第四十話 「聖女と女神」

ミスコン最終日、ルミナス・クレスト魔法大学の大講堂は熱気に包まれていた。

華やかな装飾が施された壇上には、候補者たちが緊張した面持ちで並んでいる。その中に、エステルの凛とした姿があった。


司会者が各候補者に最後の一言を求めた時、エステルは一歩前に出た。会場が静まり返る中、彼女は深呼吸をして話し始める。

「私は、このコンテストを辞退させていただきます」

突如の宣言に、会場がざわめいた。驚きの声、疑問の声が飛び交う。エステルは、その反応に動じることなく続けた。


「一日目のスピーチは、私の言葉ではありませんでした。それは周りの期待に応えようとした結果です」

彼女は一瞬躊躇ったが、強い決意を持って言葉を続けた。

「そして何より、私は元々このコンテストに興味がありませんでした」

会場は騒然となった。

「なぜだ?」

「せっかくここまで来たのに!」という声もあれば、

「エステルさん、かっこいい!」

「正直でいいじゃないか」という声も飛び交う。


エステルは、周囲の反応を冷静に観察しながら、さらに言葉を続けた。

「私は魔法剣士として自分の道を進みたい。それが私です。美しさや人気を競うのではなく、強さを極めた魔法剣士になる。それこそが、私の目指す姿です」

彼女の言葉には力強さがあり、聴衆の心に響いたようだった。

エステルは最後にこう締めくくった。

「このコンテストに参加して、多くのことを学びました。特に、ヴィオレッタさんとの共演は忘れられない経験です。しかし、私はこれ以上、偽りの姿で皆様の前に立つことはできません」


