第八話 姉襲来
「パイロットって、そんなに肩こりがひどいのかなあ……自衛隊の人って、めちゃくちゃ体を動かして
講義の合間になんとなく気になって、図書館で関係ありそうな本を探してみることにした。
「さすがにマニア向けな自衛隊に関しての本なんて、うちの学校にはないよね。ってことは、肩こりについての本ってことかなあ」
うちの大学は、そっち方面の学部がないから医学的な専門書はない。だけど栄養学科からすれば、食べ物によってもたらされる病気もあることだし、まったく無関係な分野ではないから、なにかしらあるはずだ。だけど……。
「なんで
見つけたのは東洋医学の本。
「そりゃあ、
もしかしたら料理人さんの肩こりや筋肉痛、それと
「あ、ほなみ! こんなところにいたのか、探したんだよ」
漢方か
「どうしたの?」
「うん、あのね……って、なにを読むつもり?」
私が本棚から引っ張り出した本のタイトルを見て、目を丸くしている。
「ん? なんでうちにこんな本があるのかなーって、不思議に思ってるところなんだけどね。せっかく見つけたことだし、ちょっと面白そうだから読んでみようかなって」
「栄養学の勉強をするのに、なんで
友達が、もう一冊の本を指でさした。
「ふむ。やっぱり、食べ物のほうからアプローチしてみたほうが良いかな?」
「一体なにに対するアプローチなわけ?」
「えっと、肩こり。できたら頭痛も」
「肩こりと頭痛。それだったら、やっぱり
「だよね」
「でも、なんでこんな本がうちの図書館にあるんだろ」
「私も、すっごく不思議に思ってたとこ」
二人で、謎の書籍について首をかしげて考え込む。
「ところで私を探してたの?」
私の指摘に、友達はポンと手を叩いた。
「ああ、そうなのそうなの。うっかり本題を忘れるところだった。再来週の日曜日なんだけど、なにか予定を入れてる?」
再来週の日曜日、航空祭がある日だ。
「あ、ごめん、その日は予定が入ってる」
「え、そうなの? バイト入れてたっけ?」
「バイトじゃなくてね。おねーちゃん達と甥っ子姪っ子達で、
友達は意外そうな顔をした。
「へー……そんなのあまり興味持ってなかったのに、いきなりどうしちゃったわけ?」
「甥っ子達がね、急に見たいって言いだして」
「男の子なら一度はあこがれる職業、ザ・パイロットってやつかー」
「まあそんなところかな」
大学の友達まで、姉達と同じ状態になったら厄介だ。そのザ・パイロットの
「それでここ最近は、天気予報ばっか気にしてたのか」
「そんなに気にしているつもりは、なかったんだけどな。でもどうせ行くなら、晴れてるほうが良いよね。小さい子つれていくとなったら、特に」
「すごい人出らしいから、甥っ子ちゃん達が迷子にならないようにしておかないと」
「それ、すごく心配。会場に迷子センターってあるのかな」
小さい子って、たまに予想外の動きをするから油断できない。前も皆で遊園地に行った時に、仲良く五人そろって姿を消して大騒ぎになったことがあった。しかも「僕達は迷子になってないよ、迷子になったのはそっちじゃん?」な態度なんだから、おチビさんって本当にあなどれない。
「姉達にしっかり言い聞かせておいてって、念押ししてあるんだけど大丈夫かなあ。なにせ大人も子供も、航空祭に行くの初めてだからね」
今回そんなことになったら、私と姉だけではなく、招待してくれた但馬さんに迷惑をかけることにもなる。だから姉達には、しっかりとおチビさん達に言い聞かせておいてもらわないと。
「万が一の時の集合場所を、前もって決めておいたら良いんじゃないかな。展示されている機体の前は凄い人だかりだから、建物のわかりやすい場所で決めておくと良いと思うよ」
「なるほど。行ってからわかりやすそうな場所を見つけて、万が一のための集合場所にしておく」
「それと、写真を撮るマニアさん達もすごいらしいからね。カメラを持った大きなお兄さん達には気をつけなさいって、言っておいたほうが良いと思う。あの人達、写真を撮りはじめると見境なくなるから」
「えー、なにそれ怖すぎる……」
これはもう、但馬さんにくっついていたほうが安心な気がしてきた。
「とにかくそういうわけなんだ。せっかく誘ってくれたのにごめんね」
「ううん、いーのいーの。いつものコンパみたいなものだから。ああ、それで肩こりのことだけどさ」
「うん?」
いきなり話が戻って、驚いて友達の顔を見る。
「一つ向こうの駅前に、評判の良い整体の診療所があるんだよ。もしお父さんかお母さんが肩こりで困ってるんだったら、行ってみるのも良いかもよ」
「そうなの?」
「うちのお婆ちゃんがたまに行ってるの。お年寄りにも評判が良いみたいだから、間違いないんじゃないかな」
「そうなんだ。情報ありがとう」
「どういたしまして」
但馬さん、仕事がお休みの時なら、このへんまで足を延ばすことは可能かな。あ、それと保険がきくかも調べてみないと。お年寄りと現役世代だと、治療費も違うものね。
「さすがに頭痛と肩こりぐらいじゃ労災はおりないよね。……あ、そっか。お父さんに聞いてみても良いんだ」
消防士も、けっこう怪我をしたり打ち身や
「地方公務員と特別国家公務員とじゃ、
父親に一度聞いてみよう。
+++++
講義が終わって駅に歩いていくと、なぜか改札口前で姉二人が立っていた。
「あれ、おねーちゃんズ、どうしたの? このへんになにか、新しいお店でもオープンした?」
二人の姉は、よく新しくできたお店に一緒に出かけることが多い。それにしても、自宅からこんなに離れている場所まで遠征するなんて、かなり珍しい。よほど気になるお店なんだろうか? ってことは、美味しいケーキ屋さんかおしゃれなカフェ?
