第二十四話 「再開と別れ」
ワンディの許可を貰ったレイとエステルが、ミアを連れて屋敷を後にしようとしたその時だった。
「待ちたまえ」ワンディの声が、二人を引き留めた。
レイが振り返ると、ワンディの表情に、これまで見たことのない柔らかさが宿っていた。彼は両手に何かを包み込むように持っている。
「君たちに、これを渡したい」そう言って、ワンディは小さな布袋をレイに渡した。なんだろうとレイが中身を確認すると。そこには、金色に輝く数十枚の金貨があった。
レイは驚いて目を見開いた。「これは……」
ワンディは誇らしげに、しかし同時に深い感謝の念を込めて言った。「これは君たちへの感謝の印だ。私は長年、珍しいものを集めてきた。だが今日、君たちから最も貴重なものをもらった」
「貴重なもの?」エステルが呟く。
ワンディは優しく微笑んだ。「ああ。人の心の温かさ、家族の絆の尊さ……それに、自分の信念を貫く勇気だ」
レイとエステルは言葉を失った。
「これは単なる代金ではない」ワンディは続けた。「君たちが教えてくれた大切なことへの、私なりの感謝の形なのだ」
レイの手に伝わる重みは、単なる金銭の価値を超えた何かを感じさせた。
「ワンディさん。ありがとう……」レイの声が震える。
エステルも静かに頷いた。「ワンディさん、本当にありがとうございます」
「いや、君たちのおかげで、私も大切なことを思い出せた。物の価値は、時に目に見えないところにあるということをね」
レイとエステルは深々と頭を下げた。
「さあ、行くがいいよ」ワンディが言った。「メリッサが待っているだろう」
レイとエステルは、胸に温かな想いを抱きながらその屋敷を後にした。
レイとエステルは、胸に温かな想いを抱きながら、メリッサの塔へと向かった。その手に引かれるミアは、そんな二人をただ、じっと見ていた。
塔への帰り道、レイはミアに色々と尋ねたが彼女は記憶の殆どを失っていた。それはエステルの時と似たような状態に思われた。
ただ、記憶は曖昧でもメリッサへの想いだけは残っていたようで、そこに親子の絆の強さを感じずにはいられなかった。
やがてメリッサの塔に到着したレイ、エステル、そしてミア。扉の前では、メリッサが期待と不安を合わせた持ったような顔でウロウロと歩き回っていた。
「メリッサさん!」レイが声を上げる。
メリッサが振り返り。その瞬間、彼女の目がミアと合った。
「ミア…?」メリッサの声が震える。「本当に…あなた?」
「ママ!」ミアは躊躇なく駆け出した。二人の距離が縮まり。そして、抱擁を交わす。
「ミア!本当にミアなのね!」メリッサの声からは、百年分の想いが感じられた。
「ママ!」ミアもメリッサにしがみつく。母子の周りに、温かな光が満ちていく。それは、長い時を越えた絆が目に見える形になったかのようだ。
レイは、その光景を静かに見守っていた。
「よかったな」レイがエステルにつぶやく。
「本当によかったです」答えたエステルの目には、小さな涙が光っていた。
メリッサは涙ながらに二人を見て。「ありがとう!本当にありがとう。あなたたちがいなければ、この日は来なかった」と、感情あらわに感謝の想いを吐き出した。
レイは照れくさそうに頭を掻き。「いえ、僕たちこそ……」と言いかけたが、ふいに意地の悪い笑みを浮かべる。
「利用してくれて、ありがとうございます」と皮肉を込めて返した。
「あ、あぁ」メリッサが申し訳なさそうに笑う。「あなたたちの奇跡を見てたら、つい……ごめんなさい」
その隣でエステルが呟いた。「レイは意地悪です。お金はしっかり貰えたではないですか」
レイはポケットの中の金貨の入った袋を確認して、にやりと笑う。「まあな。これで金欠とはオサラバだ」
「無駄遣いしたら、お金がオサラバですよ」エステルがつっこむ。
