第十六話 初デート 2

「思っていたより、きちんとドラマしていて意外でした」

「それは言えてる。俺もあの監督の作品だから、もっとハチャメチャなアクション映画だと思ってたよ」


 映画が終わってから、同じショッピングモール内にある洋食屋さんに落ち着く。そしてご飯を注文をしてから、お互いに映画の感想を披露ひろうし合うことにした。


「ですよね。私も監督さんと主役の俳優さんの組み合わせからして、絶対にミラクルアクションの連続だと思ってましたもん。意外と常識的でビックリ。あ、今までの映画に比べてってことですけど」


 私の感想に但馬たじまさんが笑う。


「いつもだとそんな感じだよね。今回のは楽しめた? それとも、ちょっとガッカリした感じ?」

「そこは問題なく楽しめましたよ。今までハズレ感を感じたことはないので、やっぱりこの監督さんと私の感性との相性は良いみたい。但馬さんは?」


 いつもと違った作風にちゃんと楽しめたか、心配になって聞いてみた。


「俺も面白かったよ。だけど、もっと派手なアクションシーンがあっても良かったかなあ……どこに入れたらいいかって具体的な提案はできないけど」

「なるほど。それだったら、予告編で流れてたお正月映画のほうが、但馬さんは楽しめるかもしれないですね」

「じゃあ、次の映画デートでなにを観るかは決まりかな」


 精一杯さりげない口調で言ったつもりなんだろうけど、〝映画〟と〝デート〟の間に、わずかな間があったのを私は聞き逃さなかった。だけどそこはあえて気づかないふりをする。だってあれこれツッコミを入れて、また怖いアグレッサーと同類に見られたらイヤだもの。


「決まりですね!」


 そこに頼んでいた定食が運ばれてきたので、映画の感想は一時中断。


「そう言えば但馬さん、知ってました?」

「なにを?」

「このシイタケのことなんですけどね」


 お箸でつまんだシイタケのフライを、目のまえにかざす。


「うん」

「海上自衛隊の潜水艦のご飯では、シイタケのフライが出る頻度ひんどが高いんですって」

「どうして?」


 私の言葉に、但馬さんは首をかしげた。


「シイタケってビタミンDがたくさん含まれているんですよ。で、ビタミンDっていうのは、カルシウムの吸収を助ける栄養素で、まあ簡単に言えば骨粗しょう症を防止する効果があるんです。海に潜ってる潜水艦乗りさんって、お日様にあたる機会が少ないから、ビタミンDが不足しがちになるそうです」

「へえ……さすが栄養学を学んでいるだけのことはあるね。俺、シイタケは旨味うまみ成分以外はなにもないと思ってた」


 自分のお皿に乗っていたシイタケフライをつまんで、しみじみと見つめている。


「これ、学校で習ったんじゃなくて、昨日の夜にやっていた自衛隊の特集で言ってたんですけどね」

「へー……知らなかったな、シイタケの話は」

「同じ自衛隊なのに?」

「同じと言っても、陸海空では色々と違うからね。意外に思うかもしれないけど、自分の職種以外のことは知らないことのほうが多いんだよ、俺達」


 そう言いながら、但馬さんはシイタケフライを口にした。


「そうなんですか」

「うん。でも着目点がそこっていうのは、ほなみちゃんらしいね。きっと潜水艦だけじゃなくて、色々とやってた番組なんだろ?」

「そうなんですけど、隊員さん達が食べているご飯が気になって、それ以外はほとんど見てなかったんですよね。せっかく貴重な番組をやってたのに、録画もし忘れたし惜しいことしましたー……」


 私がそう言うと、但馬さんが笑った。


「だけど、ほなみちゃんがそんなに自衛隊に興味があるとは、知らなかったよ」

「但馬さんのことがあるから、自衛隊つながりで見てみようって思っただけなんですけどね。私の頭では、ご飯以外のことはなんのことやらで、ほとんど理解できませんでした。当分は、航空自衛隊のことだけで精一杯かな」