「私達、ほーちゃんを待ってたのよ」
「私を?」
「そうよ。今日はバイトのない日よね? だったら行くわよ、ほーちゃん」
「どこに?」
もしかして、その新しいお店に私も連れていってくれるとか? おごってもらえるかもと、少しだけ期待する。
「お買い物に決まってるでしょ。ほーちゃんが航空祭に着ていく服を、選びに行くのよ」
「……なんで?」
「だって招待されてるんだもの。変な服で行ったら失礼でしょ?」
なにやら怪しい雲行きになってきたかもしれない。
「招待って航空祭のこと? あのさ、べつにパーティに招待されてるわけじゃないから。それに基地のホームページに注意書きとしてあったじゃん、ヒールはダメとか動きやすい格好でとか、天候が急変したときに備えて
私が言い返すと、姉二人はわざとらしい溜め息をつきながら首を横に振った。その動きがみごとにそろっていて、本当に双子ってすごいと変なところで感心する。
「あのね。なにもヒラヒラキラキラドレスを着ることだけが、オシャレをすることじゃないの。ほーちゃんてば七五三のドレスから、まったく頭の中がアップデートされてないんだから」
「なんか失礼なこと言ってる……」
「ジーンズとスニーカーにするにしても、オシャレする余地はあるのよ。ほら、それ!」
姉が私の足元を指さす。
「なに?」
「紐がよれよれで黒ずんでるし、爪先の横の布地が擦り切れて穴があきかかってる。そんなの履いていったら、すごく失礼。招待してもらった男性に対して、女としてはありえない。ていうか、男でもありえない」
どうやら、私が履いているスニーカーのことを言っているらしい。
「だって、履きやすいし歩きやすいんだもん。他のを探してみたけど、イマイチだったし」
「せめて同じもので新しいのを買いなさい。それからこれ!」
もう一人の姉が、私の腕をつかんだ。
「なに?」
「この腕時計、一体いつのやつ? たしか買ったものじゃなくて、なにかの景品よね、これ」
今度は私が使っている腕時計のことみたいだ。
「うん。お父さんとこの、夏祭のビンゴゲームでとったやつ」
「ちょっと待って。それいつのこと?」
姉が恐る恐るといった感じで質問してくる。
「中学一年生の時の夏休みだったかな」
「物持ち良すぎて
「だって気に入ってるんだもん。太陽電池でずっと使えるし。ちゃんと動いてるし、時間が分かれば問題ないでしょ?」
「だからって、赤と黄色のバンドの腕時計なんてひどすぎ」
「やっぱり失礼なこと言ってる……」
さらに姉は、私が持ち歩いているカバンのことにまで文句をつけはじめた。
「もー、おねーちゃんズうるさい! どれも私が好きで使ってるんだからいいの!」
「よくないわよ。学校に来てる時だけならまだしも、招待されてる場所に出向くのに、そのスニーカーと悪趣味な腕時計なんて考えられない。大学生なら、もっとオシャレしたいと思わないの?」
「特に思わない」
姉二人は、今度はかなり大きな溜め息を同時についた。
「私達、夏のボーナスが出た旦那から許可はもらってきてるの。今日は、ほーちゃんが航空祭に行く時の服をそろえることにしてるから。私達が満足する買い物ができるまで、家に帰れないと覚悟しなさいよね」
「えー……帰ってドラマみたいのに」
「そんなのいつでも見れるでしょ?」
「録画してないよ……」
私の抗議はないものとされ、二人の姉に無理やり引きずって行かれることになった。
「とにかく、少なくとも穴の開いたスニーカーと腕時計はなんとかしないと、招待してくれた人がドン引きするわ」
「但馬さん、一度もドン引きしたことないよ」
「それはバイトの制服を着ているからでしょ?」
「送ってもらった時だって、ドン引きしてなかった」
「それは礼儀をわきまえてる大人だから。内心はきっと、その悪趣味な腕時計にドン引きしてたはず」
姉達が断言する。
「なんか本当に失礼なこと言ってるー。これ、お父さんの職場の人が選んだ腕時計なのに」
「その人だって、まさかほーちゃんが大学生になっても使うとは思ってないわよ。とにかくその色はドン引き案件」
「でも服だけじゃ浮くわよね。髪もちゃんとセットして、お化粧もきちんとしたところで一度やってもらったほうが良いと思うわ」
電車に乗ってから、姉達はますます恐ろしいことを言い始めた。
「ねえ、スニーカーと腕時計だけじゃダメなの?」
「メインは服を買うこと。スニーカーと腕時計は今決めたこと」
「えー……」
ドラマが始まる時間までに、どうやっても帰宅できそうにない。
「それとついでだから、髪も切ってもいいと思うの」
「ついでって……」
「あとお化粧もね、一度プロの人にやってもらうとコツがつかめるから。もちろん、そこまで高い化粧品を買う費用はないわよ。そういうのは年をとってからで問題ないから」
「勘弁してよー……」
ドラマが終わる時間になっても、帰宅できないことは間違いなさそう。
「おチビちゃん達をほったらかしていいの?」
「だから言ったでしょ? 旦那の許可はもらってるって。許可をもらって出てきたからには、中途半端なことはしないから、覚悟しなさいよね」
「ほんとに勘弁して……」
そうして私は、姉達に何時間も引きずり回されることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます