第二十二話 「共鳴石の少女」

豪奢な書斎の空気が、レイの言葉によって揺らめいていた。息を切らしながら、エステルとの奇跡的な出会い、彼女の記憶が蘇るまでの不思議な物語を紡いでいく。

その言葉の一つ一つが、まるで魔法のように空間を満たしていった。


ワンディの瞳が子供のように輝きだす。

「なんと驚くべき物語だ!」その声は興奮に震えていた。「人間と剣が一つの存在になるなんて、まさに奇跡!」

その言葉に安堵したレイは剣に魔力を注ぐ。

彼女の体が淡い光に包まれ、銀色の髪がふわりと宙に舞う。光が消えると、そこには人間の姿のエステルが立っていた。


彼女は静かにワンディに向かって会釈する。

「どうやら、私の存在は珍しい物のようですね」エステルの言葉には、かすかな皮肉が混じっていた。

ワンディは大きく頷く。彼の目は、まるで新しい宝物を見つけた冒険者のように輝いていた。

「ああ、間違いない!君こそ、私のコレクションの中で最も貴重な宝物になるだろう!」

その言葉にレイとエステルは顔を見合わせた。書斎の空気が、一瞬凍りついたかのようだった。


レイが慌てて口を開く。「あの、ワンディさん。俺には彼女を譲るつもりはないんです。ただ...」

「ただ?」ワンディが首を傾げる。その仕草は、好奇心に満ちた子供のようだった。

エステルが静かに言葉を継いだ。「私たちには今、お金が必要で。あなたに珍しいものを見せれば報酬をくれると聞いていました」


ワンディの表情は、晴れた空に突如現れた暗雲のように曇る。「なに?金というものは品物に対して払うものだろ?見ただけで払う者がいるもんかい」

レイとエステルは再び互いの目を見つめた。その瞳に映る不安と戸惑いが、静かに部屋中に広がっていく。


そして突如、ワンディの口から衝撃的な言葉が飛び出した。「ははん、君たちはメリッサに騙されてるね」

その言葉は重い石のように部屋に落ちた。レイの手が、ポケットの中の魔石に伸びる。それは、最後の望みにすがる仕草だった。


レイの指が魔石に触れた瞬間、淡い青白い光が部屋を包み込んだ。その光は月明かりのように幻想的で、書斎の隅々まで染め上げていった。

やがて、メリッサの声が空間に響き渡る。「どうやら、無事に彼に会えたようね」

その声は、何処か重々しく、まるで遠い過去からの呼び声のようだ。


レイは慌てるように話し始めた。「メリッサさん?聞いてた話と、ちが…….」

しかし、その言葉はメリッサの声によって遮られる。「ごめんなさい。今は少しワンディと話をさせて」

彼女の声は、突如として真剣さを帯び。刃物のように鋭く部屋の空気を切り裂いた。


「ワンディ。あの石を返してちょうだい」

しかし、ワンディの返答は冷たかった。「だからムリだよ」まるで氷の壁のようにメリッサを突き放す。

「あれはもう私の一番のお気に入りだ」

レイとエステルは、まるで時が止まったかのように動かず、ただ二人の会話に耳を傾けていた。周りの空気が徐々に重くなっていくのを感じた。


メリッサのため息が聞こえた。「わかったわ。では、あなたに一つ面白い物を見せる事が出来る。どう、興味あるでしょ?」

その言葉にワンディの眉がピクリと動く。

「本当かい!でもそれを見たからと言って、僕は返すつもりはないよ?」

レイはワンディの反応を見て、その石がどれほど特別なものなのか想像を巡らせた。同時に、石に強い興味を抱き始めていた。


メリッサの声が再び響く。「けっこうよ。とりあえず共鳴石を、そこにいるレイに見せてあげて」

突然名前を呼ばれたレイは、「え、え!?」と慌てふためいた。

ワンディは黙って立ち上がり、ゆっくりと部屋の奥へ向かった。彼が棚から取り出したものは小さな箱だった。「これがメリッサが言ってる〝石〟だよ」


箱が開けられ、そこに淡い青色の美しい石が姿を現した。それは宇宙の深淵を閉じ込めたかのように、内部に無数の星屑のような光を宿している。

レイは、その石の神秘的な美しさに息を呑んだ。

「これを…?」レイは不思議なものを目の当たりにした子供のように、好奇心と戸惑いが入り混じる。


そして再び、メリッサの声が響いた。「それにあなたの魔力を注いでみて。もちろん、あなたの血を使って。お願い。一度でいいの、やってみてくれない?」

レイは一瞬躊躇したが、「別にいいですが……」と呟きながらワンディからナイフを借りる。

そして、自らの指先に小さな傷をつけた。その瞬間、部屋の空気が、期待と緊張で震えたように感じられた。


レイの指から滴り落ちた血が共鳴石に触れた瞬間、部屋全体が眩い光に包まれた。その光は、オーロラのように、様々な色彩を放ちながら渦を巻く。

レイとエステル、そしてワンディの姿が、光の中に溶けていく。光は彼らを包み込むだけでなく、まるで別の次元への扉を開くかのように、空間そのものを歪め始めた。


光が最も強く集中する場所に、おぼろげな人影が浮かんだ。それは、徐々にはっきりとした輪郭を帯びていく。

やがて光が収まると、そこには小さな女の子が立っていた。ブラウンの髪をした、五、六歳ほどの少女。

彼女の姿は、月光から紡ぎ出されたかのように儚げで美しかった。


少女は困惑したように周りを見回している。大きな瞳には、不安と好奇心が混在していた。

「こ、これは……?」レイは言葉を失った。頭の中では数ヶ月前の記憶が懐かしく呼び起こされる。エステルが人の形になった時の事を。

そのエステルも驚きの表情を浮かべていた。「まさか、これは石の中に…」彼女の声は、かすかに震えていた。


ワンディは目を見開いたまま少女に近づいた。その動きはガラスの上を歩くかのように慎重だ。

「信じられない!こんなことができるなんて……素晴らしい!」

ただ、少女はワンディには目もくれず、何かを探すように部屋を見回していた。そして、声を上げる。


「ママ?ママは、どこ?」


その声は澄んだ鈴の音のように部屋中に響き渡り、その言葉は部屋にいる全員を凍りつかせた。

メリッサの声が、震えながら魔石から響く。「まさか、本当に?ミア、あなた?」

その声には、長年の時を越えたような思いが込められているようだった。


ミアと呼ばれる少女が魔石の方を向く。彼女の目に喜びの光が宿っていた。「ママの声!ママ、ミアここにいるよ!」

ワンディは困惑した表情で魔石を見つめる。彼の顔には、驚きと共に何か悲しげな色が浮かんでいた。「メリッサ、これは……なんだ?」

部屋に重い沈黙が落ちた。まるで時間そのものが止まったかのようだった。


レイとエステルは、状況が全く理解できずに立ち尽くした。驚きと共に、何か神秘的なものを目の当たりにした者特有の畏敬の念が浮かぶ。

ミアは不安そうな表情で再び部屋を見回す。「ママ、どこにいるの?ミア、怖いよ」彼女の声からは緊張が感じ取れる。


メリッサの声が再び響いた。今度は、これまで聞いたことのないような深い感情が込められていた。

「ミア、大丈夫よ。ママはここにいるわ。怖がらないで」その声は、優しくミアを包み込むかのようだった。

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