 色んな装備を見るのはそれなりに楽しかったけど、それをきちんと理解できるかどうかは別問題だ。昨日の番組を見た限りでは、今の私の頭にはとても収まりそうにない。


「どうして航空自衛隊?」

「但馬さんのお仕事を、少しでも理解するために決まってるじゃないですか。ほら、やっぱりお付き合いをするなら、相手のお仕事のことを知っておいたほうが良いでしょ? あ、なんでそこでそんな顔するんですか」

「え、どんな顔……」


 但馬さんの表情が変わったのでそれを指摘すると、今度は困惑した顔つきになる。


「恥ずかしそうな顔ってやつ。デートに誘った但馬さんが照れてどうするんですか。あ、ほら、またそんな顔して!」

「え、別にそんな顔したつもりはないんだけどな……」

「思いっ切りしてますよ。但馬さんて、めちゃくちゃ分かりやすい」


 うん、間違いなく。


「そうかなあ。俺、お前はいつもニコニコしてるだけで、なにを考えてるか分からないから困るって、言われているんだけどな」

「そんなことないですよ。まあ、いつもニコニコは間違ってないけど」

「え……もしかして、気持ち悪い不気味スマイルとか思ってる?」


 但馬さんは、自分の顔に手をやりながら不安げな顔をした。


「不気味スマイルなんて言ってないじゃないですか。但馬さんのスマイルはいろんなバージョンがあるけど、その中に不気味スマイルはないですよ、安心してください」

「いろんなバージョン……」


 どうやら但馬さんは、自分のニコニコスマイルに色々なパターンがあることに、気がついていないらしい。


「てか誰ですか、不気味スマイルなんて失礼なこと言ったの」

本城ほんじょうさんにいつも言われてるんだ。ニコニコしているが、なにを考えているか分からない不気味スマイルだって」

「そんなことないですよ。但馬さんて、すぐ顔に出るからすごく分かりやすいです。本城さん、僚機さんなのに相棒がなにを考えているか分からないなんて、修行不足なんじゃ?」


 少なくとも、本城さんは私よりも但馬さんと付き合いが長いはず。出会ってからまだそんなに日が経っていない私ですら、営業スマイル的なものから面白がっている時のスマイルまで、色々あるのに気がついたのに。但馬さんがなにを考えているかわからないなんて、絶対に修行不足だと思う。


「だいたい失礼ですよ、不気味スマイルだなんて。次からそんなこと言われたら、一緒に飛んでる相棒のことが分からないなんて修行不足だって、言っちゃえばいいんじゃないですか?」

「先輩で階級的にも上官な相手に、それはちょっと……」


 但馬さんは私の提案に困ったように笑った。


「でも嬉しいかな。そうやって、航空自衛隊のことを知ろうとしてくれるのは」


 そんな但馬さんの笑顔を見ながら、但馬さんのお仕事中のスマイルってどんなものなんだろう……と、ちょっとだけ気になってしまった。



+++++



「映画も楽しかったし、ご飯もおいしかったし、今日は楽しかったー!」

「それは良かった」


 改札口から出ると、但馬さんは送っていくよと言って私と並んで歩きだす。


「しかも晩御飯ご馳走してもらっちゃって、ありがとうございました。でも次からは割り勘が良いかな」

「どうして? 俺は年上で社会人なんだし、問題ないと思うけど?」

「割り勘にしたほうが、私からも気にせずに但馬さんを誘えるじゃないですか」


 但馬さんはしばらく考え込んだ。その表情からして、大人としてのプライドと私の希望を天秤にかけているっぽい。そしてどうやら、私の希望を優先させることにしてくれたみたいだ。


「……分かった。ほなみちゃんがそのほうが良いって言うなら、次からは割り勘で」

「はい、そのほうが良いです。色々と見たい映画も目白押しだし、それを目指して頑張ってバイトしますから」

「だけど学生は勉強が本分だから、バイトはほどほどにしておかないとね。大学も自宅からそれなりに離れているし、通学時間も馬鹿にならないだろ? バイトをするのはけっこうなことだけど、無理は禁物。OK?」


