第十三話 「魔法の訓練」

レイを調べるにあたり、メリッサはまず慎重にレイの腕から血液を採取した。細い針が皮膚を貫く瞬間、レイは思わず目を背けた。

「怖がりね」メリッサが軽く笑う。「大丈夫、すぐ終わるわ」

採血器に赤い液体が満たされていく。しかし、その色は通常の血液よりも僅かに明るく、微かな輝きを放っているようにも見える。


メリッサは眉をひそめる。「興味深いわ……」

彼女は採取した血液を複数の試験管に分け、それぞれに異なる試薬を加えていく。レイとエステルは息を潜めて見守った。

「レイ、あなたの血液は非常に特殊よ」メリッサが顕微鏡から目を離して言った。

「通常、人の体内の魔力は全身に均等に分布しているの。でもあなたの場合、血液中に膨大な量の魔力が流れてる」

「それって...良いことなんですか?」レイは不安そうに尋ねた。


メリッサは複雑な表情を浮かべた。「強力ではあるけど、危険も伴うわね。コントロールを失えば、あなたの体を傷つける可能性もある」

彼女は魔力を測定する為に、一つの水晶を取り出し、レイの血液を垂らした。一瞬にして水晶は割れて砕けた。

「信じられない」メリッサが呟く。「これほどの魔力を持つ人間を見たのは初めてよ」


レイは困惑した表情を浮かべた。「でも、俺はこれまで魔法なんて使えなかったんです」

「それは、あなたの魔力が血液中に封じ込められているからよ」メリッサが説明する。「普段は外に漏れ出すことはないの。でも…」

彼女は思案顔で黙り込んだ。

「でも?」レイが促す。


「血液が外部に漏れると、その魔力も解放される可能性があるわ。そして、その魔力は周囲の物や人に大きな影響を与えるでしょうね」とメリッサが深刻な顔で告げる。

そこでエステルが静かに口を開いた。「それが、私が人の姿になった理由...ということですか?」


メリッサは頷いた。「その可能性は高いわね。レイの血液の強い魔力が剣に流れ、それに宿っていた魂が影響を受けて思念が具現化したのかも」

レイは自分の手を見つめた。「じゃあ、俺の血は……魔力そのものなんですか?」

「そう言えるでしょうね」メリッサは答え。「でも、それを証明するには実験が必要よ」と続けると立ち上がり、棚から小さなポーションの瓶を取り出した。


メリッサは瓶の蓋を開け、採取したレイの血液を数滴落とした。瓶の中の液体が突如輝き始め、渦を巻くように激しく動き出す。

「すごい……」表情に乏しいエステルですら、そう零した。メリッサは満足げに頷いた。


「予想通りよ。レイ、あなたの血液がポーションの効果を何倍にも高めている」

彼女は慎重に瓶を持ち上げ、近くに置いてあった枯れた植物に、一滴だけ垂らした。驚くべきことに植物は瞬く間に生き返り、みるみるうちに成長し始める。


「通常、このポーションは軽い傷を治す程度よ」メリッサが説明する。「でも、レイの血液と混ざることで、植物さえ蘇らせる力を得たわけ」

レイは自分の手を見つめ、震える声で言った。「こんな魔力が俺の中に?」


メリッサは真剣な表情でレイを見た。「あなたの血液には、想像を超える可能性が秘められているわ。でも、同時に大きな危険も伴う」

「どういう意味ですか?」

「あなたの感情や体調によってわ、血中の魔力が暴走する可能性がある。怪我をしたり、感情的になったりすれば制御不能な魔法が発動するかもしれない」


レイには既に心当たりがあったので、顔を青ざめさせた。「じゃあ、俺は危険な存在ってことですか?」

エステルが静かにレイの肩に手を置く。「あなたは危険な存在ではありません」

メリッサが微笑み、頷いた。「そのとおりよ。大切なのは、力をコントロールすること。私が教えるわ」


彼女は部屋の隅に歩み寄り、古びた本棚から分厚い魔道書を取り出した。

