第二十話 プレゼントはなに?

『ご乗車のお客様に申しあげます。ただいま当列車は、雪のために本来のダイヤより30分遅れで運行しております。ご迷惑をおかけしておりますが、安全運行のためのご理解とご協力をお願いいたします』


 車内にいた人達はそのアナウンスに、そろってあきらめの溜め息をつく。外は吹雪いていて窓の外は真っ白だ。いつもなら見える田んぼも町並みも、ほとんど見えない。雪に強いこの地域の電車でも、年に何度かはこういう日がある。どうやらそれが今日だったみたい。


「今年最後の日についてないねえ……昨日まではなんとか普通に走ってたのに」


 亜子あこちゃんが溜め息をつきながら、曇った窓に指でへのへのもへじを描いた。


「しかも座れない時に限ってなんて、ほんと、ついてなーい」

「明日から冬休みだから、まあいいじゃない? サラリーマンさんは、もうちょっと先まで仕事があるわけだし」


 このまま降りつづけたら、明日はどうなるんだろう。そっちのほうが心配だ。


「でも、明日もこうとは限らないじゃない? 今日だけこんなブリザード状態なのかもしれないし。だからやっぱり私達ってついてなーい」

「亜子ちゃん、あとちょっとじゃん。私はまだ先まで乗らなきゃいけないんだし」

「あ、それで思い出した。お母さんに迎えに来てもらえるか聞いてみる」

「こんな雪だし、やめてあげたほうがよくない?」

「でも、きっと家までのバスもノロノロで、満員に違いないんだもん。ちょっと聞いてみる」


 携帯電話をカバンから引っ張り出すと、さっさとメールを打ち出した。


「駅まであと何分ぐらいかかると思う?」


 亜子ちゃんがメールを打ちながら聞いてくる。彼女が降りる駅はここから二つ目の駅だ。


「どうだろう……まだまだ遅れそうだよね」

「電車の今の場所と30分遅れって知らせておけば、お母さんのほうでタイミング見計らって迎えにくれるかなあ……ってほなみ、人の話、聞いてる?」


 私が窓の外をながめているのに亜子ちゃんが気がついて、顔をしかめる。


「うん、聞いてる。ねえ、あれ飛行機じゃない? こんな吹雪の中をまだ飛んでるんだ。お客さん商売だと大変だよね」

「こっちの話、ぜんぜん聞いてないでしょ……」

「そんなことないよ。でもこんな吹雪いてるのに飛ぶなんてすごいよね。私なら絶対に飛びたくないなあ」


 見た感じは大きいから、きっと民間の旅客機だと思う。こんなに吹雪いているのにパイロットさん、目の前が見えているんだろうか?


但馬たじまさん、こんな天気の時にスクランブルなんかになったら、どうするんだろ」


 空は雪雲が垂れ込めてるし、目の前は吹雪いていて真っ白だし。滑走路は除雪をする人達がいるって話だけど、こんな状態じゃ、やってもやってもきりがなさそう。それにこんな中を飛んだりしたら、大きな旅客機はともかく、あんな小さな戦闘機だったら、風にあおられて大変なことになるんじゃないかな。


「でも、ま、こんだけ吹雪いてたら、あっちから飛んでくることもないか……」

「ところでさ、ほなみ」


 なんとかお母さんと待ち合わせの算段を終えた亜子ちゃんが、私に声をかけてきた。


「んー?」

「クリスマスプレゼントは決めたのかな?」


 その言葉を聞いて思わず溜め息が出る。


「うーん、お母さん達のはすぐに決まったんだけどねえ……」

「あー……肩こりのきみの分が決まらないのか」

「肩こりの君……」


 最初のきっかけを話したせいか、亜子ちゃんの中ではすっかり、但馬さんは〝肩こりさん〟になってしまっていた。


「いっそのこと肩たたきにしたら? 肩こりで悩んでる人なんでしょ?」

「それって、お年寄りへのプレゼントみたいじゃない」

「あ、そっか。小さい子だったら肩たたき券でも可愛いけど、さすがにそれはまずいよね……」

「渡すのは年明けになるから、それまでになにか喜ばれそうなもの考えるよ。まったく浮かばないけど」


 本当になににしたら良いんだろう。そんなことを考えながら帰宅すると、周辺空港の発着便が、夕方から明日にかけて全便運休になったというニュースが、テレビで流れていた。電車の中から私が見たのは、最後に飛び立った旅客機だったのかもしれない。



