第三十二話 「本当の気持ち」

駆けつけたエステルの腕の中で、ミアは徐々に落ち着きを取り戻していった。

一緒に来たレイの穏やかな笑顔も相まって。その優しさに包まれるように、激しく鼓動していた心臓が少しずつ通常のリズムを刻み始める。


「大丈夫、ミア。もう安全です」

エステルの声が、ミアの耳に優しく響いた。しかし、その安堵感も束の間のものだった。

「レイ君、エステルさん、そしてミアちゃん。三人とも校長室へ来てください」

先生の声に三人は顔を見合わせた。ミアの小さな体が再び震え始める。


校長室に入ると、エルドリッチ学園長が厳しい表情で三人を見つめていた。

「メリッサから、三人とも潜在能力が高い事は聞いていた。しかし今回のは、一つ間違えば死者で出ていても可笑しくない。説明してもらおうか、レイ君」


レイは深呼吸をし、覚悟を決めたように口を開いた。

「すいません。実は……エステルとミアは人間ではありません。おそらく俺の魔力を源に動いています」

その言葉に学園長の眉がピクリと動く。言葉さえ出ない様子を見て、レイは続けた。

「彼女達は魔力で出来た人形のようなもの……かもしれない。しかし、彼女たちには魂がある。感情を持ち、学び、成長する存在です。人間と何も変わりありません」


レイの言葉に、ミアは胸が熱くなるような感覚を覚えていた。自分が何者なのか、よくわかっていなかったが、レイの言葉に強く頷きたくなった。

学園長は複雑な表情で三人を見つめ、しばらく考え込んでいた。


「ふむ。まあ、興味深い話ではある。メリッサらしい判断を下したという所か。だが、ミアちゃんは、まだ不安定さを感じる。他の生徒たちの安全を考慮すれば、別室での授業も検討せねばならん」

