第三話 「剣の少女」


人の姿を造形し光輝く、その剣だったものは、やがてその輝きをゆっくりと終えていった。レイの目の前に立ち現れたのは、一人の少女だった。


白磨の肌は眩しいばかりに輝き、はっとする美しさだ。剣から生まれた存在ゆえか、その肢体からは薄霞のような煌めきが充ち渡っていた。


「は、ははは……なんだこれ」と息を呑むほどの出来事にレイは笑うしかなかった。

ただ瞬きすらためらわれる程に、目の前の少女の煌めきに魂を奪われそうになっていた。そしてその少女がゆっくり瞳を開ける。その瞳は、世界を初めて見るかのように、好奇心に満ちていた。


そして、生きているかのような艶のある唇が「私は……」とゆっくりと言葉を紡いでいく。

発せられた声は、まるで天使が詠う聖歌のようだった。その声に酔いしれながらも、レイは愕然とした表情を浮かべ、その続きを待つ。


不思議と何かを期待してしまう静寂がそこそこ続いた頃、少女は無表情で首を傾げる。

「───だれ?」

そりゃこっちのセリフだ、とレイは唖然とした。

無防備な表情、大きな瞳で少女はレイを見つめ返していた。まるで生まれたばかりの赤子のようだ。


周りの状況が全くわかっていない様子に、レイは軽く頭を掻いた。「なあ、俺のせいか?魔法か?俺、また何か変な魔法使っちまったのか?」

少女は何も答えない。頷きもしない。ただ、目の前の少女の存在は、自身の何らかの力が引き起こした事象に違いないとレイは感じていた。


だがどうしてこんな有り得ない事が起きたのか、それは理解できなかった。

ただ一つわかっていることは、一本の剣を少女に変えた責任は取らなければならない。レイはそこに使命を感じずにはいられなかった。


恐る恐る声をかけた。「あの、とりあえず君の事は、剣(つるぎ)って呼べばいいのか?」

「名前はあります」少女は答えた。

「なんだよ、結局自分が誰か、わかってるじゃないか」

「エステル……ヴァルハイム……」


まさかのフルネームを告げられ、剣にそこまでシッカリ名前がある事にレイは驚愕する。ただ、名前を聞いてもピンとはこなかった。有名な偉人とかにも、そんな名前はない。

そもそも人の名前だと考える方が可笑しいのだ。


きっと剣の名前だろう。なんかカッコイイし、とレイは自己完結させると。「俺はレイだ。とりあえず───」と話始めた途端、突然レイの視界が歪んだ。

そのまま意識が失われていく感覚に襲われる。

そもそも今まで立っていられたのが不思議なくらいだった。ボロボロの状態で屋敷を追い出され、森の中をひた歩き、魔物相手に必死で抵抗した彼の体力は、すでに限界だったのだ。


薄れゆく意識の中、レイは要らぬ心配をしていた。彼女が一人になってしまう。大丈夫だろうか、と。

ただの剣であるはずの少女。〝物〟であった〝者〟に何を可笑しな感情を……と、考えながら、レイの意識はなくなった────


それから時間にして十時間以上が過ぎていた。レイはようやく暗い意識の海から立ち戻り、少し回復したのか、スッキリした感じがしていた。

同時に柔らかな感触を頭部に感じる。洞窟内のゴツゴツではない。倒れた辺りで他に考えられるのは森の中くらい、とはいえ土の柔らかさとも違った。


レイが静かに目を開けると、目と鼻の先で剣だった少女──エステルの銀色の髪が風になびいていた。切れ長の瞳は真っ直ぐ何処かに向けられている。


「うわぁっ!」とレイは慌てて起き上がったが、そこはやはりというか森の中だった。しかし感じていた柔らかさは土ではなく、エステルの太ももだったのだ。

当の本人はまったく動じず、レイの存在など眼中にないといった風だ。


レイは思わず尋ねる。「お、おい!エステル?いつからここに?」

しかし彼女は無感情だった。「ずっとですが」

その口から、短くも冷たい言葉が吐き出される。レイは慌てた自分が恥ずかしくなった。

同じ轍は踏むまいと冷静を演じる。「そうか…。どうして膝枕なんだ?」


エステルの行動の意図を探りたかった。もしかしたら、彼女にも人間らしい感情があるのかもしれないと思ったのだ。

しかし彼女は人間どころか、人形らしく答える。「……分かりません」

自分でも理解していないのだ。


「じゃあどうして洞窟から出たんだ?」

レイは、なおもを彼女の中に意思があるのかを探る。ひょっとしたら、ゴツゴツした洞窟では自分の足が傷つくとか思ったのかもしれない。そんな考えからの質問だった。

しかし彼女は人形を貫いた。「なんとなくです」


更にレイは試す。「やはりお前は剣だな……」しかし彼女は「はい、私は剣です」と答えた。

彼女の自我を確かめる意地悪な発言もアッサリ肯定されたレイは、ある意味で胸のつっかえが取れた気分だった。

人間を生み出すより、人形を造り出すほうが罪悪感はない。やはり彼女は人間ではなく、ただの人形なのだ、そう思った。


ならば先ほどの膝枕は何だったのか。人形にしては不自然な行動だ。以前の持ち主によく膝枕されてたのか?とレンは一本の剣を膝に置いて鞘を撫でている者を想像してみた。が、直ぐに──そんなバカな、と雑念を払拭する。


レイは彼女に対して興味が湧いてくる。「じゃあお前が剣なら、お前にとって俺は何なんだ?俺もお前と同じように体があるわけだし。俺もお前と同じ剣だとは思わないのか?」

レイは屁理屈に近い問いを人形に投げかける。すると、彼女は答えた。「そうですね…………お前ですかね」

レイの頭が若干混乱する。

「なにを言ってるんだ?」

「いえ。お前とは何ですか?と聞かれたので、お前です、と」


そういう意味ではない、と思いつつもレイは口にしなかった。言っても無駄だと思ったのだ。

そもそも人形相手に何を質問してるのだと、少し冷静になり。この話をやめる事にした……すると。


「私に肉体を与えてくれた人ですね」エステルは真っ直ぐな瞳でレイを見ていた。

その言葉には、何かしらの想いが感じられた。人形のはずの彼女に、レイは〝人間〟を感じずにはいられなかった。


そこで更に言葉を交わそうとした、その時。

ゴソゴソと忍び寄る音が、前方の茂みから聞こえてきた。それが魔物の群れだとレイは、すぐに察した。


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