第三十四話 「造られた獣」

屋敷を揺らす程の衝撃は、何度となく繰り返される。

まるで屋敷自体を、大きな巨人に揺らされているような感覚だった。

ミアが怯えた様子でレイに寄り添う。「お兄ちゃん、怖いよ……」

レイとエステルが顔を見合わせる。

「大丈夫だ、ミア」レイが呟く。

「ただ事ではありませんね」エステルは冷静に状況を分析していた。


すると、マグナスが緊迫した様子で辺りを見回した。

「くそっ…まさかあいつが!?」

「兄様、何が起きているんです?」ダリウスが問いかける。

マグナスは一瞬たじろいだが、すぐに態度を取り繕った。「お前たちは早くここから出ろ」

しかし、レイは鋭く追及する。「お兄さんには、何か心当たりがあるんですね?」


マグナスの表情が歪む。「黙れ!」

そのとき、さらに大きな衝撃が走り、書架から本が落ちてくる。その混乱に乗じて、マグナスは急いで書庫を出て行った。

「追いかけるぞ!」レイが叫ぶ。

四人は書庫を飛び出し、マグナスの後を追う。廊下の壁の至る所に大きな亀裂が入っていて衝撃の凄さを物語っている。


「いったい何が?」ダリウスが呟く中、マグナスは地下の突き当たりにある部屋の扉を開いた、そこには信じられない光景が広がっていた。

部屋の中央には魔法で強化されているらしき巨大な檻が置いてあり、その中に見た事のない大きな獣がいた。


「なんだ、あれはケルベロスか?」レイの表情が険しくなる。

三つの頭を持つ巨大な獣が、魔法の檻の中で暴れ回っていたのだ。その体からは濃紺の毛皮が星空のように輝き、目は赤、青、緑と異なる色で光っている。

「兄様、これは一体……」ダリウスが震える声で問いかける。


マグナスは苦々しい表情で答えた。

「ケルベロスなんて、そんな生易しいもんじゃない。生物合成魔法を繰り返して俺が生み出した特別な魔獣だ」

「なんて事を…」ダリウスの顔が青ざめる。


その時、魔獣の暴れが激しくなり、魔法の檻が軋むような音を立て始めた。

「まずい、制御が効かなくなっている!」マグナスが叫ぶ。

まるで彼の言葉に応えるかのように次の瞬間、魔法の檻が粉々に砕け散った。解き放たれた魔獣は、轟音と共に自由を得たのだ。


解放された魔獣は、凄まじい咆哮を上げる。その声は部屋を揺るがし、壁に亀裂を走らせた。

「みんな、下がれ!」レイが叫ぶ。

エステルは瞬時に反応し、剣を抜いて前に出る。

「私が食い止めます」

彼女の剣が青白く光り、魔獣に向かって斬りかかる。しかし、剣が獣の体に触れた瞬間、驚くべき事が起こった。


攻撃を受けた部分が一瞬半透明になり、剣が通り抜けてしまった。

「なっ…!」エステルの驚きの声が響く。

マグナスは説明する。「無駄だ。あいつは物理攻撃を無効化する能力を持っている」


ダリウスが歯を食いしばり、自らの剣に魔力を込める。

「なら、これはどうだ!」と、彼の剣から氷の刃が放たれ魔獣に向かって飛んでいく。

しかし、その体の側面にあるエラのような構造が開き、霧状の魔力を放出。

氷の刃は途中で溶けてしまった。

「くっ…」ダリウスが唸る。

「おい、魔法も効かないのかよ!」レイは困惑していた。


その時、家主の【ハロルド・アイアンフィスト】が部屋に駆け込んできた。「何が起きている!マグナス」

その途端、目の前にいる魔獣が視界に入り、ハロルドは怒りに満ちた表情でマグナスを睨みつける。「お前、勝手なことを!」

しかし、今はそんなことを言っている場合ではなかった。魔獣がゆっくりと彼らに近づいてくる。


「父上、私たちで何とかします!」ダリウスが叫ぶ。

ハロルドは冷ややかな目でダリウスを見た。「お前に何ができる。邪魔だ、下がっていろ」

彼は前に出ると、強力な魔法陣を展開する。「灼熱の業火よ、我が敵を焼き尽くせ!」

