第八話 「剣の重み、罪の重み」

事件解決後、真相が明らかになっていく。

カレドニアは拷問にも似た厳しい尋問の末、ついに口を開いた。

「父上は...莫大な遺産を隠し持っていたんだ。それを知った時、私は喜んだ。家の未来は安泰だと。だが、偶然見つけた父上の遺言には、血のつながりのない養子のレイも含める、と書いてあった」


騎士団長が眉をひそめる。「それで殺害を?」

すると、カレドニアは項垂れた。

「私の取り分が減るだけでなく、子供たちの未来まで...私は、遺言が正式に残される前に……」


彼の告白で、全てが明らかになった。次男アルカディアも、自身の相続分を守るため協力したのだ。

しかし、オリンピアは泣いていた。彼女は何もわかっていなかった。暗殺がどういう事なのかも、それを計画したのが自分の父親だった事も。何も知らず、ただ協力していたのだ。

レイは彼女に何も言えなかった。彼もまた、ただ目の前の真実を解き明かす事しか考えていなかったのだから。


こうしてわだかまりを残しつつも、事件の決着がついた頃。

まるで屋敷自身が新しい主を求めたかのように、ベルモント家に新たな風が吹き込んだ。


穏やかな笑顔で屋敷に戻ってきたのは、国外の学校で学業に励んでいた長男──【アバロン】だった。

帰ってすぐ父親と弟が逮捕された事を聞いた彼は「辛かったね……」と昔から可愛がっていたオリンピアを優しく抱きしめた。


その後、アバロンは若き当主として家の再建に乗り出した。彼の温厚な人柄と聡明さは、必ずベルモント家に平穏をもたらすだろう事は誰の目から見ても明らかだった。

一方で、そんな新当主アバロンからレイにかけられた言葉は、本当に寛大なものだった。


「レイ、お前も辛い思いをしたな。家を出てた俺が今更言えた事ではないが、屋敷に戻ってこないか?」

自分に寄り添ってくれるアバロンの言葉は、冷遇されてきたレイを心から癒してくれるようなものだった。

しかし……

「ありがとう。でも、今の俺は戻れない」とレイは断った。

アバロンは理解を示すように頷く。「やはり、もうこの家は嫌だよな……」どこか寂しげに零した。


レイは慌てて「そうじゃないよ。実は魔法について知りたい事があって。それで旅に出ようと思ってて……」

真剣な眼差しで答えた。

これを言えばきっと色々聞かれるだろう事も覚悟した。もちろんエステルの事も……だが、次に彼から発せられた言葉はレイの予想の斜め上をいっていた。


「わかった。旅の資金は用意しよう。困ったことがあれば、いつでも戻ってきていいからな」


彼は何も聞かず、それどころか援助までしてくれるというのだ。そんなアバロンの言葉にレイは本当の人の優しさを感じ、その若き当主に、嘗ての名当主──アルビオンの影を見た。


その後、旅の準備が終わるまでに再度アバロンと話す事があり。彼はレイに興味のある話をしてくれた。


「実は、留学先で出会った人物のことを思い出したんだ。その人は、とても長生きしている魔女でね。正確な年齢は分からないが、少なくとも百年以上は生きているらしいから。レイが知りたい事も知っているかもしれないね」

「ほんとですか!?」興味を盛ったレイは詳しく尋ねる。


その魔女はエルディア大陸の東端にある港町──ミストヘイブンにいるらしく。アバロンは地図を広げ、場所を指し示した。

「ただし。彼女は気まぐれな性格で、急に旅に出たりする事も多いという。それでも何のあてもなく歩くよりはマシだと、レイは目的地をミストヘイブンに決めた。


その日の夕暮れ時、屋敷の中庭でオリンピアがレイとエステルに近づいてきた。彼女の手には、古い布に包まれた細長い物があった。


「レイ、お待たせしました」オリンピアは少し緊張した様子で言った。そして……

「これが、頼まれていた剣だよね?」

と、その布を取ると、美しい長剣が姿を現した。


レイは一瞬、息を呑んだ。彼女を利用してしまう結果になった自分にこれが受け取れるのか?と。

しかしオリンピアは言う。「お父様は悪い事してたんだね。だから、お兄ちゃん。ありがとう」

レイは思わず溢れそうな涙を堪えた。


そして──「俺こそ、ありがとう」と彼女から剣を受け取る。その剣からは様々な重みを感じた。

だがやはり、レイの目には昔の光景が浮かんだ。恩人、アルビオンが初めてこの剣を自分に渡したあの日、その優しくも厳しい眼差し、励ましの言葉。


レイは銀糸で繊細な模様が織り込まれている柄を握りしめ、その懐かしさと感謝の念に浸った。

しかし、すぐに現実に引き戻された。そして苦笑いを浮かべ、剣を水平に掲げる。

「やはり、俺には荷が重いな。エステル、これがお前にやる剣だ」


エステルは無表情のまま剣を受け取ると、それを鞘から解き放った。

刀身には、月光のような淡い青い輝きがあり、まるで星座のような不思議な模様の刃文が見える。レンには懐かしさを感じさせる〝物〟でしかないが、エステルが持つとまるで〝別物〟の雰囲気を放っていた。


その剣を試すように軽く振ってみせる彼女の動きは流れるように滑らかで、まるで剣が彼女の体の一部であるかのようだった。

風を切る音が静かに響き、エステルの銀髪が風に揺れる。そんな彼女の姿にレイは、別の〝者〟が重なって見えたような気がした。


エステルが剣をマジマジ眺める。「軽いですね。もっと重いものを期待していました」

その率直な感想にレイは皮肉たっぷりに返す。

「お前は、もっと重かったのか?」


エステルの眉がピクリと動く。「記憶にございません。ただ、私より軽い剣で戦うのは少し恥ずかしいですね」

「なんだそれ。体重差を気にするのは女性のプライドか何かなのか?」レイが更なる皮肉を込める。

すると、エステルは剣を鞘に収めながら答えた。

「私は剣ですから、重量です」


皮肉も通じないのか、と思いながらレイは彼女の声から、いつもの淡々とした調子の中に、かすかな感情が混じっているように聞こえた。


レイは苦笑しながらも、エステルの姿に確信を得ていた。彼女にあの剣を与えたのは、きっと正しい選択なのだと。

そして〝それ〟とエステルの間に、何か不思議な繋がりがあるような気すらした。それはまるで遠い過去の記憶の再現のようでもあった。


それから数日後────旅立ちの時が訪れた。

レイとエステルは、アバロンとオリンピアに見送られながらその屋敷を後にした。

目的地であるミストヘイブンは遠い。単純に三ヶ月はかかるだろうとレイは予測していた。


その間にエステルとも色々な事を経験する。その時間が彼女を人形から人間にしたりするだろうか?などとレイは考えたが、目的はあくまで彼女を元に戻す事だった。

先に何があるかはわからないが、レイにとって彼女は、最後まで面倒を見なければいけない〝人形〟なのだ。


こうして二人の物語は冒頭へと戻る──────

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