「まずは、瞑想から始めましょう」メリッサが言った。「魔力のコントロールには、精神の安定が不可欠なのよ」

レイは深呼吸をして頷いた。「わかりました。やってみます」


こうしてメリッサの指導の下、レイは毎日数時間の瞑想を行った。最初は落ち着かず、すぐに集中力が途切れてしまったが、日を重ねるにつれて少しずつ上達していった。

瞑想に加え、メリッサはレイに魔力の流れを感じ取る訓練も課した。

レイは目を閉じ、自身の体内を流れる魔力の存在を意識する。最初はかすかな感覚だったが、やがてその流れを明確に感じ取れるようになった。


「良いわね」メリッサが励ました。「あなたの進歩は驚くべきものよ」

訓練は厳しく、時に挫折しそうになることもあった。しかし、エステルの静かな励ましと、メリッサの的確な指導に支えられ、レイは諦めることなく続ける事が出来た。


そして数週間が経過し、レイは自分の魔力に対する理解と制御力が飛躍的に向上した。メリッサは、いよいよ実践的な魔法の使用へと訓練を進める。

「今日は、実際に魔法を使ってみましょう」メリッサが宣言した。「でも、直接の血は使わない。あくまで体内の血液から魔力を放出させる感じよ」

レイは緊張した面持ちで「わかりました」と頷く。


メリッサは机の上に小さな石を置いた。「この石を浮かせてみて」

レイは深呼吸をし、石に集中する。体内の魔力の流れを意識し、それを手のひらへと導いていく。最初は何も起こらなかったが、やがて石がわずかに揺れ始めた。


「そう、その調子よ」メリッサが励ます。

レイは額に汗を浮かべながら、さらに集中を深めた。突然、石が宙に浮かび上がった。

「やった!」レイが喜びの声を上げたその瞬間、彼の興奮が魔力のバランスを崩した。石が急激に上昇し、天井に激突して粉々になる。


「落ち着いて」メリッサは諭すように言う。「感情のコントロールも重要よ」

レイは深く息を吐き、気持ちを落ち着かせた。「すみません。もう一度やります」

何度も試行錯誤を繰り返し、レイは徐々に魔法の制御に慣れていった。浮遊魔法に続いて、小さな火球を生み出したり、水を操ったりする基本的な魔法も習得していった。


「驚くべき才能ね」メリッサが感心したように言う。「普通、これほど短期間でここまで上達する人はいないわ」

エステルも静かに頷いた。「レイの成長は目覚ましいです」

しかし、レイの能力が向上するにつれ、新たな問題も浮上した。強い感情や疲労時に、魔力が簡単に漏れ出して制御を外れそうになるのだ。


「これは予想していたことよ」メリッサが説明した。「あなたの魔力は強大すぎるの。完全な制御は難しいわ」

「じゃあ、どうすれば...」レイが不安そうに尋ねる。

メリッサは小さな腕輪を取り出した。


「これを着けて。魔力を抑制する効果があるわ。危険な状況になりそうな時は、これが魔力の暴走を防いでくれるはずよ」

レイは感謝の念を込めて腕輪を受け取った。「ありがとうございます」

「でも、これは一時的な解決策に過ぎない。最終的には、あなた自身の力で完全にコントロールできるようにならないとね」


レイは決意を新たにした。「わかりました。これからも訓練を続けます」

エステルが静かに言った。「私もサポートしましょう」

メリッサは満足げに二人を見つめた。「素晴らしいわ。あなたたち二人なら、きっと乗り越えられるはずよ」

レイとエステルは顔を見合わせ、静かに頷いた。彼らの前には、まだ多くの課題が待ち受けているが、同時に無限の可能性も広がっていた。


レイは自分の手のひらを見つめ、小さな炎を宿らせた。その炎は、彼の新たな人生の始まりを象徴するかのように、明るく、そして力強く燃え続けていた。

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