんによく見つかりませんでしたね。一応ここって、食べ物と飲み物の持ち込みは禁止でしょ? 注意されなかったんですか?」


 私も、今の今まで但馬さんがそんなものを隠し持っているなんて、気づきもしなかったのに。


「まあ、隠すところはいろいろあるってことだね。ああ、もちろん変なところに隠してきたわけじゃないから、御心配なく。だけど、さっさと食べちゃうことをお勧めするよ。ここに、映画館のスタッフさんがやってこないとも限らないし、誰が見ているか分からないからね」


 そう言ってニッと笑う。そのスマイルは、いつもよりちょっとだけ邪悪な成分を含んでいたかも。

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