第十二話 「深緑の魔女と剣に宿る魂」
妖艶な雰囲気を漂わせる女性に、レイは丁寧に頭を下げて伝えた。
「すみません、俺達は客じゃないんです。実は魔女様にお会いしたいのですが……」
すると女性は優雅に微笑んで答えた。「私がその魔女ですよ。メリッサといいます」
その言葉に、レイの目は驚きで見開かれた。そしてメリッサの若々しい容姿を上から下まで舐めるように観察する。
「え?でも、もう何十年も生きてるって……」
「そうね、正確には200歳を超えているわ」メリッサは軽やかに言った。その口調には、長年の人生で培われた余裕すら感じられる。
「え?えええ!?その見た目で、おばさん……」と、口を滑らせるレイに、「おばさん、ですって?」とメリッサの眉が危険な角度で上がり、目に鋭い光が宿った。
店内の空気が一瞬凍りつく。
レイは慌てて「あ、いえ!すいません」とあやまる。
エステルが冷静に「レイは失礼ですね」と割って入るが、当のメリッサは軽く笑みを浮かべていた。おそらくからかわれたのだろうと、レイは内心でほっと胸を撫で下ろす。
「まあ、そういうリアクション、実は結構慣れているのよ」とメリッサは含み笑いを漏らす。「それで、何の用件かしら?」と続ける。
レイも落ち着きを取り戻し、本題を切り出した。
「物体を、動く人形に変える魔法とかってあるのかなぁ……と、聞きたいのですが?」
「それなら簡単よ」とメリッサは軽く答え、棚から小さなポーションを取り出した。彼女は目を閉じ、静かに魔法の詠唱を始める。
"物質の法則を超え、形を自在に操らん。元素の配列を解き放ち、再構築せよ内なる構造よ……"
やがてメリッサの周りに淡い光が宿り、彼女の髪が微かに揺れ動く。ポーションの瓶が宙に浮かび、ゆっくりと光を増していく。
"……我が意のままに変化せよ。魔力の導きにより、新たなその形を現さん"
最後の言葉と共に、光が収束し、ポーションは瞬く間に小さな人形に変わった。その人形は、まるで生きているかのように精巧な造りだ。そしてぺこりと頭を下げた。
レイとエステルは、その光景に息を呑んだ。
「それは生きてるのですか?」とレイは興奮するように尋ねた。しかしメリッサは間髪入れずに答える。
「そんなわけないわよ。これは私の思考を汲み取って動いている。つまり、私が動かしてるのだから」
なるほど、とレイはさらに深くつっ込む。
「自分で動く人形、意思がある人形に変える魔法は……ないですよね?」
メリッサは一瞬考えたが、直ぐに答えた。
「これは土からゴーレムを生み出す魔法みたいなものだけど。あなたが言いたいのは、それに魂を宿らせるという意味かしら?」
「うーん。それに近いんですかね……」
レイは少しためらいながらも、エステルを指さす。
「実は彼女。元々は一本の〝剣〟なんですよ」と告げた。
メリッサは驚きの表情を浮かべたが、すぐに真剣な眼差しでエステルを見つめる。
突然、部屋の空気が変わった。メリッサの瞳が、深い森の奥底のように暗く、そして神秘的に輝き始めた。彼女の周りに、目に見えない力が渦巻いているかのような感覚がレイを包む。
レイは息を呑んだ。メリッサの姿は変わっていないが、まるで別人のように感じられた。その存在感は圧倒的で、レイは思わず一歩後ずさる。
一方のエステルは動じる様子もなく、ただメリッサをまっすぐに見つめ返していた。
数秒の沈黙の後、メリッサが「これは……」と声を上げた。彼女の目の輝きが通常に戻り、何か見えたのか?とレイは恐る恐る尋ねる。
「どうかしましたか?」
「いや。なんの冗談かしらないけど、彼女の魂は普通に人間だわ。私は人の魂を見る事が出来るのよ」
意外な言葉を言われ、素っ頓狂な顔になったレイだったが、メリッサが「ただ……」と続ける。
やはり何かあるのか?とレイが身を乗り出すと、彼女は少し考え込むように目を細めると、少し遠慮気味に言った。
「意外と歳を重ねているのね。私と同じくらい歳を超えているじゃない。彼女だって十分に〝おばさん〟ね」
レイとエステルは驚きの表情を交換した。エステルの無表情の中にも、わずかな動揺が見て取れる。
「おばさんは一旦置いておいて。人間って?確かに彼女は……」レイが言いかけると、メリッサが遮った。
「わかってるわ。彼女の魂は確かに普通の人間だけれど、少し違うわね。私が言ってるのは、あなたが言うような後から与えたような別の魂ではないって事よ」
その声には、長年の経験から来る確信が滲んでいた。
「魂の創造なんて不可能だから、彼女が本当に剣だったというのなら、その剣に最初から人の魂が宿っていたと考える事は出来るわね」
言ってメリッサの目に、好奇心の色が浮かんだ。
その瞳は再び深い森のように神秘的な輝きを帯び始める。
レイは深呼吸をして「剣だったのは本当です」と、これまでの経緯を話し始めた。エステルとの出会い、彼女が剣から人の姿になったこと、そして彼らの長い旅路について。
メリッサは真剣な表情で二人の話に耳を傾けた。彼女の指が無意識に動き、空中に複雑な模様を描いているのをレイは不思議そうに見つめた。
話が終わると、メリッサは静かに立ち上がった。彼女のドレスが優雅に揺れ、その動きに合わせて店内の光が微かに明滅する。
「これは…また、とても興味深い事例ね」と彼女は二人を見つめ、微笑んだ。その笑顔には、何か計算づくの色が見える。
「現状から考えられるのは一つよ。剣には魂が宿っていた。おそらく、強い想いみたいな何か。そう例えば……」
レイとエステルは息を呑んで次の言葉を待った。店内の空気が再び緊張感に満ちる。
「持ち主の怨念とか」メリッサの目が妖しく輝いた。その瞳の奥に、何か危険な好奇心のようなものが垣間見える。
レイは不安そうに尋ねた。「怨念?じゃあ彼女は……」
と、そこでエステルが割り込む。
「別に怨みなんてありません」
その顔は無表情だった。それを聞きメリッサは優雅に手を振る。
「心配することはないわ。例えよ、例え。でもね、人は強い想いや無念を残して死ぬと、物に憑く事があるの」と彼女は軽く笑ったが、その言葉にレイは背筋が凍るのを感じた。
「それより……」とメリッサの声が熱を帯びていく。「物に、これだけ高度な人体化を施した、あなたの魔法ってのに凄く興味あるわね」メリッサは不気味に微笑んだ。
エステルが元から魂を持っていたとして、それを擬人化する事が出来たら。それは確かに、人間のように動くという理屈は適うのかもしれない。
しかしその魔法を施したのは確かにレイだった。
つまり彼女が特別なのではなく、自分の方が特別だった事をレイは自覚させられた。
そしてメリッサが言う。
「あなた、自分の魔法については知りたくないの?」
レイは即答した。「もちろん知りたいです!」
メリッサは満足げに頷き、「素晴らしいわ。では、少しあなたの魔力を調べましょう。とりあえずそこに客室があるから。入ってちょうだい」と奥を指さした。
レイとエステルは顔を見合わせ、静かに頷いた。
部屋に向かう二人の背中を見送りながら、メリッサは「面白くなりそうね」とボソリ呟いた。
彼女の瞳が再び深い森のように輝き、店内の影がわずかに揺れ動いた。
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