第二十二話 お宅拝見

 但馬たじまさんが住んでいるのは、普通の単身者向けのお部屋だった。


「てっきりあっちの官舎に住んでいるものだと思ってました」


 〝あっち〟というのは私達が通ってきた道沿いにある、自衛隊の官舎のことだ。


「あっちは、家族持ちの人達がほとんどなんだよ。間取りが家族向けだから、一人だとさすがに広すぎてね。だけどここも、自衛隊が民間から借り上げている物件なんだ。だから住んでいるのは、もれなく自衛官だよ」

「そうなんだ」


 あがらせてもらって、何気なく部屋を見渡した。見える範囲にあるものは意外と普通で、きちんと整理整頓がされている。思っていたより〝ザ・男の子の部屋〟という感じはしない。もちろん見えていないところに、男の子の部屋的なアイテムがあるのかもしれないけど。


「ほなみちゃん達のお宅に比べると、せまいし殺風景だろ?」


 エアコンのスイッチを入れた但馬さんが、あっちこっちを見ている私に気づいて笑った。


「一人暮らしならこれで十分だと思いますよ? それより、すごく整理整頓されてて感心してます」

「特に意識はしてないけど、散らかすほどここで生活していないってことかもしれないな」


 つまり、それほど但馬さんのお仕事は忙しいってことだ。


「それと自衛官さんのお部屋だから、自衛隊グッズであふれかえってるんじゃないって、思ってたんですけどね」

「その手のグッズは、ミリタリーファンのほうが多いんじゃないかな。少なくとも俺の知り合いの自衛官には、そういうのを貼ったり飾ったりしているヤツはいないなあ」

「でも、ポスター一枚ぐらい貼ってあるかなって期待してたんですけどねー」


 もしかして隣の部屋にあったりして? 私の視線に気がついたのか、但馬さんは笑いながら首を横に振った。


「残念でした。あっちの部屋にもそんなものはないよ。あるのは俺の制服と、支給されている備品ぐらいなものだ。さ、そこに座って。温かい飲み物でもいれるから。なにがいいかなって言っても、コーヒーと緑茶ぐらいしかないけど」


 そう言いながら、但馬さんはこたつの前にお座布団を置いてくれた。


「お茶でお願いします。あ、それで思い出しました。但馬さんへのクリスマスプレゼントなんですけど、手袋とコーヒー用のマグカップにしたんですよ。いつもお店に来るとコーヒーを頼んでいるから、お家でも飲んでいるのかなと思って」

「二つも? 俺、プレゼントは一つしか用意してないんだけどな」


 但馬さんが申し訳なさそうに笑った。


「気にしないでください。どっちにしようか迷って、決められなかった結果だから」


 そう言いながらリュックから、可愛くラッピングされたプレゼントを引っ張り出す。しばらくするとエアコンがきいていて、部屋が暖かくなってきた。それと同時に漂ってくる、お茶のいい匂い。


「もしかして静岡のお茶ですか?」

「うん。小さいころから飲み慣れているせいか、地元のでないと落ち着かなくてね。今でも実家から送ってもらってるんだ」


 但馬さんは、トレーに大きめの急須とお湯呑、それからバームクーヘンを乗せて戻ってきた。


「ごめん、さすがにお茶菓子はなかった」

「お気になさらず。押し掛けてきたのは私のほうだし」

「でも誘ったのは俺だから」


 そう言いながら、お湯呑にお茶を注いで私の前に置く。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 緑茶の香りを楽しみながら飲む。


「どう?」

「後味が甘く感じるのがすごいですね。こんなに甘い緑茶は初めてです。但馬さんの淹れ方が、上手ってことなのかな」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」


