第三十一話 「ミアの感情」

ミアは教室の隅の席で、静かに窓の外を見つめていた。周りでは同級生たちが何かを楽しそうに話している。その様子を見て、ミアは何か奇妙な感覚を覚えた。

「みんな、あんなふうに話せるんだ……」ミアは小さく呟いた。自分がなぜそう思ったのか、よくわからなかった。


授業が始まり、先生が魔法の基礎について説明を始める。ミアは一生懸命ノートを取るが、どこか落ち着かない。頭の中にレイとエステルの顔が浮かぶ。

「ミアちゃん、この問題を解いてみてくれる?」

先生の声に我に返り、ミアは慌てて立ち上がる。黒板の前に立つと、クラスメイトたちの視線が気になった。

「え、えっと...」


問題が解けず、ミアは席に戻った。クスクスと笑い声が聞こえる。胸の中に何か重いものが沈んでいくような感覚があった。

放課後、ミアは急いで寮に戻った。エステルが出迎えてくれる。


「おかえり、ミア。今日はどうだった?」

ミアは、自分でもよくわからない気持ちを押し込めて答えた。「うん、大丈夫だよ。みんな優しいし」

本当はそうではないのに、なぜかそう言ってしまった。エステルの顔を見ると、嬉しい気持ちと同時に変な言葉が出てきてしまうのだった。


夜、ベッドに横たわりながら、ミアは天井を見つめた。胸の中に何かモヤモヤしたものがあるが、それが何なのかわからない。

「レイお兄ちゃん…エステルお姉ちゃん…」

ミアは小さな声で呟いた。二人の名前を呼ぶと、少し落ち着いた気がした。

明日も学校。そう思うと、何か変な感じがした。


でも、ミアはちゃんとしなければいけないと思った。レイとエステルのように、強い人になりたかった。

そんな思いを胸にミアは目を閉じた。彼女の小さな心の中で、まだ名前のつけられない感情が、ゆっくりと形を作り始めていた。


数週間が過ぎ、ミアは少しずつ学校生活のリズムに慣れてきた。しかし、クラスメイトたちとの距離は縮まる気配がない。

休み時間、ミアはいつものように一人で席に座っていた。周りでは、みんなが楽しそうに談笑している。その声が妙に遠く感じられた。


「あのね、昨日ね───」

「えー!すごいじゃん!」


賑やかな声が飛び交う。ミアは思わず顔を上げたが、すぐに目を伏せた。自分には関係のない会話だと、わかっていたから。

「どうして、私には……」

ミアは小さく呟いた。また胸の中に、何か重たいものが沈んでいく。その感覚が何か理解出来ないが、以前よりも強く意識するようになっていた。


授業中、グループワークの時間があった。

「はい、じゃあグループを作ってください」

先生の声に、クラス中がざわめいた。みんなが楽しそうに友達と組んでいく。ミアはただ座ったまま、誰かが声をかけてくれるのを待った。

しかし、誰も近づいてこない。

「あ、ミアちゃんが一人だ」

「じゃあ、ミアちゃんはこっちのグループね」

誰かが気づいて、先生がミアをあるグループに入れた。グループのメンバーたちは、気まずそうな表情を浮かべている。

「あの、よろしく……」

ミアの小さな声に、誰も気付いてはくれなかった。


放課後、ミアは急いで寮に戻った。エステルが笑顔で迎えてくれる。

「おかえり、ミア。今日はどうだった?」

ミアは答えに詰まった。今日のことを話したら、エステルが心配するかもしれない。そんな不思議な事を思った。でも、何か言わなきゃいけない気がした。

「うん、大丈夫……だよ」

言葉が途切れるのを感じながら、ミアは曖昧に答えた。

エステルの表情が少し曇ったように見えた。


夜、ベッドに横たわりながら、ミアは今日一日のことを思い返していた。クラスメイトたちの楽しそうな声、自分だけが馴染めないグループ。胸の中のモヤモヤした感じが、少しずつ形を持ち始めていた。

「私、一人なのかな……」

その言葉が、小さな部屋に吸い込まれていった。ミアは初めて、自分が「寂しい」と感じていることに気づき始めていた。


日が経つにつれ、ミアの周りの空気は重くなっていった。クラスメイトたちの視線や囁きが、以前よりも気になるようになった。

「ねえ、ミアちゃんっていつも一人だよね」

「うん、なんか暗い感じがする」

そんな声が聞こえてくると、ミアは身を縮めた。

「暗い」という言葉が、胸に刺さる。自分がそう見られているんだと初めて理解した。


授業中、先生が質問をする。

「では、この呪文の効果は何でしょう?ミアさん、答えてください」

突然指名され、ミアは慌てて立ち上がった。頭の中が真っ白になる。

「え、えっと……」

答えられないミアに、クラスの何処かから、ため息が聞こえた。

「もう、ミアちゃんはいつもそうなんだから」

誰かがそう言うのが聞こえた。

顔が熱くなる、体が固まる。これが「恥ずかしい」という感情なんだとミアは悟った。


放課後、急いで寮に戻ろうとしたミアの前に、数人のクラスメイトが立ちはだかった。

「ねえミア、どうしてみんなと話さないの?」

「私たち、何かした?」

ミアは言葉につまった。どう答えていいかわからない。ただ、胸がギュッと締め付けられるのを感じた。

「ごめんなさい...」

小さく謝罪して逃げるように寮に戻ると、エステルが心配そうな顔で待っていた。


「ミア、大丈夫?」

何かに気付いているエステルの言葉に、ミアの目から不思議な透明な液体がこぼれた。

「お姉ちゃん……私、どうしたらいいの?」

初めて本音を吐き出したミアを、エステルは優しく抱きしめた。

「大丈夫。素直に言葉に出せばいいのです。誰もミアを嫌ってなどいませんよ」


その夜、ベッドで横になりながら、ミアは自分の気持ちと向き合っていた。寂しさ、恥ずかしさ、そして何より強い不安。これらの感情が、ミアの小さな心を押しつぶしそうだった。

「レイお兄ちゃん…エステルお姉ちゃん…助けて」

暗闇の中で、ミアはそっと呟いた。魔力が不安定になるのを感じる。でも、どうすればいいのかわからなかった。


翌日の休み時間、ミアの中で何かが壊れた。突然、制御できない魔力が溢れ出す。教室中が青白い光に包まれ、机や椅子が宙に浮く。

「きゃあー!」

「なに、これ!?」

パニックに陥るクラスメイトたち。ミアは、ただ呆然と見つめることしかできなかった。ただ、それが自分のせいで起きてるのだと思い。教室を飛び出した。

校舎も飛び出し、誰もいない校舎裏でしゃがみ込んだ。


「助けて……誰か……」

ミアの小さな叫びは、爆発的な魔力の中に消えていった。 気が付くと爆音と共に、自分の目の前に大きな蒼白い光の束が空まで伸びていた。

その衝撃波によって校舎の壁に押し付けられたミアは、やがて意識を失った。


「ミアちゃん!ミアちゃん!」

気がついた時、ミアは先生に声をかけられ体をゆすられていた。それを取り囲むように、周りには多くの同級生たちがいて、全員がミアを見ていた。

「いや……」震える体を自ら抱え込んだ。

すると遠くから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ミア!大丈夫ですか!」

そこには陽光を反射させた、綺麗な銀色の髪が揺れていた。

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