エステルの言葉が終わると、一瞬の沈黙の後、大きな拍手が起こった。彼女のファンたちは、その潔さと誠実さに感動し、さらなる熱狂を見せている。

「エステルさん、最高!」

「これぞ真の美しさだ!」

一方、ヴィオレッタは複雑な表情でエステルを見つめていた。驚きと敬意、そして何か別の感情が混ざったような表情だった。


結果発表の時が来た。それは予想通り、ヴィオレッタが圧倒的な票差で優勝。彼女が壇上に立つと、会場は大きな歓声に包まれた。

ヴィオレッタは優雅に一礼し、受賞の言葉を述べた。

しかし、その後に意外なことが起こった。

ヴィオレッタのファンたちが、エステルの潔さを称え始めたのだ。

「エステルさんの誠実さに感動した!」

「ヴィオレッタさんもエステルさんも、どちらも素晴らしいです!」

「二人とも、学園の誇りよ!」


二つの派閥が一つになり始め。これを機に、エステルとヴィオレッタは、「学園の聖女と女神」として崇められる事になる。

こうしてコンテストは終わったが、エステルとヴィオレッタを巡る新たな物語は、ここから始まろうとしていた。


そして翌日。ミスコンの余韻が消えぬまま、学園は新たな熱に包まれていた。

エステルとヴィオレッタ、かつての競争相手は「聖女と女神」と崇められ。その二人を取り巻く空気は、まるで魔法の霧のように不思議で、どこか儚かった。

ファンたちは、まるで盾のように二人を守り立てる。その熱狂は時に暑苦しく、時に心地よい風となって二人を包む。


「お二人様、こちらへどうぞ!」

ファンの一人が、人気のない中庭への道を指し示す。その声は、まるで秘密の花園への招待状のよう。

「誰にも邪魔はさせませんぞ!」

別のファンが、目を光らせて周囲を警戒する。その姿は、まるで忠実な騎士のようだ。


エステルは、この状況に戸惑いを覚えつつも、少しずつその空気に慣れていった。

一方、ヴィオレッタの瞳には、隠しきれない喜びの光が宿っていた。二人きりで話せる環境が勝手に築かれていく事に、彼女が喜ばないはずはなかった。


「エステルさん」ヴィオレッタが囁くように言った。

「この状況、まるで童話の中のようですね」

エステルは、微かに口角を上げる。「ええ。まさに童話の中の魔女です」

その言葉に、二人の間に小さな笑いが弾ける。


そんな日々が続き、二人の関係は深まっていった。エステルにとって、ヴィオレッタは初めて出来た歳の近い友人のような存在だった。


ある日、二人きりになったとき。ヴィオレッタの瞳に、決意の光が宿る。

「エステルさん、私...」

張り詰める空気感。もっともそれはヴィオレッタのみに感じられるもので、エステルには想像もつかない。

しかし、その言葉が宙を舞う前にレイが現れた。


「よう、エステル!明日の特訓、準備は…おっと」レイの目がヴィオレッタに留まる。

「これは失礼。二人の密会を邪魔したか?」

エステルは鋭く返す。「何の事ですか。私たちは、ただ魔法の理論について語り合っていただけです」

「へえ、魔法の理論か」レイが意地悪く笑う。

「お前が理論を語るなんて珍しいな。普段は『剣で斬ればいい』が口癖なのに」

エステルがいつものように無表情で返す。

「それも別に間違ってはいません」


ヴィオレッタは、この二人のやり取りを見ながら、胸の奥で何かが軋むのを感じた。それが、嫉妬という名の小さな魔物だとは知っている。

しかし一緒に笑えるほど、彼女の心は大人ではなかった。

「あの、お二人の関係は...?」ヴィオレッタの声が、かすかに震える。

エステルは真っ直ぐな目で答える。

「私はレイの為の剣です」


その言葉は、ヴィオレッタの心に深く突き刺さった。

彼女は、その意味を自分なりに解釈したのだ。エステルの本質を知らない者ならヴィオレッタと同じ結論に至ってもおかしくない。二人は恋仲なのだと......。

そしてエステルが言う。

「ところでヴィオレッタ。何か真剣な話をしようとしてませんでした?」

「え?あ、はい。忘れてしまいました」ヴィオレッタはぎこちなく微笑んだ。

彼女は自分の気持ちを、深い井戸の底へと沈めた。


「私はレイの為の剣です」その言葉は、ヴィオレッタの心に深く刻まれていた。

彼女の想いは、胸の中でじっと震えていた。きっと二度とそれを出すまいと。

だが、運命の女神は時に意地悪な冗談を仕掛ける。


エステルは、まるで何気ない調子で言った。

「ヴィオレッタ、あなたは私の友人になってくれますか?」

その言葉を受けて、何故かヴィオレッタの目に涙が光った。それは、朝露のように儚い。

「も、もちろんです!」彼女の声は、喜びと切なさが混ざり合っていた。


学園内で地味に刷られている新聞に、「純魔法学部のトップと魔法工学部のトップが織りなす友情の物語がここに」。などという大それた見出しが載せられ。それが学園中に広まると多くの者が沸き立った。

「まるで、闇と光が融合したようだ!」

「二人の力が合わされば、世界を変えられるかもしれない!」

友情物語などという話は瞬く間に広がり、二人の仲の良さは「純魔法と魔法工学の結晶」と謳われるようになる。


一方、片隅で拗ねる影があった。

「おいおい、純魔法のトップは俺だろ」ダリウスが、まるで子供のように頬を膨らませる。

「俺だって、エステルと...」

彼の言葉は、誰にも聞かれることなく風に消えていった。


そんな中、エステルとヴィオレッタの関係は深まっていく。二人で過ごす時間は、まるで魔法の砂時計の中にいるかのよう。周りの世界が止まったかのような、静かで温かな時間。

しかし、ヴィオレッタの胸の奥では、まだ忘れられぬ想いが眠っている。それは、目覚めることを恐れながらも、いつか芽吹く日を夢見ていた。


エステルは、相変わらず剣と魔法の修行に励む。

それを取り囲む多くの熱狂的な指示者達の真ん中で、エステルを見るヴィオレッタの瞳には、憧れと、もう一つの感情が宿っていた。

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