 そう言いながら、自分のコップにお茶を注いだ。


「あ、これ、どうぞ。但馬さんの好みに合うかどうか、分からないけど」


 プレゼントを但馬さんの前に押し出す。


「ありがとう。だったら俺も今のうちに渡しておこうかな」


 但馬さんはそう言って立ち上がると、向こうの部屋へと入っていく。そして、クリスマスカラーの包装紙に包まれたものを手に戻ってきた。


「俺のも、ほなみちゃんの好みに合えば良いんだけどね」


 お互いにそれぞれのプレゼントをあけた。


「わ、マフラーだ」


 但馬さんのプレゼントは、可愛いパステルピンクのマフラーだった。手触りもフワフワですごくいい感じ。


「まだ寒いからね。使ってくれると嬉しい」

「さっそく明日から使いますね!」

「俺も明日から使わせてもらうよ。もちろん年が明けて仕事が始まってもね」


 そう言いながら、但馬さんは手袋を手に嬉しそうに笑った。


「マグカップは、明日の朝から使わせてもらおうかな。ほなみちゃんとしては、やっぱり朝一のコーヒーで使うべきって考えなんだろ?」

「もちろんコーヒーだけじゃなくて、他のものを飲んでもらっても問題ないですよ。だけどそのマグカップを見た時に真っ先に頭に浮かんだのは、それでコーヒーを飲んでる但馬さんだったから」


 お店に行く前には色々と考えていた。パイロットさんらしく飛行機のイラストがついたものとか、空っぽい柄なものとか迷彩柄とか。だけど実際に買ったのは、渋い色のマグカップだった。一体どうしてそれが但馬さんに似合っていると感じたのかは、まったくの謎だけど。


「さてと。ちょっと着替えてくるから、待っててくれるかな。それとも先に観はじめる?」

「質問したいこともあるだろうから、一緒に見たいです。だから待ってる」

「了解した。じゃ、俺が着替えている間は、バームクーヘンでも食べてくつろいでいてください」

「はーい、了解でーす」



+++



 テレビ画面の中では、いつもニコニコスマイルの但馬さんが別人のような顔つきで、上官さんや他のパイロットさん達とミーティングをしていた。


「あ、前にお店に来た僚機さんだ」


 但馬さんと一緒に飛び立つのは、前に一緒にお店に来た人だ。但馬さんと同じように真剣な顔をして、コックピットにおさまると離陸の準備をしている。


「これが、お仕事中の但馬さん達なんですね。こういう時って、なにを考えてるんですか?」

「なにも」

「なにも?」


 意外な言葉に、思わず但馬さんの顔を見つめた。


「べつに、ボーッとしながら準備をしているってわけじゃないよ。ただ、繰り返し訓練しているうちに、意識しなくても体が勝手に次の動きをするようになるってやつかな」

「へえ……」


 戦闘機の前に立っている整備員さんの指示に従って、滑走路に出ていく青い機体。そこで場面が変わって、コックピットの中の映像になる。但馬さんは英語で話をしている。相手は管制塔の人だ。


「英語も勉強しなくちゃいけないんですね」

「外国軍隊との合同演習もあるからね。それは陸海空どこも同じかな」

「へー……なんだか、いろいろと覚えることがあって大変そう」


 但馬さんが飛んでいる様子にすっかり見入ってしまって、テーブルの向こう側が急に静かになったことに、しばらく気づかなかった。


「ねえ、但馬さん、今のスマイルって……」


 そう言いながら、画面の中で僚機さんが発した言葉の意味を質問しようと、向かい側に目を向ける。そこでは但馬さんがテレビ画面に顔を向けたまま、頬づえをついて目を閉じていた。


「たじまさーん?」


 声をひそめながら呼んでみる。応答がない。すっかり熟睡してしまっている様子だ。


―― 寝ちゃってる…… ――


 とうとう睡魔に負けてしまったらしい。お参りまでは頑張れたけど、おこたでぬくぬくしていたら、そりゃ我慢できないよね。質問するのは後にして、今はしばらく寝かせてあげよう。そう決めて、動画の続きを観ることにした。


