第三十六話 「ルミナスの星姫」

アイアンフィスト家の事件から数ヶ月過ぎた。

あの後、ダリウスがアイアンフィスト家を出た事は、学園内で噂にもなっていない。

アイアンフィスト家は、その事実を公(おおやけ)にしなかったのだ。

そして出来損ないと噂されていたダリウスも、あの事件以降は誰もそれを口にしなくなっていた。


もちろん彼の正体がバレて、恐れられているわけではなく。屋敷の騒動自体が無かった事になっている。

単純にダリウスは、落ちこぼれでは無くなっていた。

彼は、三年生に上がる前の〝専攻学部最終決定〟に向けた魔法適正検査にて、純魔法使いとして歴代最高の適正を弾き出したのだ。


理由は様々あるが、先ず。レイが彼に付与した魔法は、その後も消える事は無かった。もっとも、体の中に魔獣を飼う彼の事だから、例外的な〝何か〟があるのかもしれない。

とにかくダリウスは、今も膨大な魔力を持っている。

これによりダリウスは直前で純魔法へ転向。現在は、レイと共に純魔法学部に所属していた。


エステルはそのまま魔法工学部へ進学。

ミアは相変わらず小等部だが、彼女も今では友人が多くなり毎日の学校生活を楽しんでいる。


現在、最も苦労してるのはエステルだった。

彼女の人気は学園に入った時から、特に男性に高かったのだが。剣術の腕前が明らかになるにつれ、女性人気がうなぎ登りとなった。

結果、毎日のように追い掛け回される日々を送っている。

そんな中、学園で最も美しい女性【ルミナスの星姫】を決めるミスコンが始まろうとしていた────


エステルは、廊下を歩くたびに感じる視線に内心で溜息をついた。ミスコンの話題で持ちきりの学園内で、彼女の周りの空気は日に日に騒がしくなっていた。

「エステルさん!今日もお美しいです!」

「ミスコン、絶対に優勝してください!」

声をかけてくる生徒たちに、エステルは淡々とした表情で頷くだけだった。


彼女にとって、この騒動は全くもって無意味なものだった。剣を握る手に違和感を覚えるほど、居心地の悪さを感じているのだ。


そんなある日、エステルは学園の共同図書館に向かう途中、廊下の向こうから優雅な足取りでやってくる少女と目が合った。

自分と同じ、銀色の長い髪を優しく揺らし、紫水晶のような瞳で周囲を見つめるその少女は【ヴィオレッタ・シルバーブルーム】

純魔法学部の天才少女と呼ばれる彼女もまた、ミスコンの有力候補として名前が上がっていた。


ヴィオレッタがエステルに気づき、会釈しようとした瞬間。その前に数名の女子生徒が遮る。

「ヴィオレッタ様!彼女がライバルのエステルです。負けるわけにはいきませんよ!」

「そうよ!シルバーブルーム家の誇りにかけて、絶対に優勝しましょう!」

ヴィオレッタの周りを取り巻く生徒たちが、まるで敵を見るかのようにエステルを睨みつけた。


エステルは無表情を保ちながらも、心の中で「面倒なことになった」と思わずにはいられない。

ヴィオレッタは困惑したような表情を浮かべたが、取り巻きたちに押し流されるように去っていった。その後ろ姿を見送りながら、エステルは再び溜息をついた。


「おう。大変そうだな」

突然背後から声がして、エステルは振り返った。そこには純魔法学部のバッジを着けた、レイとダリウスの姿があった。

レイは去り行くヴィオレッタの派閥を見ながら、苦笑いを浮かべる。「取り巻きって、まるで人間の盾みたいだな」

ダリウスがそれに続く。「まあ、きみなら、その盾も一刀両断できそうだが」


エステルは少し考え、「斬れるものなら斬りましょう」と僅かに口角が上がった。

レイは軽くため息をついた。「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ」

「でも、このままじゃ、きみとヴィオレッタが仲悪いみたいだな」ダリウスが心配そうに言った。


レイは考え込むような表情を浮かべる。「魔法戦より壮絶な、戦いが始まりそうだからな」

ダリウスは少し躊躇いながら口を開いた。

「シルバーブルーム家のことはよく知っているが。ヴィオレッタも、恐らく表に立ちたい性格じゃないと思う」

エステルは僅かに眉を寄せる。「そうなのですか」


三人は図書館に向かいながら、この予想外の事態にどう対処すべきか、頭を悩ませていた。

エステルにとって、これは剣よりも扱いづらい難題だった。


共同図書館に入ると、奥の席でミアが友達と一緒に勉強している姿が目に入った。エステルたちに気づいたミアは、満面の笑みで手を振る。

「お姉ちゃん!」ミアが駆け寄ってくる。「ミスコン、私、絶対に応援するからね!」

エステルは困惑した表情を浮かべた。「また、あなたまで…」


続いて、ミアの友達も興奮した様子で近づいてくる。

「エステルお姉さん、私たちも応援してます!」

「小等部のみんなも星姫はエステルお姉さんで決まりだって言ってますよ!」

レイとダリウスは、この状況を見て苦笑した。エステルの人気は、学年を超えて広がっていたのだ。


「ねえ、お姉ちゃん」

ミアが真剣な表情でエステルを見上げる。「ミスコンの衣装は私が作るからね!」

エステルは一瞬言葉に詰まった。ミスコンに出る気など毛頭なかったが、ミアの期待に満ちた目を見ると、簡単には断れない気がした。


エステルは流すように答える。「普段着で十分ですけど」

「なるほど、剣術の稽古着でってことだな」レイがふざける。

しかし、エステルは真顔で答えた。「そういう事になりますね」

「冗談だよ!」

ダリウスとレイがハモった。


その後、レイがミアを見る。「ミア、エステルはまだ参加するかどうか決めてないんだ。でも、もし出ることになったら、君に手伝ってもらうって約束するよ」

ミアは少し残念そうな表情を見せたが、すぐに明るい笑顔に戻った。

「わかった!決めたら教えてね!ちゃんと作っておくから」

ミアと友達が席に戻ると、エステルは深いため息をついた。「どうすればいいのでしょう」


ダリウスが真剣な表情で呟いた。「ヴィオレッタも、同じような事で悩んでそうだがな」

レイが、ため息混じりに言う。「二人とも望んでないのに、周りが勝手に敵対心を煽ってるって事か……」

エステルは黙って二人の言葉を聞いていた。

彼女の頭の中では、剣の稽古や魔法の研究以上に複雑な思考が渦巻いていた。


図書館を出る時、エステルは再び遠くにヴィオレッタの姿を見かけた。彼女もまた、取り巻きたちに囲まれ、少し疲れた表情を浮かべているように見えた。

エステルは一瞬、何か言葉をかけようと思ったが、結局隠れるようにして立ち去った。


この騒動がどう転んでいくのか、誰にも予想はつかなかった。ただ一つ確かなのは、エステルの日常が、しばらくの間平穏ではなくなるということだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る