+++



「ほーちゃん、なにやってんの?」

「?!」


 その日の夜、部屋でネット検索をしていたら、いきなり声をかけられてその場で10センチぐらい飛び上がった。顔を上げると姉がこっちを見下ろしている。


「おねーちゃん、いつのまに来たの?! 外、すごい雪じゃなかった?」

「うん、まだ降ってるわよ。でも、もう来れそうなのが今日しかなくてね。お父さんとお母さんに、ちょっと早めのクリスマスプレゼントを届けに来たの。ほーちゃんの分も渡してあるから、クリスマスの当日に開けてね」


 おねーちゃんズの旦那さんは二人とも県内の人だけど、住んでいる場所はここからはそれなりに離れた場所だった。だから遊びに行くのは、夏休みや冬休みになってからなことが多い。そのせいもあって、あっちのお爺ちゃんお婆ちゃんは、孫達が来るのをそれはそれは楽しみにしているのだ。だからクリスマスも、あちらですごすことがほとんどだった。


「あ、そっか。あっちのお爺ちゃんお婆ちゃんちに行くんだっけ。うちからのプレゼントは受け取った?」

「ありがたくいただきましたとも。ああ、もちろん年明けにはこっちにも顔を出すから。その時にはほーちゃんからのお年玉もよろしくね。それで熱心に見ていたのはなんなの? あら、但馬さんへのプレゼント?」


 姉は私が見ていた画面をのぞき込む。


「うん。マフラーならなんとか編めそうなんだけどさ、但馬さんってほとんど制服じゃない? 使う機会がなさそうなんだよね」

「そうなの?」

「してる隊員さんを見たことないってことは、使わないんじゃなくて、使えない可能性もあるってことでしょ?」

「なるほど。そう言えばうちの旦那も、制服着てた時はマフラーしたことなかったかな」

「でしょ? だから他になにかないかなって、ネットで探してた」


 但馬さんは、当然のことながら職場に行くときは制服だ。お店に立ち寄る他の隊員さん達を見ていても、冬用のコートを着ているのは見かけても、私物のマフラーを巻いている人なんて見たことがなかった。手袋はそれぞれ好きなものを使っているみたいだから、それを頑張ってみようかとも思ったけど、私にはどう考えても指五本の手袋は編めそうにない。


「ふむ。たしかに使えないのにもらったら、悶々もんもんとしちゃうかもね」

「なにがいいと思う? 男の人ってなにをもらったら喜んでくれるのかな? おねーちゃんズは初めてのクリスマス、お義兄にいさん達にどんなプレゼントしてた?」


 家族なら、それなりに欲しいものを言い合ってるからある程度は分かる。だけど相手は但馬さん。今のところ、なにか欲しいものがあるような話にはなったことがなかった。こうなったらもう最終手段で、肩こりさん用のおすすめアイテムでも探して買うべき?


「そうねえ……」


 考え込みながら、姉はどこから出したのかピンク色のリボンを取り出して、私の首にかけて蝶結びをする。


「初めてのクリスマスなら、〝プレゼントは私〟でどうでしょう?なんて提案してみたらどうかしら? ほーちゃん達、まだなんでしょ? けっこう喜ばれると思うんだけど」


 そう言いながらニッコリと微笑んだ。なにがまだなのかは聞かなくても分かる顔。そりゃあ、キスを一回しただけで、その先に進みそうな気配は今のところまったくない。だからって、それってどうなんだろう。