 但馬さんは、少しだけ厳しい顔をして言った。


「それは両親にも言われているので大丈夫です。受験するって決めた時に言われたんですよ、ちゃんと勉強して留年しないことが最低条件だって」

「うん、御両親は正しい。そりゃあ、自分で自分のお小遣いをかせぐのはえらいと思うけど、学生の間は勉強が第一だからね。だから、たまにおごらせてもらえれば俺としては嬉しいかな」

「なかなか交渉上手ですね、但馬さん」

「そう?」


 ニッコリと微笑むと、そのまま歩き続ける。そして、いつもなら団地の敷地手前の歩道で別れるのに、今日は階段下までついてきてくれた。


「いつもの場所までで良かったのに。但馬さんだって、明日は普通にお仕事でしょ?」

「いつもはこんな遅い時間じゃないからね。ここは学校みたいに守衛さんがいるわけでもないから、俺としてはここまで送ってこないと安心できないよ」

「姉達がいたらどうするんですか。防壁になってくれるおチビちゃん達もいないから、捕まったら質問攻めですよ?」


 私がそう言うと、但馬さんはギョッとなって階段を見上げた。さすがに姉達だって家のことがあるから、今夜は押しかけてきてはいないだろうけど。


「おどかさないでくれるかな。お姉さん達には、じゅうぶん脅威きょういを感じているんだから」

「ま、遭遇しないことを祈っておいてください。あの二人の質問攻めは本当にシャレにならないから。じゃあ、今日はありがとうございました。明日からのお仕事もがんばってくださいね」


 そう言って、頭をさげて階段のほうへと行こうとしたところで、引き留められた。


「あのさ、ほなみちゃん」

「なんですか?」


 見上げると、但馬さんは首を少しかしげながら私のことを見下ろしている。


「なんとなく俺、ほなみちゃんと会ってから、一方的にやられっぱなしな気がするんだ」

「そうなんですか? そんなつもりはなかったけど。あ、もしかしてデート連呼のことですか?」


 映画に誘われた時に連呼したことを思い出した。だけどその後に、但馬さんも私のことをアグレッサーみたいだって言ったから、お互い様なんじゃ?と思っていたのは私だけ?


「あれは連呼してないから大丈夫。だけど俺のほうが年上なのに、一方的に攻撃されっぱなしな感じでちょっと悔しいわけさ、大人げない話だけど」

「私、但馬さんが言ったように、アグレッサーみたいなことしてないと思いますよ?」


 私のどういうところがアグレッサーみたいなのか、いまいち分からないけれど。


「うん、それは分かってるんだけどね」


 でも納得できないって顔だ。


「そう言えばほなみちゃん、前にアグレッサーにぎゃふんと言わせちゃえって言ってたよね」

「それは本物のアグレッサーさんにですよ。私にじゃないです」

「でも俺としては似たような感じなわけ。で、あまりにも悔しいので、今日は反撃することにしました」

「え、どんな反撃」

「こんな反撃」


 但馬さんが私のことを素早く引き寄せて、屈みこんできた。いきなりのことに、頭が理解するのにちょっとだけ時間がかかる。いま私、但馬さんにキスされた。うん、間違いなくキスされた。


「これでやっと白星一つってところかな。俺のほうが負け越しているから、星が並ぶまでかなり時間がかかりそうだけど」


 但馬さんは相変わらずのニコニコスマイルでそう言うと、私を階段のほうへと押しやる。


「じゃあ、お休み。最近は物騒だから、階段を上がって自宅のドアを閉めて施錠するまでは、気を抜かないように。また連絡します。もちろん、ほなみちゃんから連絡を入れてくれるのも大歓迎。勤務時間のことがあるから、いきなりのお誘いには付き合ってあげられないけどね」


 私が階段を上がって踊り場からのぞくと、但馬さんはまだそこに立ってこっちを見上げていた。私がおやすみなさいと言って手を振ると、ニコニコしたまま敬礼をしてそのまま場を立ち去った。

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