第四十一話 「家族」

季節は移ろい、コンテストから半年の月日が流れた。

レイは、あっという間に過ぎ去った時間に戸惑いを覚えていた。

「おい、レイ。また呆けてるよ?」ライアンの声が、レイの耳に突き刺さる。

「ん?ああ」レイは我に返り、頭をかく。

「考え事をしてたんだ」

「お前が考え事?」ダリウスが冗談めかして言う。

「世界の終わりが近いんじゃないか?」

レイは苦笑いを浮かべる。「お前は、相変わらず口が悪いな」


三人は歩みを進めながら、軽口を叩き合う。しかし、その足取りは突如として止まった。中庭に人だかりができていたからだ。

「ほら、見てみろよ」ダリウスが指さす先に、レイの目は釘付けになった。

そこには、まるで絵画から抜け出してきたかのような光景が広がっていた。


エステルとヴィオレッタが、優雅に茶を楽しんでいるのだ。二人の周りには、まるで蝶が花に寄り添うように、ファン達が離れた場所から熱い視線を送っている。

「まるで貴族のお姫様だね」ライアンが感心したように呟く。

「まあ、ヴィオレッタは貴族みたいなもんだか」ダリウスが「俺もだが」と言わんばかりに胸を張る。


エステルの笑顔が、太陽の光のように周囲を明るく照らしている。レイは、その姿を見つめながら、胸の奥に温かいものが広がるのを感じた。

しかし同時に、何か物足りないような、奇妙な感覚も抱いていた。

「おい、レイ」ダリウスの声が、再びレイの思考を中断させる。

「図書館に行くぞ。宿題があるんだろ?」

「ああ、そうだった」レイは我に返り、エステルから目を離した。


三人は図書館へと足を向ける。しかし、レイの心の中では、エステルの笑顔が残像のように揺れていた。

彼女は、もはや人形ではない。人間らしさを身につけ、自分の意志で笑い、楽しんでいる。

その事実が、レイの心に喜びと、同時に何とも言えない寂しさをもたらしていた。


図書館に到着すると、ライアンが小声で言う。

「あれ、ミアちゃんでしょ?」

確かに、書棚の間にミアの姿があった。彼女の周りには数人の学生が集まり、まるで惑星のようにミアを中心に回っている。

「あの子も随分と変わったな」ダリウスが感心したように言う。

レイは言葉を失った。


ミアの笑顔が輝いていた。彼女もまた、エステル同様に人間らしさを身につけ、自分の居場所を見つけたのだ。

「俺が生み出した二つの物が」レイは心の中で呟く。「いや、二人の者か」

自分の作り出したものが、いつしか自分とは別の場所で、人形ではなく人間になっていることを実感した。それは誇らしくもあり、同時に寂しくもあった。


「レイ、君も随分と変わったよ」ライアンが突然言う。

「え?」

「純魔法の扱いがうまくなった。魔力制御の腕輪?も、いつの間にか外してるし。魔力の制御が安定してるよね」

レイは自分の手を見つめる。確かに、以前のような不安定さはなかった。魔力が暴走することもなくない。


「そうか」レイは呟く。「もしかしたら、俺が安定したから、あいつらも...」

「何だって?」ダリウスが聞き返す。

「いや、何でもない」レイは首を振った。

しかし、彼の心の中では新たな疑問が芽生えていた。エステルとミアの成長は、本当に自分のおかげなのだろうか。

他の人々と触れ合うことで、彼女たちは既に人間になれたのではないか。


その答えを探す時間は、まだ彼らには与えられていなかった。長期休暇を目前に控え、学園は慌ただしさを増していく。

レイは窓の外を見つめながら、これからの道を思案していた。


やがて学園は長期休暇の時期に入った。休暇前、最後の講義が終わる鐘の音色は、多くの学生を否応無しに笑顔にする。

だが、レイは荷物をまとめながら、心の中で決意を固めていた。

「よし、行くか」

その声には、覚悟と不安が入り混じっている。

「ねえ、」ライアンが声をかけてくる。「本当にいいの?」

「ああ」レイは頷いた。「俺は...一人で行く」


ライアンが眉をひそめる。「二人が悲しむと思うよ?」

レイは窓の外を見つめながら答えた。「あいつらなら...大丈夫だろ」

その言葉には、自信と寂しさが混ざっていた。まるで、大切な鳥を空に放つ飼い主の気分だった。

「じゃあな」レイはライアンに背を向けて部屋を出た。


レイは、人目を避けるように学園を後にした。彼の心の中では、エステルとミアの笑顔が走馬灯のように流れていく。

「きっと、あいつらなら...」レイは自分に言い聞かせるように呟いた。

魔法学園に来た時とは違い。旅路は長く、そして孤独だった。しかし、レイの心の中には常に二人との繋がりがあった。


目に見えない糸のようで、時に強く、時に弱く彼の心を揺さぶる。

「なんだ、まるで俺は親馬鹿じゃないか」レイは自嘲気味に笑う。

道中、レイは様々な景色を目にした。広大な平原、深い森、澄んだ湖。それらの美しさに心を奪われながらも、常に頭の片隅にはエステルとミアのことがあった。

「あいつら、今この景色を見たらどんな事を思うんだろうな」

呟きながら、レイは足を進める。


やがて街に辿り着き、遠くに見覚えのある塔が見えてきた。メリッサの住む塔だ。

「ようやく着いたか」レイは安堵の息をつく。

しかし、その安堵も束の間。塔に近づくにつれ、レイは違和感を覚えた。

「おかしい...この気配は...」

レイの足が止まる。塔の前には、想像もしていなかった光景が広がっていた。


「レイ!」

「お兄ちゃん!」

二つの声が、風に乗ってレイの耳に届く。その声の主は、他でもない。エステルとミアだった。