「上手い事言ったつもりだろうけど。お前、俺をなんだと思ってるんだ」
「はい、計画的に散財する達人ですね」エステルが即答。レイは肩を落とした。
その様子を見ていたメリッサが声をかける。「まあ、あなたたち本当に息が合ってるわね」
レイは慌てて否定した。「いや、これは単なる言葉の応酬で……」
エステルが冷静に言う。「そうですね。彼の言葉に付き合うのは、剣を研ぐより大変です」
「おいっ!」レイが抗議するが、メリッサとミアは楽しそうに笑っていた。
するとミアが好奇心いっぱいの目でエステルを見つめて言った。「お姉ちゃん、剣になれるの?」
エステルが頷く。「はい、でも今はやめておきます。レイが私を持って暴れそうですから」
「暴れるかっ!」レイが声を上げる。その場はみんなの笑い声に包まれた。
そんな和やかな雰囲気の中、メリッサが静かに咳払いをした。その音で、場の空気が一変する。
「レイ、エステル」メリッサの声は優しいが、どこか重々しい。
「あなたたちに、お願いがあるの」
レイとエステルは顔を見合わせ、真剣な表情になる。
「ミアを…あなたたちの旅に連れて行ってほしい」メリッサは頭を下げた。
「え?」レイは驚いて目を見開く。「でも、やっと再会できたばかりじゃ……」
メリッサは悲しげに微笑む。「ええ、でも…ミアは今、レイの、あなたの魔力で動いてる人形のようなもの。私から離れても大丈夫だけど、あなたから遠く離れると……」
「また、ペンダントに戻ってしまう」エステルが静かに言葉を継ぐ。
メリッサは頷いた。「そう。だから、一緒に連れて行って、楽しい生活を送らせてあげてほしいの」
レイは困惑した表情で言う。「でも、それじゃあメリッサさんは」
「私は大丈夫」メリッサは強く言う。
「それに、お願いはもう一つ。いつかは、あなたの魔力なしでも体を維持できる方法を見つけてほしい。難しいでしょうけど、私は私でその方法を探すわ」メリッサの目は真剣そのものだった。
しかし、話を聞いてたミアが不安そうな表情を浮かべた。
「ママと、また離れるの?」ミアの声が震える。
部屋の空気が一瞬で張りつめた。メリッサは悲しげな表情を浮かべ、レイとエステルは互いに顔を見合わせた。
メリッサがミアの前にしゃがみ込み、彼女の目線の高さで優しく語りかける。
「ミア、聞いて。これは大切な旅なのよ」
「でも…」ミアの目に涙が浮かぶが、メリッサは続けた。「ミア、この決断は、あなたとママがずっと一緒にいるために必要なの」
「ずっと?」ミアは少し混乱した様子で尋ねた。
メリッサは頷いた。「そう。今はママと離れることになるけど、それは将来ずっとママと一緒にいられるようにするためなのよ」
そう言って、メリッサはミアを優しく抱きしめた。
重い沈黙が場を支配する。レイは深く考え込んでいたが。
「そうか……」レイはため息をつき。「一人も二人も同じ、か。いや、一つも二つも、か?」少し皮肉っぽく笑う。
エステルの眉が上がる。「空気を読んでください」
「いや。まあ、空気を読んだつもりなんだけどな」
レイは真剣な表情に戻り、メリッサを見つめた。「わかりました。そういう事なら。ミアを一緒に連れていきますよ。そして、きっと方法を見つけます」
「ありがとう……」メリッサの目に涙が光った。
まだ状況をよく理解していないミアに、エステルが声をかけ、「きっと楽しいから、大丈夫です」と珍しく柔らかな表情を見せる。
そして、「つまらなかったら、全てあの人が悪いので」とレイを指さした。
「おい!俺は道化じゃないぞ!」
ミアは楽しそうに笑った。「うん。よろしくお願いします」
その笑顔に、メリッサは安心したように頷くと、瞳に溜めた涙を拭った。
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