第二十五話 「メリッサの提案、再び」

旅立ちの準備をする三人の前に、メリッサが静かに歩み寄った。その手には、厳かな雰囲気を漂わせる封筒が握られている。

「あなたたち、これからの行き先なんだけど……」メリッサの声には、どこか懐かしさが混じっていた。

レイがすかさず尋ねる。「何かあるんですか?」

メリッサはにっこりと微笑む。「私から一つ、提案があるわ」と封筒を差し出す。


レイの表情が微妙に変化した。彼は一歩後ろに下がり、少し警戒するような目つきでメリッサを見る。

「また提案ですか?」レイの声には、明らかな疑念が含まれていた。

メリッサは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに理解したように小さく笑った。「ああ、そうね。前の件があったから。ごめんなさい、レイ。あの時は本当に必要にかられちゃって」


「わかってますけど」レイは深いため息をついた。「では今回は……」

「大丈夫よ」メリッサは真剣な表情で言った。「今回は純粋にあなたたちの将来のための提案よ」

「本当に?」

メリッサは右手を挙げ、左手を胸に当てる。「誓うわ。魔女の名にかけて」


そんな二人の様子を見ていたエステルが言う。「レイ、信じることも大切です」

ミアは首を傾げながら、レイを見上げた。「お兄ちゃん、ママを信じられないの?」

二人に諭され、レイが「はいはい。信じますよ」と、封筒を受け取り。表に書かれた文字を読む。

「ルミナス・クレスト魔法大学……?」


メリッサが頷く。「そう。私が昔、講師をしていた場所よ」

「メリッサさんが?」レイは驚いて目を見開いた。

「ええ。あそこでの経験は、それは楽しいものだったわ」メリッサの目は遠くを見つめていた。

「あなたたちには、そこで学んでもらいたい」と彼女は三人をじっと見つめる。


「この封筒の中には、あなたたち三人への推薦状が入っているわ」

「でも……」レイが躊躇する。「僕たちの正体は」

メリッサは手を振って遮った。「心配ないわ。推薦状には、あなたたちの特殊な事情については一切触れていないわ。非凡な才能を持つ若者たち、として紹介しているだけよ」


エステルが静かに尋ねた。「私たちは、どのように振る舞えばいいのでしょうか?」

メリッサは答える。「レイは一般の魔法使い見習いとして。エステル、あなたは魔法剣士の才能がある生徒として。そして、ミアはエステルの妹という設定ね」

ミアは少し不安そうに聞いた。「私も学校に行くの?」

メリッサは優しく微笑んだ。「もちろんよ。あなたの年齢なら小等部に入学できるわ」


レイは決意を込めて言った。「わかりました。この機会を大切にします」

「でも、なぜ……」エステルが言いかけると、メリッサは真剣な表情で答えた。

「あそこには、魔法の知識を持った者が多く集まる。求める答えが見つかるかも。そして」彼女は少し言葉を選ぶように間を置いた。

「あなたたちの力を、より深く理解し、制御する方法も学べるでしょう」


三人は顔を見合わせた。これは大きなチャンスでもあった。

「行きましょう」エステルが静かに言った。「この機会を逃す理由はありません」

レイとミアも頷いた。

メリッサが満足げに微笑む。「良い決断よ。でも、くれぐれも気をつけて。あなたたちの秘密が明らかになれば、悪い虫も寄り付くかもしれないし」

「はい、わかっています」レイは真剣な表情で答えた。


行き先が明確になり、メリッサの塔を後にした三人は、西方に向かって旅を始めた。レイが地図を広げ、エステルとミアに説明する。

「ルミナス・クレスト魔法大学は、アズーリア大陸の西端にあるクリスタルコースト地方にあるんだ」レイが指さす先には、海に面した山岳地帯が描かれていた。


エステルが静かに頷く。「かなりの距離がありますね」

「でも楽しい旅になりそう!」ミアが元気よく言った。

最初の数日間、彼らは広大な平原を横切った。

黄金色に輝く麦畑が、地平線まで広がっている。レイは道中、自身の魔力のコントロールを練習した。


時折、予想外の場所から火花が散ったり、小さな竜巻が発生したりしたが、エステルの冷静な助言のおかげで、少しずつ上達していった。

「お兄ちゃん、また髪が立ってるよ」ミアが笑いながら指摘する。

「まったく……」レイは苦笑しながら髪を整えた。


一週間ほど進んだ頃、彼らは大きな森に差し掛かった。エメラルドの森と呼ばれるその場所は、巨大な木々が空を覆い、神秘的な雰囲気に包まれていた。

「ここを抜けると、山岳地帯に入るわ」エステルが地図を確認しながら言う。


森の中では、時折奇妙な魔法生物と遭遇した。透明な蝶や、話す木々など、レイたちにとっても珍しい体験の連続だった。

「わぁ、きれい!」ミアが透き通った蝶を追いかける。

「気をつけろよ」レイが優しく諭す。「ワンディがいるかもしれんからな」

ミアが首を傾げる。「ワンディ?」

「彼の言葉に耳を貸すんじゃありません」とエステルがミアの耳を塞いだ。

「おい。俺のジョークを受け流すな!」


やがてエメラルドの森を抜けると、三人の前に険しい山々が姿を現した。クリスタル山脈と呼ばれるその山々は、頂上付近が常に霧に覆われていた。

「ここを越えれば、すぐですね」エステルが言った。

山道は厳しく、時には魔法を使って岩場を乗り越えなければならないこともあった。しかし、三人の協力で難所を一つずつ克服していった。


山を越えた先に広がっていたのは、壮大な海の景色だった。クリスタルコーストの海岸線は、その名の通り、水晶のように透き通った青い海が広がっていた。

「見て!あそこ!」ミアが興奮して叫ぶ。

彼女が指さす先、海を見下ろす高台に巨大な城のような建物が聳え立っていた。それを囲うように、虹色に輝くオーロラのようなものが見える。


「あれが、ルミナス・クレスト魔法大学か」レイが息を呑む。

エステルも珍しく感嘆の声を上げた。「想像以上に壮大ですね」

三人は、しばらくその光景に見とれていた。遠くから聞こえてくる波の音と、海風が運んでくる潮の香りが、この瞬間をより印象的なものにしていた。


「さあ、行こう」レイが決意を込めて言った。

エステルとミアも頷き、三人は肩を並べて、ルミナス・クレスト魔法大学へ続く街道を歩み始めた。

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