「……おねーちゃん、お父さんが聞いたら、そのへんで気絶しそうなこと言ってるの、分かってる?」

「もちろんよ。だって今の時代、女の子が積極的でもいいじゃない?」

「もしかしておねーちゃんズも、そんなことしたの?」


 姉達が〝今の時代の女の子〟に当てはまるのかは分からないけど。


「どうだったかしらねえ……もうかなり昔のことだから、忘れちゃった」

「そんなことしたんだ……」


 なぜだか分からないけど、その時のことを想像して、お義兄にいさん達がちょっと気の毒に思えてきた。


「で、肝心なクリスマスの当日は、但馬さんに会えるの?」

「ううん。その日はお仕事なんだって。だから会うのは元旦で、その日に一緒に初詣はつもうでに行こうって話になってる。その後は但馬さんも、実家に帰るって言ってるから」

「あら、あんまり会える日がないのね。だったら、プレゼントは私作戦は無理かしら」


 そこでガッカリした顔をしないでほしい。


「本気だったんだ……」

「もちろんよ。だってお母さんから聞いてる雰囲気だと、ほーちゃんが積極的にならないと、進展しそうにないんだもの。但馬さんがいい人そうで安心したけど、いい人すぎるのも考えものよね」


 もうちょっと積極的な男性でも悪くないのにね、なんてつぶやく姉の顔をあきれた気分で見つめる。そして私が見ている前で、首をかしげてみせた。


「ま、それもまたほーちゃんらしくていいのかしらね。そのうち、但馬さんのほうが我慢できなくて、爆発するかもしれないし、それはそれで楽しそう」

「楽しそうって……」


 姉の頭の中ではいったい、どんな未来予想図ができあがっているんだろう。見たいように見たくないような、ちょっと複雑な気分になってしまった。


 

+++++



 そしてクリスマスイブ。私のクリスマスは、両親と三人でクリスマスケーキを食べながら、楽しみにしていたテレビドラマを見る平凡なクリスマスだった。だけどこの瞬間も、但馬さん達はなにか起きた時のために、基地で備えているんだなと思うと、少しだけいつもと違うクリスマスな気がするのも事実だった。


「こんなふうに、ほーちゃんとクリスマスをすごせるのも、今年が最後かもしれないわねえ」


 そんなことを考えていた私の前で、母親がしみじみとつぶやく。


「母さん、そんな寂しいこと言わないでくれないか。来年もこうやって、家族三人でクリスマスがすごせるといいなあ」

「お父さんたら、いい加減に子離れしないと嫌われるわよ?」

「そうなのか?!」


 相変わらず父親と母親は仲が良くて大変よろしい。


「二人の惚気のろけを延々と聞かされるなら、来年はちょっと考えたほうがいいかもしれないなあ……」


 そんな私のつぶやきが、目の前で仲良く言い合いをしている二人の耳に入った気配は、まったくないみたいだけど。


「……いつまでも夫婦円満なのはいいことだよ、うん」


 生温かい気分になりながら、天気予報を見る。北海道や東北では雪は降るものの、明日にかけて、全国的におおむね穏やかなお天気らしい。ホワイトクリスマスを楽しみにしている人達には申し訳ないけれど、少なくとも日本でのサンタさんのプレゼント配りは、そこそこ問題なくはかどりそうだ。


 そして部屋に戻って日付が変わるのを待って、但馬さんにメールを送っておくことにする。いまいち但馬さん達の勤務体系が分からないけれど、少なくとも仕事時間が終わったら、送ったメールを見てくれるだろう。


『まだお仕事中でしょうけど、メリークリスマス! めっちゃくちゃ雪が降ってますけど、自衛隊の戦闘機がちゃんと飛べるのかなってちょっと心配です。追伸:もし空でサンタさんに会ったら、よろしく伝えてください』


 送信しながら姉の言葉が頭に浮かぶ。


「……プレゼントは私? ないない、そういうのないから!!」


 でも……但馬さんがそんなのを期待していたらどうしよう。

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