 それから30分ほどして映像が終わった。但馬さんの様子をそっとうかがったけど、今のところ目を覚ます気配はない。


―― 疲れてたんだなあ……誘いを受けちゃって申し訳なかったかも…… ――


 そんなことを考えながら、テレビの前にいってDVDをデッキから取り出す。そしてケースにしまいながら、棚の中にDVDがいくつかあるのに気がついた。


新田原にゅうたばる基地、飛行教導隊ひこうきょうどうたい……三沢みさわ基地、葛城かつらぎ二佐……なんだろ、教材かな……」


 わからないなりに自衛隊関係の映像らしいと察せられたので、それは触らないでおくことにする。その代わり、その横に立てかけられていた映画のDVDを引っ張り出した。これなら勝手に観ても問題ないよね。振り返って但馬さんが起きてないか確認をする。まだ眠ったままだ。


「あんな姿勢で寝てて、手首と首が痛くならないのかな……」


 気にしながら映画を観はじめた。短いB級映画だったのですぐに終わってしまったけど、但馬さんはまだ眠ったままだ。


―― そろそろ起きてもらわなくちゃいけないんだけどな…… ――


 帰るにしても一言いっておかないと、目を覚ました但馬さんが慌てちゃうものね。


「たじまさーん?」

「……」

「おーい、首が疲れませんかー?」


 そう言いながら、但馬さんのそばに寄って寝顔をのぞき込む。


「もうめちゃくちゃ無防備なんだから。私が襲いかかったらどうするんだろ。たじまさーん?」

「んー……」


 私の声が耳に届いたのか、少しだけ不機嫌そうに眉をしかめた。


「但馬さん、体を横にして寝たほうが良いと思いますよ~?」

「……ほなみちゃんも一緒に寝る?」

「え? それ寝言? それとも正気?」

「んー……どっちかなあ……」


 ぼそぼそとつぶやきながら、再び眠りに入ってしまいそうな但馬さん。今はどうやら寝言の部類らしい。


「もー、襲われても知りませんよー?」


 そう呟きながら、ついでにほっぺたを指でつっついてみた。


「!!」


 とたんにビクッとなって、但馬さんが目を開けた。あまりに私の顔が近くにあったせいか、珍しく固まっている。


「おはようございます、目が覚めました?」

「もしかして、王子様のキス、もらいそこねたかな?」


 それでもあっという間に冷静さを取り戻すのは、さすが戦闘機パイロットといったところなのかも。


「私が王子様なんですか?」

「俺は飛行隊の名誉にかけて、今日はなにもしないって約束してるからね。なにかするなら、ほなみちゃんのほうからしかけてもらわないと。どうする王子様?」


 そう言って悪戯いたずらっぽく笑った。そんな但馬さんの言葉に、今度は私の顔が赤くなるのを感じる。


「このお姫様が、夜勤明けで疲れているのがいけないんですよ。無防備な顔して寝ちゃうんだもの。騎士道精神あふれる王子様だって、悪戯いたずらしたくなります。もちろん私はこれ以上なにもしないけど!」


 そう言いながら、但馬さんから離れた。


「しまったな。思わず飛び起きたけど、頑張って寝たふりを続けておけば良かった」


 但馬さんが残念そうに笑う。


「もう起きちゃったんだから、あきらめてくださいよね」

「了解しました。飛行隊の名誉がかかっているから、これだけで我慢します」


 但馬さんが素早く動いて、私のことを引き寄せた。そして前と同じように、素早くキスをする。


「うん。やっぱり俺はお姫様役より、王子役のほうが合ってるみたいだ」


 そう言いながらニンマリと笑った。


「今日はなにもしないって言ったのに!」

「なにもしてないだろ? 今のは起こしてくれたお姫様に、お礼をしただけだ」

「そのお姫様は、そろそろ帰ろうと思うんですけど!」


 物は言いようってやつだ。きっと私の顔は赤くなったままだと思う。


「ああ、そうだった。送っていくよ」

「道順はもう分かりましたから、送ってもらわなくても大丈夫ですよ? 但馬さんは、ちゃんとベッドで寝たほうがいいです。眠そうだもの」

「それは否定しないけど約束だからね、ちゃんと送っていくよ」


 そう言って出掛ける準備を始めた。但馬さんは、私にやられっぱなしで負け越しているって言っていたけど、この分だとあっという間に、勝ち越されちゃうんじゃないかなって思うのは、気のせいかな?

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