第三十三話 「究極の付与魔法」

校長室からミアを小等部に送った後、レイとエステルが廊下を歩いていると、思いがけない人物が待っていた。

「おい、レイ」ダリウスの声に、二人は足を止めた。

「ダリウス?どうしたんだ?」レイは少し緊張した面持ちで尋ねた。


ダリウスは真剣な眼差しでレイを見つめ、「あの子は、お前の妹か何かか?」と切り出した。

レイは一瞬動揺したが平静を装って「いや。彼女の妹だ」とエステルを見る。

「そうか。あの強大な魔法は一体なんだ?あんなの子供が扱える魔法じゃないぞ」ダリウスの追及は容赦なかった。

レイは誤魔化そうとしたが、ダリウスの鋭い視線に耐えきれず、言葉に詰まる。


「ふん。俺みたいな落ちこぼれには言えないって事かよ…」ダリウスの声には、少しばかりの失望が混じっていた。

レイは呆れたように言う。「お前、面倒くさい奴って友人とかに言われないか?」

「言われないな」

「それはまた、ずいぶん友人に恵まれたな」


レイはエステルと目を合わせ、小さくため息をついた。やっと良くなり始めた関係を壊したくない。そう思い、レイは決断した。

「わかったよ。話す。絶対に誰にも言うなよ」

レイは、エステルとミアの本当の正体、そして自分の特殊な能力について説明を始めた。

ダリウスは驚きの表情を隠せなかったが、最後まで黙って聞いていた。


説明が終わると、ダリウスは考え込むように腕を組んだ。

「なるほど。つまりお前は莫大な魔力持ちだが、それだけではなく。その魔力で魂にすら付与魔法が使えるって事か。バケモノめ!」

レイは驚いた。「付与魔法?まあ、そういう考え方もあるのか?」

ダリウスは頷いた。「そういう事だろ。実は、うちの家には代々伝わる書庫があってな。そこには学園にある物より古い〝禁書〟として扱われてる魔道書があるんだ」


「魔道書?」エステルが興味を示した。

ダリウスはエステルを一瞥して、続ける。

「ああ。その本に、付与魔法の最終形とも呼ばれる魔法のことが書かれていた。まあ、俺には無理だったが……」

「最終形?」レイとエステルがハモるように尋ねる。

「それは物や人だけじゃなく、形の無いものに付与を施す究極の付与魔法だ。それこそ魂とか、魔力そのものとかな」


レイの声量が上がる。「そ、それじゃ。ダリウスの家の奴らは、その魔法が使えるのか!?」

ダリウスがレイを睨む。「は!?俺は、別に親父達より劣ってるとは思ってねぇよ」

直ぐに気を取り直し、彼は続ける。

「だから親父にだって無理だろ。そもそも、うちの家族は〝付与魔法なんて、純魔法で勝負できない奴が使う戯れだ〟なんて言ってて付与魔法の魔道書には、特に価値を感じちゃいないからな」

