第二十三話 「魔女の後悔」

部屋に漂う不思議な空気の中、メリッサの声が静かに響き始めた。その声音には、百年の時を越えた深い感情が滲んでいた。

「今から約百年程年前かしら……」メリッサは言葉を紡ぎ始めた。「私は、ある男性と出会った」


その瞬間、魔石から柔らかな光が溢れ出し、部屋の中に幻影のような映像が浮かび上がった。

今より少し若いメリッサと、凛々しい容姿の男性が、花咲く野原で出会う様子が映し出される。

「彼の名はアーサー。とある国で私が魔法師団の見習いだった頃、彼は騎士団長として名を馳せていたわ」


映像の中で、二人が互いに魔法と剣術を教え合う姿が浮かび上がる。その表情には若々しい情熱と、芽生えつつある愛情が見て取れた。

「彼から貰ったのが、その共鳴石……」メリッサの声が続く。「二人の魂を永遠に結びつける力を持つ、特別な石だった」


幻影の中で、アーサーがメリッサにペンダントを贈る場面が映し出される。その石は少女へと変わる前のワンディが持っていたものと同じく、淡い青色の輝きを放っていた。

「そして、やがて私たちの間に生まれたのが……」

ワンディが「この少女か?」と、小声で呟いた。彼の目は、部屋の中央に立つ少女に向けられていた。


「そう」メリッサの声に、深い愛情が込められる。「ミアは私たちの愛の結晶だった」

映像は、幼いミアを抱くメリッサとアーサーの姿へと変わる。幸せに満ちた家族の光景が、まるで絵画のように美しく浮かび上がっていた。


「でも、その幸せは長くは続かなかった」メリッサの声が沈む。「私たちの国は戦争になった」

幻影の中の景色が一変した。燃え盛る街、逃げ惑う人々の姿が次々と映し出された。


「当時、私は魔法師団長になったばかりだったし。彼も騎士団長という立場であり、戦地に赴かなければならなかったわ。そこで、ミアを彼の親戚に預けた」

若きメリッサが、涙を浮かべながらミアの首にペンダントをかける場面が浮かび上がる。

その隣には涙を堪えるアーサーの姿があった。


「そして……」メリッサの声が震えた。「戦争から戻ってきたとき、街の三分の一は被害を受けていた。その中には彼の親戚の家も、そしてミアは……」

映像が消え、部屋に重い沈黙が落ちた。レイとエステル、そしてワンディの表情に、深い哀しみの色が浮かぶ。


「焼けた家から、この共鳴石が見つかったわ」メリッサは静かに続けた。「私の最愛の娘の、最後の形見として……」

ミアが不安そうに周りを見回す。「ママ?ママ、ミアどうしたらいいの?」

メリッサの声が優しく応える。「もう大丈夫よ、ミア。あなたはママのところに帰ってくればいい」


ワンディは、複雑な表情を浮かべながら少女を見つめていた。彼の収集家としての興味と、目の前で展開されている時を超えた再会の間で葛藤しているようだった。

レイとエステルも、言葉もなく立ち尽くしていた。

目の前で、想像もしなかった壮大な物語が展開されているのだから当然だ。


そして、部屋の空気が再び変化し始めた。ミアの姿が徐々に光に包まれていく。「ママ……」彼女の声が、次第に遠くなっていった。

メリッサの声が再び響く。その声には、長い年月の重みが感じられた。「あの日から、私は何十年もの間、この悲しみを抱え続けてきた」

部屋の空気が、メリッサの言葉とともに重くなっていく。レイとエステルは息を呑み、ワンディも複雑な表情を浮かべていた。


「どれだけ時が経っても、家族を失った痛みは消えなかった。それどころか、年を重ねるごとに、その喪失感は深まるばかりだった」

メリッサの声が震える。「当時、私は自分を責め続けた。もし戦地に行かなければ、もし娘のそばにいれば……」


鼻をすする音がして、メリッサは続ける。

「やがて普通の人間である彼も私を置いて逝ったわ。私は一層辛い日々を一人で送り続けた。それから数年過ぎた頃かしら。ワンディと出会った……」

ワンディは、その言葉に少し体を強張らせた。


「彼の珍しいものを集める情熱に、私は何かを感じたわ。そして……決心したの。本当はお金なんて、どうでも良かった。共鳴石を手放すことで、全てを忘れる事が出来るかもしれないと、そう思ったのよ」

ワンディが静かに頷く。「あの日のことは、よく覚えているよ」


メリッサの声が続く。「それでも、本当にそれで良かったのかと、ずっと悩み続けていた」

レイとエステルは、互いに顔を見合わせた。メリッサの苦悩の深さに、言葉を失っていた。

「実際に何度か、あなたに返還を求めたこともあったわね」メリッサは静かに続ける。「でも、それは叶わなかった」


ワンディは、少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「君の事情なんて私は知らないからな。しかも私にとっても、この石は既に特別なものになっていたんだ」

「分かっているわ」メリッサの声には、諦めと理解が混ざっていた。

「だから私も自分に言い聞かせたのよ。これで良かったのだと」部屋に沈黙が訪れた。


「でも」メリッサの声が、突然力強くなる。「レイに出会って、すべてが変わった」

レイは、その言葉に驚いて顔を上げた。

「レイの特別な魔力を知った時、私の中で何かが動いたわ」メリッサの声が熱を帯びる。


「もしかしたら、娘に会えるかもしれない。その思いが、私の中で大きくなっていった」

エステルが静かにレイの腕に手を置く。彼女も、メリッサの感情の深さを感じ取っているようだった。

メリッサは続ける。「私は自分の感情を抑えきれなくなった。レイとエステルをあなたのもとへ送り出したのは、そんな私の弱さだったのよ」


突如、ミアの姿が徐々に透明になっていく。

「ママ…ミア、もう行かなきゃいけないの?」

メリッサの声が優しく応えた。「ええ、でも大丈夫よ。ママはもう、あなたのことを忘れないわ」

部屋の中に不思議な温かさが広がる。それは長い年月を経て、ようやく解放された想いが形になったかのようだった。


だが、部屋に漂う感傷的な空気を破るように、レイの声が響いた。

「俺なら」その声は最初は震えていたが、次第に力強さを増していく。「俺なら、この魔力を繋ぎ止められる!」

全員の視線が、一斉にレイに向けられた。


レイは深呼吸をして、ワンディの目をまっすぐ見つめた。「ワンディさん、お願いします。彼女をメリッサさんのもとへ返してください」

ワンディは眉をひそめた。「だがな、彼女は私のコレクションの一部で……」

「違います!」レイの声に力が込められる。

「ミアはもう、単なる石や物ではありません。彼女は魂を持っている。生きているんです」


エステルが静かに頷いた。「彼女は私と同じような存在。自由に生きる権利があります」

ワンディは困惑した表情を浮かべる。「しかし……」

「お願いします」レイは真剣な眼差しで続けた。「ミアには家族がいる。百年もの間、再会を待ち望んでいた母親がいるんです。彼女を引き離すことは正しいと思えません」

ミアの瞳もワンディに向けられる。


するとワンディの表情が和らいだ。彼は深いため息をつき、ゆっくりと頷いた。

「わかったよ」ワンディの声には、諦めと理解が混じっていた。「彼女をメリッサに返そう」

レイとエステルの顔に、安堵の表情が広がった。

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