その言葉に、ミアは胸を締め付けられる感覚に陥った。


別室……それは、つまり。ミアだけ、クラスのみんなと離れるということなのだ。

一人になる。そう思うと、今まで感じたことのないような寂しさがミアの心を覆った。


学園長は言う。「まあ、今日はいったん教室に戻りなさい。これからのことは、よく考えてまた連絡する」

その言葉に、レイとエステルが悔しそうな表情を浮かべながらも頷いた。

ミアも複雑な思いを抱えながら、レイとエステルに見送られ小等部の教室へと向かった。


本当はクラスのみんなと仲良くしたい。でも、自分は危険な存在なのかもしれない。そんな相反する気持ちが、ミアの胸の中でぶつかり合っていた。

教室の扉の前でミアは立ち止まった。全員が先程の事を知っているだろう、何を言われるかわからない。

そんな不安を押し殺すように深呼吸をして、おそるおそる扉を開けた。


教室の扉を開けると、クラスメイト全員の視線がミアに集中した。一瞬、恐怖で足が震えた。

「やっぱり、私には無理だ」そう、ミアは心の中でつぶやいた。諦めの気持ちが湧き上がってくる。


しかし、次の瞬間、予想もしなかった展開が起こった。

「ねえ、ミアちゃん!」

「ミアちゃん。あの綺麗な人、お姉さん?」

クラスの女の子たちが、一斉にミアに駆け寄ってきた。その目には、好奇心と羨望の光が宿っていた。


「え…?」ミアは戸惑いを隠せなかった。今まで近寄ってこなかった子たちが、突然自分を取り囲んでいるのだ。

「銀髪のお姉さん、すっごく綺麗だったね!」

「ねえ、どんな人なの?」

質問攻めにされるミア。しかし、その声たちには悪意はなく、純粋な興味が感じられた。


「えっと、エステルお姉ちゃんは……」

ミアは言葉を紡ぎ始めた。大好きなエステルのことを話すうちに、自然と言葉が溢れ出す。エステルの優しさ、強さ、そして美しさについて。

話せば話すほど、クラスメイトたちの目が輝いていく。ミアの言葉に、みんなが聞き入っていた。


「すごいね、ミアちゃん!いいなぁー」

「私も、ミアちゃんのお姉さんみたいになりたい!」


そんな言葉を聞いて、ミアの心に小さな喜びの種が芽生えた。今まで感じたことのない、温かい感覚。

「これが、友達と話す楽しさなのかな」

ミアは初めて、クラスメイトたちと心を通わせる経験をした。エステルの話をきっかけに、少しずつ他の話題にも広がっていった。


休み時間が終わり、授業が始まる。しかし、今日のミアは少し違っていた。周りの空気が明らかに変わっていた。

隣の子が鉛筆を落としたとき、ミアはそれを拾って渡した。すると「ありがとう、ミアちゃん」

その笑顔に、ミアも思わず微笑み返していた。


放課後、心配したエステルが小等部に迎えに来て、クラスメイトたちだけではなく、小等部の女の子全員が興奮した様子でエステルを見つめていた。

そしてクラスメイト達からは、今まで無かった言葉がかけられた。

「ねえ、明日も学校に来てね!」

「また一緒に遊ぼう!」

そんな言葉に、ミアは胸がいっぱいになっていた。初めて、学校から帰るのが名残惜しいと感じた。


その夜、ベッドに横たわりながら、ミアは今日一日を振り返っていた。怖かったこと、嬉しかったこと、全てが鮮明に蘇ってくる。

「明日から頑張れるかも」

そう思って、ミアは穏やかな気持ちで目を閉じた。明日への期待を胸に秘めて。


さらに三日が経ち、ミアの学校生活は少しずつ変わり始めていた。クラスメイトたちと話すのが楽しくなり、休み時間も一緒に過ごすようになっていた。

しかし、その平和な日々は突然の報告によって揺らぐことになった。


「みなさん、お知らせがあります」

先生の声に、クラス全員が注目する。

「ミアさんが、クラスを離れることになりました」

その言葉に、教室中がざわめいた。ミアの胸に、再び暗い影が忍び寄る。

「どうして?」

「ミアちゃん、一人の方がいいの?」

クラスメイトたちの声が飛び交う。ミアは俯いたまま、震える手で机を握りしめていた。


やっぱり私は、危険だから?そんな事を考えて絶望感が心を覆い尽くした。

せっかく芽生えかけた希望が、一瞬にして砕け散るような感覚にまた、変になりそうだった。

しかし、その時────


「先生、おかしいよ!」クラスの一人が言う。

「ミアちゃんと毎日話したい!」また、一人。

予想外の声が上がった。やがて、クラスメイトたちが次々と立ち上がり、ミアのために声をあげ始めた。


「ミアちゃんは私たちの友達です!」

「なんで一緒に勉強出来ないの!?」


その言葉に、ミアは顔を上げた。クラスメイトたちの真剣な表情に胸が熱くなった。どうして?ミアは混乱していた。

先生は困惑した様子で、しばらく考え込んでいた。やがて、ミアに向かって静かに尋ねた。

「ミアさん、あなたはどうしたいの?」

教室が静まり返る。全員の視線がミアに集まった。


ミアは深呼吸する。自分の本当の気持ちと向き合い。それを口にするのは、やはり怖かった。でも……

「私……みんなと一緒にいたいです」

小さいけれど、はっきりとした声でミアは答えた。その瞬間、自分の中で何かが変わったのを感じた。

「お願いします。私、魔法の勉強頑張ります。だから……」

言葉を詰まらせるミア。


すると、隣の席の女の子がミアの手を取った。

「そうだよね!私も、ミアちゃんと一緒に頑張りたいもん!」

その言葉に、クラス中から賛同の声が上がった。ミアの瞼に、またしても透明な水が溜まり、溢れる。

「あー、ミアちゃんが泣いてるー!」

「ミアちゃん。まさか感動しちゃった?可愛いー」


ミアはこの時初めて知った。これが涙なのだと。これが感動するという事なのだと。

先生は深いため息をついた後、優しく微笑んだ。

「わかりました。みんなの気持ち、よくわかりました。ミアさん、この件は私から学園長にお願いしますから。このクラスで頑張りましょうね」

教室では喜びの歓声があがった。ミアは涙を拭いながら、大きく頷いた。

「ありがとう……みんな」

心からの言葉が、自然と口から溢れ出た。初めて感じる、強い絆の温かさ。ミアは確信した。ここが、自分の居場所なのだと。


その日の帰り道、ミアの足取りは軽かった。レイとエステルに今日のことを話すのが楽しみで仕方がない。

「私……友達が一杯できたよ」

そう呟きながら、ミアは満面の笑みを浮かべていた。

これからの学校生活が、きっと素晴らしいものになると確信して───

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