巨大な炎の渦が魔獣を包み込む。それはかなり強力な魔法だった。


しかし、魔獣は炎の中から無傷で現れた。それどころか、魔法攻撃を受けた部分がより強固になっているように見えた。

「まさか、魔力を吸収しているのか!?」レイが気づく。

ハロルドとマグナスは次々と魔法を放つが、どれも魔獣には効果がない。それは徐々に彼らを追い詰めていく。

「このままでは……」レイは焦りを感じ始めた。


その時──「誰か、いないの!?」上の方から微かに女性の叫ぶ声が聞こえた。母、セレナの声だった。

「母上!」ダリウスが叫ぶ。

状況は刻一刻と悪化していく。魔獣は声に反応するように、再び暴れだした。

レイたちは、なすすべもなく、この危機的状況を見つめるしかなかった。


魔獣が部屋から飛び出し、状況は一気に緊迫した。

「母上が危ない!」ダリウスは叫び、魔獣を追おうと部屋を飛び出す。

ハロルドがそんな彼に叫びかける。「まて、お前では無理だ!」

一瞬振り向いたダリウスの顔には、屈辱の色が浮かんでいた。レイはその様子を見て、胸が締め付けられる思いがした。


「エステル、一階の状況を確認出来るか?」レイが聞くと。彼女は無言で頷き、部屋の外にいる魔獣の脇をすり抜け、一瞬で見えなくなった。

ハロルドとマグナスも部屋を飛び出し、魔獣に向かって次々と魔法を放つ。

上階へ上がらないように抑え込もうとした。しかし、魔獣の適応能力は彼らの予想を遥かに超えていた。


「くそっ、なぜだ!」マグナスが歯ぎしりする。

ハロルドは冷静さを保とうとしているが、額には汗が滲んでいる。「こんなはずでは……」

そんな事をしていると、直ぐにエステルが戻ってきた。

「二階への階段が崩壊してますが、二階東側の部屋に、僅かな人の気配を感じました」


ダリウスの顔が青ざめる。「そこは母上の……」

彼が動こうとした瞬間、魔獣が大きく飛び上がり。天井を突き破る。その天井の一部が崩れ落ちてきた。

「危ない!」レイが叫び、ダリウスを突き飛ばした事で、二人とも無事だった。


「このままでは屋敷が崩壊する」ハロルドが状況を分析する。「これはチャンスだ!我々も一階に上がり、そのまま外に退避するぞ!」

「避難?母上がまだ!」ダリウスが必死に訴える。

マグナスが冷たく言い放った。「あの化け物が二階に気を取られてる今しかない。犠牲は避けられん」

その言葉にダリウスの目に怒りが宿る。「兄様!どうしてそんなことが!」

叫んだ後、ダリウスは、一階への階段を駆け上がった。


つられるようにマグナス、ハロルド、そしてレイ達も全員が一階へと上がる。

その間もレイは必死に考えを巡らせていた。このままでは誰も救えない。何か方法はないのか……。

そのとき腕の違和感に気づいた。メリッサからもらった腕輪が付けられている。

「そうだ。そもそも俺の魔力は……」レイが小さく呟く。


決意を固め、レイは一階から二階へ向かう方法を模索しているダリウスに頼んだ。

「ダリウス、もう一度だけ俺に付与魔法をさせてくれ」

ダリウスは困惑した表情を浮かべた。「は?それは上手くいかなかっただろ!」

「いや。俺自身の条件を忘れていた!」レイはエステルの剣を借り、自分の手のひらに小さな傷をつける。


「何をする気だ?」ハロルドが驚いた感じで尋ねる。

レイは答えず、ダリウスに向かって言う。

「信じてくれ。これが最後のチャンスかもしれない」

同意するように、エステルも頷く。

ダリウスは一瞬躊躇したが、レイの真剣な眼差しに、何かを感じ取ったようだった。

「わかった。やってみろ」


レイは深く息を吸い、再び詠唱を始めた。今度は、血の流れと魔法が共鳴するのを感じた。

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