ダリウスは悔しそうに唇を噛んだ。


レイとエステルは顔を見合わせる。

「その魔法、俺の能力と関係があるかもしれないな」レイが呟く。

エステルは頷いた。「確認する必要はあるでしょう」

「それって、見せてもらえたりするのか?」レイはダリウスに、期待を込めて尋ねた。


ダリウスは、蚊の泣くような小さな声で答えた。「じゃあ次の休日、うちに来いよ」

レイは強く頷いた。「ありがとう、ダリウス!持つべき者は友人だ。お前、良い奴だな」

エステルも静かに頭を下げる。

「ゆ、友人か…」ぷいっと、そっぽ向いたダリウスの顔は、耳まで朱色に染っていた。


その日から、レイたちは次の休日を心待ちにしていた。ダリウスの家に眠る古い魔道書。そこには、レイの能力の秘密が隠されているかもしれないのだから。


そして休日の朝がきた。

レイ、エステル、ミア、そしてダリウスは、ダリウスの実家──アイアンフィスト家の屋敷に向かったが。

その屋敷は、想像以上に壮大だった。

レイが以前住んでいたレイモンド家の屋敷さえも凌駕する規模に、一行は息を呑んだ。

「ここが、お前の家か」レイが呟いた。

ダリウスは少し照れくさそうに頷いた。「まあな」


屋敷に足を踏み入れると、そこには厳格な雰囲気が漂っていた。廊下を歩く間、レイたちは様々な場面を目にすることになる。

「ダリウス様、お帰りなさいませ」執事が深々と頭を下げる。

「ああ」ダリウスの返事は素っ気ない。


書斎の前を通りかかると、中から声が聞こえてきた。

「ダリウス、戻ったのか」

「はい、父上」ダリウスの声が一変し、丁寧な口調になる。「ただいま帰りました」

レイたちは驚いて顔を見合わせた。学校では偉そうなダリウスが、ここでは全く別人のように振る舞っている。


しかし、台所から出てきた女性、ダリウスの母──セレナは違った。

「ダリウス!お帰りなさい」彼女は優しく微笑んだ。「あら、お友達?皆さん、よくいらっしゃいました」

ダリウスの表情が少し和らぐ。「ああ、母上。学友を連れてきました」

一通りの挨拶を済ませた後、一行は地下にある書庫へと向かった。

「ここだ」ダリウスが重厚な扉を開く。


書庫内部は古書の匂いに満ちていた。ダリウスは迷うことなく奥へと進み、一冊の古い本を取り出した。

「これが、その魔道書だ」

レイは恐る恐る本を受け取り、ページをめくり始めた。目を細めて古い文字を追っていく。

すると、ダリウスが横からページを一気に飛ばす。「もっと後ろ。ここからだ」


そこにはダリウスが言った通り、付与魔法を極める道と題して特別な魔法について記載があった。

レイは読み進めると、「確かに、俺の能力に似ている」と呟いた。

しかし、読み進めるうちに違いも見えてきた。

「これは物の形を変えることは無いみたいだ」レイは少し落胆した様子で言った。


しばらくの沈黙の後、ダリウスが言う。

「試してみないのか?」

「え?」

「俺を対象にやってみろよ。この本に書いてある通りに詠唱してみろ。物の形がどうとか知らんが。もし、付与が出来るなら、少なくとも似たような力って事にはなる」


レイは躊躇したが、ダリウスの真剣な眼差しに押され、頷いた。「そうだな。やってみよう」

レイは深呼吸をし、ダリウスの背中に手を当てると、本に記されたとおりに詠唱を始めた。


「古(いにしえ)の力よ、我が声に応えよ。魂の深淵より湧き上がる力を、この身に宿せ。

天(あま)つ神の恵みと、地の精霊の加護を以て、汝の内なる炎を燃え上がらせよ。

混沌より生まれし秩序の力、今ここに顕現し、魂と魂の契りを結び、新たなる力を生み出さん」


詠唱が終わると同時にレイの手がほのかに光る。

しかし、それ以上の事が起きた気配は無かった。

「ダリウス、どうだ?」

「いや。特に何も感じないな……」

エステルやミアのように、対象が魔力で光るという事もないので、分かってはいたが多少は期待していただけにレイの落胆は大きかった。


すると、突然書庫の扉が開く。「おいおい、ダリウス。何をしてるんだ?」嘲笑的な声が書庫に響き渡る。

現れたのは、長男──マグナス・アイアンフィストだった。

「に、兄様…」ダリウスの声が震える。

「余所者を連れてきて、何をしている?しかも、禁書まで出して」マグナスの視線がレイたちに向けられた。


レイは咄嗟に本を背中に隠したが、彼の鋭い目はそれを見逃さなかった。

「その本は、父上の許可なく他人に見せてはいけないものだ」その声が低く、危険な響きを帯びる。

ダリウスは言葉を失い、レイたちも凍りついたように動けなかった。

「お前は本当に情けない。才能もなく、努力もせず、こそこそと禁書を漁る。アイアンフィスト家の恥だ」

ダリウスの顔が痛々しいほど歪む。


「兄様、それは……」

「黙れ。お前のような落ちこぼれが、口答えする気か?笑わせるな」

その瞬間、レイが前に出た。「やめてくれ!ダリウスは……」

しかし、マグナスの一瞥で口を閉ざす。その目には、圧倒的な魔力が宿っていた。


「貴様ら、余計な口出しは控えろ」威圧的なマグナスの態度に空気がピリついた。

「まあ、いい。俺は今忙しいんだ」マグナスは、ダリウスに向き直る。「邪魔だから、早くこいつらを連れて出ていけ」


その時、突然の衝撃が書庫を揺るがした。棚から本が落ち、埃が舞い上がる。

「な、何だ?」ダリウスが驚いて周囲を見回す。

その後、大きな地震のような振動が何回も続いた。上の階でも慌てているようで、屋敷外への避難を促す叫び声が聞こえてきた。

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