「お、おまえら...なんでここに...」レイは驚きのあまり、言葉を詰まらせる。

エステルが一歩前に出た。その眼差しは、以前よりも強く、意志に満ちていた。


「あなたが勝手に出て行くからです」

ミアも負けじと言う。「そうよ!私たちを置いていくなんて、ひどいよ!」

レイは、まるで審判を受けているような気分だった。しかし、同時に心の奥底では喜びが湧き上がる。

「いや、でも.....お前たちなら、もう大丈夫だって...」

エステルが遮った。

「それは、あなたが決めることですか?」

ミアも続く。「そうだよ。私たちには私たちの意志があるんだよ」

レイは、言葉を失った。彼女たちの成長ぶりに、驚きと誇らしさを感じていた。


「まあまあ...」新たな声が加わる。メリッサだ。

「レイ、あなたの気持ちもわかるけど、彼女たちの言い分にも一理あるわよ。もし彼女達が、元に戻ったらどうするの?」

レイは、四方を囲まれた形になった。

「それはまあ。あぁ、わかったよ...」レイはため息をつく。「俺の負けだな」

エステルとミアの顔に、安堵の表情が浮かぶ。

「でも」レイは意地を張るように言う。「そろそろ親離れしろよな」

その言葉に、エステルが冷たくつっこむ。

「では、レイは子離れしたいのですね」


その一言が、レイの心に突き刺さった。

「子離れ...か」レイは呟いた。その言葉が、まるで重い鎧のように彼の心にのしかかる。

エステルの言葉は、レイの心の奥深くに潜んでいた本当の気持ちを引きずり出そうと。まるで魔法のように、彼の内なる声を呼び覚ました。


「確かに...」レイは空を見上げながら言った。

「俺は、本当にお前を手放せるのかな?」

その問いかけに、周囲が静まり返る。エステルの顔がほんの少し紅色に染まったようだった。

風だけが、レイの髪を優しく撫でていく。


「レイ」メリッサが優しく声をかける。

「物を造る職人は皆、それに愛情を感じるものよ」

その言葉に、レイの心が揺れる。まるで、長い間閉ざしていた扉が、ゆっくりと開いていくような感覚だった。

「俺は...」レイは言葉を探す。

「お前たちを、ただの作品だと思っていたのかもしれない」

エステルとミアの表情が、一瞬曇る。しかし、すぐに優しい微笑みに変わった。

「でも」レイは続ける。「いつの間にか、お前たちは俺の大切な...」

言葉が詰まる。最後の一語が、喉の奥で踊っている。


「子供?」ミアが小首を傾げて聞く。

「何なのですか?」エステルも、期待を込めて尋ねる。

レイは頭を掻く。「ああ、そうだな。上手く言えないけど。家族...なのかな」

その瞬間、三人の間に温かい空気が流れた。それは、まるで見えない糸が三人を結びつけているかのようだった。

「まったく」レイは照れたように言う。

「言う事まで人間っぽくなりやがって」

エステルが笑った。「それこそ、レイの教育の賜物じゃないですか」

「ふん」レイは顔を背ける。しかし、その表情には柔らかな微笑みが浮かんでいた。


メリッサは、この光景を見守りながら静かに微笑んでいた。「さて、みんな」彼女が声をかける。

「お茶でも飲みながら、ゆっくり話をしましょう。ミアの学園生活が聞きたいのよ、私は」

「本物の親バカがここにいたな」レイが吐き捨てると全員が笑った。


そして四人は塔の中へ向かう。

レイは歩きながら考えていた。「子離れ」か「親離れ」か。それとも、ただ共に歩んでいくだけなのか。

答えはまだ見つからない。しかし、思えばエステルを剣に戻す事から始まった旅だった。

それが今は大きく変わってることは確かなのだ。


「ねえ、レイ」エステルが後ろから声をかける。

「私は、あなたの為の剣。あなたと共に生きてゆきたいのです。それは忘れないでください」

「ああ」レイは素っ気なく答え、歩みを早めた。

三人の会話が、塔の中に響き渡る。その声々は、まるで美しいハーモニーのようだった。


メリッサはその様子を見て、つぶやく。

「魔法より素晴らしいものが、ここにはあるわね」

塔の窓から差し込む夕日が、四人の姿を優しく照らしている。レイの心の中では、「家族」という言葉が、温かく響いていた。


夕暮れ時、メリッサの塔の最上階の窓辺に、レイは一人たたずんでいた。遠く水平線に沈みゆく太陽を眺めながら、彼は微笑んだ。

「まるで魔法みたいだな」

その言葉に、自分で吹き出してしまう。

「俺が言うのもおかしな話か」

階下からは、エステルとミアの楽しげな笑い声が聞こえてくる。その音は、心地よい風のように彼の心を撫でていった。


「物を造る職人は皆、それに愛情を感じるか」

レイは自分の手のひらを見つめる。そこにはもう、不安定な魔力の痕跡はない。

代わりに、暖かな光が宿っているように感じられた。

「まあ、答えはきっと見つかるよな」

彼は窓を閉め、階下へと歩み寄る。その足取りは軽い。


レイには、まだわからないことがたくさんある。しかし、一つだけ確かなことがあった。

「俺は、もう1人じゃないんだな......」

それはレイが踏み出す〝新たな物語〟への、期待を込めた一言。

ただ、それはまた別の物語──────

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【愛と感動】貴族家で冷遇され続けた少年、朽ち果てた剣から美少女を錬成してしまう ~追放された魔法使いの卵と悲劇の過去を背負う剣の物語~ 水城ゆき @metelasca

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