第十四話 「銀狼の離反」
エステルは静かに窓際に佇み、外の景色を眺めていた。その姿に、レイは何か物思いに耽っているような印象を受ける。
するとメリッサが現れ、テーブルに温かい飲み物を用意しながら「どうだった?」と二人に促した。
レイは深呼吸をして、これまでに得た情報を整理し始めた。エステルの出自に関する手がかりだ。
彼女が元々存在した魂なら、彼女のルーツを知りたいとレイは思った。それで街に出て彼女の唯一の手がかりである〝ヴァルハイム家〟について聞き回っていたのだが。これと言った情報は手に入らなかった。
肩を落とし、レイが語り終えると。メリッサは古い書物を開いた。その書物のページをめくりながら、彼女はエステルに向けて話しだした。
「あなたの苗字『ヴァルハイム』について、少し気になって私も調べてたの」
エステルは無表情のまま頷く。
「そうね。この名字には興味深い歴史がある。実は、『ヴァルハイム』は北部のコーラル地方によく見られる名字なのよ」
レイは身を乗り出す。 「北部ですか?そこに何かヒントがありそうですね」
メリッサは地図を広げ、一つの地点を指さした。
「ここに、ヴァルヘイムという小さな村があるわ。名前が似ているだけかもしれないけど、調べる価値はありそうじゃない?」
レイとエステルは顔を見合わせ、村への旅立ちを決意した。
早々に準備を整え、二人が出発しようとした時、メリッサが付け加えた。「気をつけて。北部は最近、不穏な噂が絶えないの」
「不穏な噂?」レイは眉をしかめる。
「詳しくは分からないけど、何か大きな影が村々を脅かしているらしいわ。用心することね」
メリッサの忠告を胸に刻み、レイとエステルは北へと旅立った。
道中、彼らは様々な村を通り過ぎた。どの村も妙に静かで、人々の表情には不安の色が見えた。
そしてある宿の酒場で、情報を収集してたレイは地元の酷く酔った男から、とある話を聞く。
「ヴァルヘイム?ああ、『銀狼の離反』の伝説がある村だろ。領地の村人を守った貴族の話とか、裏切り者だとか……お前も興味を持った観光客か?」
「まあ、少し用事があるんだ」レイが誤魔化すように笑う。
「まあ、程々にな……」と、酔っ払いにあしらわれたレイは、男の言う事がよく分からないまま旅を続け、やがて二人は目的地のヴァルヘイムの近くまで辿り着いた。
周囲は険しい山々と深い森に囲まれた場所へと変わっていた。
そして目的の村──ヴァルヘイムの入り口に立つと、レイは異様な雰囲気を感じた。通りには人影がまばらで、外を歩く人々も急ぎ足で家々へと戻っていくのだ。
「何かおかしいな...」レイが呟くと、エステルが無言で頷いた。
二人が村の中心へと歩を進めると、閑散とした広場が目に入った。そこにいた数人の村人たちは、レイとエステルになにか訝しげな視線を送ってくる。
子供たちは、余所者であるレイ達に興味がありそうだが家の軒先から覗くのみだった。
「ここで何が起きているんだ?」レイはキョロキョロと周囲を見回した。
すると、年老いた男性が二人に近づいてくる。
「お前さんたち、こんな所になんの用だい?」
「俺たちは旅の者です。あまり余所者は歓迎されないようですけど…」と、皮肉めいた物言いのレイに、老人は深いため息をついて答えた。
「別に歓迎しとらんわけじゃない。村長のところへ案内しよう。そこで詳しく話を聞くといい」
レイとエステルは訳が分からぬまま、老人の後に続いた。
村長の家は、すぐ近くにあった。しかし、その佇まいにも不安と緊張が漂っているように見えた。
老人に案内され、レイとエステルは村長と対面する。村長は髪の白い、線の細い男性だ。その目には疲労の色が濃く現れている。
村長は二人を迎え入れ、「何故、こんな辺境へ?」単刀直入に切り出した。
「俺たちは、とある貴族家を探して、この村を訪れたのですが。それより、村で何か起きてるんですか?」
そんちの顔色が曇った。「私たちの村は今、大きな脅威にさらされています」
「脅威?」
「ドラゴンですよ」村長の声は震えていた。「巨大な、恐ろしいドラゴンが、この地域に現れたのです」
エステルの体が微かに震える。レイは彼女の様子を気にしながら、村長の話に耳を傾けた。
「そのドラゴン、いつ頃から現れたのですか?」
「約一ヶ月前ですかな。最初は遠くの山で目撃されただけでした。しかし、徐々に村に近づいてきて。先週には、村の外れにある農場を襲ったのです。幸い、人的被害はありませんでした。しかし、家畜は殺され、畑は荒らされました」村長の声には深い悲しみが滲んでいる。
「村人たちは恐怖に怯えています。多くの人が家から出ようとしません」
レイは不思議そうに尋ねた。「王国に助けを求めないんですか?」
村長は苦笑いを浮かべる。「求めましたよ。しかし、王国からの返事は『現在、対応する余裕がない』というものでした」
レイはエステルの顔を見た。彼女の目には、決意の色が宿っているように見えた。そこでレイが尋ねる。
「村長さん、私たちに何かできることはありませんか?」
「あなたたちが?何も出来ませんよ……」
既に諦めたような村長に、突如エステルが感情のない言葉で「出来ますよ」と発した。
村長の表情が少し緩む。
「優しい人ですな。あなたを見てると、村に伝わる"銀狼の離反"を思い出しますわい」と言う村長。
レイはすぐに反応する。
「それ、他の街でも聞きましたが。なんですか?」
村長は古い本棚から、年季の入った書物を取り出した。
「これは、代々の村長が記録を残してきた書物です。ここに、約200年前の出来事が記されています」村長はページを開いた。
レイは、息を呑んで村長の話に耳を傾けた。
「200年前、北の平原にあった村もドラゴンに襲われてました。当時、その辺りを治めていたのは、ヴァルハイム家という貴族でした」
エステルの体が確かに震えた。レイも一瞬驚いたが、黙って村長の話を聞き続ける。
村長は古い書物を丁寧にめくりながら、語り続けた。
「ヴァルハイム家は、領民を守るために王国に助けを求めました。しかし、王国は拒否したのです」
レイは驚いた。「なぜですか?」
「王国は、ドラゴンがその村を餌場にすることで、大きな都市を守ろうと考えた。つまり、小さな村をドラゴンの生け贄と考えていたのです」
エステルの目に、怒りの色が浮かんだように見え、レイも拳を握りしめた。
「ヴァルハイム家は村を放棄する決断をしましたが、それを国は認めなかった。それでもヴァルハイム家は国の命令に背いて村人の移住を決意したのです」
「それで、ここに……では、助かったんですね」レイは安堵した。
しかし村長は複雑な表情を浮かべる。
「王国にバレて移住は禁止されました」
「そんな!」レイは驚き、その隣でエステルが息を呑んだ。彼女の中で、何かが大きく揺れ動いているのをレイは感じていた。
「その行為は国家反逆と見なされ、ヴァルハイム家は地位を剥奪、主は処刑。残された家族はもちろん、他の民も村から出る事を許されず……」村長が口を閉じる。
レイも項垂れた。「ドラゴンの餌ですか?」
村長は静かに頷く。
「ただ、ヴァルハイム家の人達は、女子供だけでも闇夜に紛れて村から少しづつ逃がしました。その生き残りが、私たちの祖先です。ヴァルハイム家と、村に残された当時の民達の犠牲の上に、ここは成り立っているのです」
村長は静かにそう締めくくった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます