第三十話 「ダリウスの実力」

あの日以降、ダリウスはレイを完全に無視するようになった。廊下ですれ違っても、まるでレイが空気であるかのように振る舞う。

レイは何度か声をかけようとしたが、ダリウスは一切応じなかった。


さらに数週間が経過しても、レイとダリウスの関係は依然として冷えたままだった。

そんなある日の昼休み。レイとエステルが中庭を歩いていると、ふと声が聞こえて足を止めた。

「おい、今の魔法はお前か?」

声の主は〝純魔法学部〟のバッジをつけた男だった。そしてその傍らでペコペコと頭を下げているのは、ダリウスだ。


専属科目としてバッジが与えられるのは三年生になってから。つまり男は上級生という事なので、流石のダリウスも身を硬くしていた。

「申し訳ありません、先輩。練習中に魔法が暴走してしまって……」

男の目は鋭く光っている。「暴走? まともに制御できないくせに、こんなに人が行き交う所で魔法使ってるのかよ、お前」


ダリウスは顔を上げられず、「申し訳ありません」と繰り返す。他の上級生が「アレックス。もういいだろ」と、怒りを露わにする男を宥める。

アレックスと呼ばれたその男は、ダリウスをじっくり見て続けた。「お前、アイアンフィスト家のダリウスだろ。 出来損ないの次男だったか?」

ダリウスの拳が震える。しかし、言い返すことはしなかった。上級生相手では出来ないのだ。


なおもアレックスは呆れたような顔で続けた。

「そりゃ、魔法も暴走させるはずだな。さっさと諦めて辞めちまえよ。お前みたいなのが魔法使いを名乗るなんて、両親も恥だろうからな」

ダリウスの表情が苦痛に歪む。屈辱と怒りが彼の中で渦巻いているのが見て取れた。


その様子に、気が付けばレイは思わず近付いて口を挟んでいた。

「なにかあったんですか?」

アレックスとダリウスが振り返り、アレックスが「なんだ、お前は」と眉をひそめた。

レイが笑顔で答える。「すいません。彼は、俺のクラスメイトなんで」


アレックスがほくそ笑む。「そうか。この出来損ないが俺に魔法を当てやがったんだよ」

ダリウスは黙って俯いていた。

そこでレイがアレックスに提案した。「それは彼が悪いですね。なんなら模擬戦でもして、彼に指導してあげたらどうです?」

ダリウスの眉が釣りあがる。アレックスの目は興味深そうに輝いた。「ほう。面白い提案だな。じゃあ、しっかりと指導してやろうじゃないか」と、下卑た笑みを浮かべた。


レイとエステルも訓練場に向かう事にした。その間にも、三年と二年が模擬戦をするという噂は瞬く間に生徒達に広がった。

模擬戦を始めるころには、大勢の学生が集まった。昼休み中だった事で広い訓練場は埋まり、見物の生徒は外まで溢れ始めている。


訓練スペースは通常、ただの広場だが。魔法の力により、ありとあらゆる姿に変える事が出来る。

草原、森林、洞窟、市街地、実戦に備えた訓練が可能なのだ。

周囲からは作られた映像として、生成された建物や木々などのオブジェクトは半透明に透けるが。

エリア内の当事者達には本物そのもので、隠れる事も触る事も出来るし、実物同様に壊す事も可能となっている。


空気が張り詰める中、ダリウスとアレックスが向かい合って立っていた。

模擬戦の審判役に、アレックスと一緒にいた上級生が前に出てルールを説明する。

「これは正式な模擬戦だ。致命傷となる攻撃は禁止。相手を行動不能にするか、降参させるか、俺が止めを告げるまで続行する」

ダリウスとアレックスは無言で頷いた。


同時に訓練エリアがランダム生成され、ちょっとした林道のような地形に変わり、観客席が盛り上がる。

しだいに期待と緊張が入り混じった空気が、訓練場全体を包み込んでいった。

審判役が手を上げる。「準備はいいか? では────」

一瞬の静寂の後。「始め!」


合図と共に、アレックスが魔法を展開した。「風の刃よ、敵を切り裂け!」

鋭い風の刃が、まるで実体を持つかのように空気を切り裂きながらダリウスに向かって飛んでいく。


ダリウスは瞬時に反応し、しなやかな動きで身をかわした。風の刃が彼の頬をかすめ、背後にある木の幹に深々と切り込みを入れる。

観衆からどよめきが起こったが、ダリウスは冷静に剣を構えた。その刀身が青く輝き始める。

「ふん。付与魔術か」アレックスの声に嘲笑が混じる。


途端、ダリウスの剣から氷の刃が放たれた。それは風の刃とは比べものにならないほど鋭く、空気さえも凍らせながら飛んでいく。

アレックスは慌てて防御の魔法を展開する。「盾よ、我が身を守れ!」

魔力の盾が現れるが、ダリウスの氷の刃はその盾を容赦なく砕いた。割れた盾の破片が、キラキラと陽光に輝きながら空中に散った。


ただの付与魔法だと思わせて、予想外の純魔法攻撃に観衆の息が止まる。

アレックスの表情には焦りの色が浮かんでいた。「くそっ。こざかしい…」

彼は連続して火球を放った。オレンジ色の光球が次々とダリウスに襲いかかる。


しかし、ダリウスの動きは予想以上に俊敏だった。彼は氷の魔力を帯びた剣で火球を払いのけながら、アレックスに接近していく。

剣術と付与魔術を巧みに組み合わせ、相手の間合いを破っていく。

「なんだ、この動きは!」アレックスの声に焦りが滲む。

彼は咄嗟に、自分を取り囲む魔法のバリアを展開。


しかし既にダリウスはアレックスの二メートル先にまで間合いを詰めていた。ダリウスの剣が青白く輝きを増した。振り下ろされるその一撃が、アレックスのバリアを粉砕する。

「あり得ない……」アレックスが呟く。

最後の一撃。ダリウスの剣が、戸惑うアレックスの喉元でぴたりと止まった。氷の粒子が、かすかに宙を舞う。


場が静まり返った。

「……負けだ」アレックスが絞り出すように言った。

その瞬間、中庭に大きな歓声が沸き起こった。特に魔法工学の学生たちの声は大きい。

レイも、思わず隣のエステルとハイタッチしていた。

勝利の興奮の中、ダリウスの目がレイと交わる。ダリウスは直ぐに視線を逸らしたが、その表情には少し複雑な感情が見え隠れしていた。


この模擬戦以降、ダリウスの名前は学園中に知れ渡った。特に魔法工学を学ぶ生徒からは羨望の眼差しが向けられ、連日彼を見に来る生徒が絶えない。

一躍人気者となり、ダリウス本人は照れているのか授業が終わると、人っ毛の無い所へ移動してしまうようになった。


ある日、レイとエステルが歩いていると廊下でばったり、ダリウスと鉢合わせた。

模擬戦以来、特に話していなかったのでレイは素通りしようとしたが。

「おい」とダリウスの声がかかる。

「お前が、あのとき。先輩を焚き付けた事、忘れてないからな……」

レイは自分の言葉がきっかけで模擬戦に至った事を思い出し、誤魔化すように笑みを浮かべた。


しかしダリウスは呟いた。「ありがとよ────」

その言葉にレイは驚く。幻聴かと思い、ダリウスの顔を見るが、彼はそっぽを向いて立ち去ってしまった。

エステルが僅かに笑みを浮かべた。「良かったですね」

レイも釣られて表情を崩す。

その直後、窓の外から爆音が響いてきた。


周囲の生徒達が何事かと廊下に飛び出し、窓から緊迫した様子で外を見ていた。

レイとエステルも外を見ると、小等部の校舎の方から黒煙が立ち昇っていた。

「ミアの魔力です!」エステルが急に走り出すので、レイは意味もわからず彼女の後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る