第十六話 「激闘の末に」
「くそっ!」レイもエステルに続く。
同時にメリッサの修行で身に付けたばかりの魔法を使用しようと、詠唱を始める。
ドラゴンが轟音とともに立ち上がった。その動きで、洞窟内の空気が激しく揺れた。巨大な口が開き、灼熱の炎がエステル向けて吐き出される。
エステルは素早く身をかわし、その直後レイの魔法の光弾がドラゴンに放たれた。だが鱗に魔法耐性があるかのように、容易く跳ね返されてしまう。
「魔法って、こんなものかよ!」とレイが叫ぶが、それを掻き消すようにドラゴンの声が、雷鳴のように響いた。
巨大な尻尾が唐突に振り下ろされ、レイは咄嗟に飛び退く。地面が激しく揺れ、岩塊が崩れ落ちる。
その後でエステルが再び攻撃を仕掛けるが、ドラゴンの爪に弾かれ、彼女は壁に叩きつけられた。
「エステル!」レイは叫び、時間を稼ぐため必死に魔法を繰り出す。だが、どの攻撃もドラゴンにはほとんど効果がないようだ。
ドラゴンが首を振り、炎の息を吐き出す。レイは間一髪で避けるが、服の端が焦げ。熱気で噎せ返る。
その隙にエステルは再び立ち上がり、剣を構えた。しかし、その動きは以前よりも鈍い。
その程度か?とでも言ってるように、ドラゴンが咆哮をあげる。
レイとエステルは互いを見合う。二人の目には、絶望の色が浮かび始めていた。ドラゴンの巨体が迫り来る。その影が、二人を覆い尽くした。
レイは歯を食いしばる。「まだ終わっちゃいない!」
エステルは黙ったまま、剣を握りしめていた。
彼女の体は傷だらけで、震えている。ドラゴンが再び攻撃の態勢に入った。その目には、勝利を確信した冷酷な光が宿っている。
レイとエステルの状況は絶望的だった。
それでも最後まで譲るつもりはないが、ドラゴンの圧倒的な存在感の前に、彼らの決意さえも揺らぎ始めていた。
そんな二人にドラゴンの巨大な爪が、襲いかかる。二人とも間一髪で身をかわすが、衝撃波で吹き飛ばされた。
「くっ...」レイが呻きながら立ち上がる。
「エステル、大丈夫か?」
エステルは無言で頷き、再び剣を構えた。彼女の目に、はまだ鋭い光が宿っていた。
ドラゴンが再び炎を吐き出す。レイは咄嗟に防御魔法を展開。炎は魔法の壁に阻まれるが、その熱さに顔をしかめる。
「今だ!」レイの声に呼応し、エステルが炎の脇をすり抜けて突進した。
ドラゴンは首を振り、エステルを払おうとするが、彼女はその動きを読んでいた。エステルは巧みにドラゴンの首筋を駆け上がり、その頭部に飛び乗る。躊躇することなく、剣をドラゴンの目に突き立てた。
鋭い悲鳴が洞窟に響き渡る。
「やった!」とレイが叫んだが、ドラゴンの動きは収まらない。むしろ、攻撃はより激しさを増した。片目を失ったドラゴンは、狂ったように暴れ始める。
エステルは振り落とされ、壁に叩きつけられた。「大丈夫か!?」レイの叫び声が響く中、ドラゴンが翼を広げ、飛び立とうとすた。その翼は洞窟全体を覆いつくすほどの大きさだ。
「飛ばせるか!」レイはメリッサから貰った魔力を抑える腕輪を外すと、両手を高く掲げ、魔法の詠唱を始める。
青白い光が彼の手から放たれ、蔦のようにドラゴンの体を絡め取っていく。ドラゴンは羽ばたこうとするが、魔法の束縛に阻まれていた。ドラゴンの怒号が響く。
レイは歯を食いしばり、全身の力を振り絞って魔法を維持する。額には汗が滲み、手が震え始める。
「エステル…頼む…」レイの声は震えていた。
エステルが立ち上がる。彼女の体は傷だらけだが、その目には死んでいない。
ドラゴンは必死にもがき、レイの魔法の束縛を少しずつ解きほぐしていく。これ以上はレイも魔力を制御出来そうにない。
時間との戦いだった。エステルが再びドラゴンに向かって走り出そうとする。そこでレイはとある事を実行する覚悟を決めた。
「これしかない!」レイは魔法を解除。歯を食いしばり、自分の腕に噛みついた。血が流れだす。
「エステル!こっちだ!」
エステルは驚いた表情でレイを見る。「レイ、何を!」
「俺を信じろ!」レイは叫ぶと、エステルが頷いて戻る。
レイは血の滴る手をエステルの背中に押し当てた。
瞬間、エステルの体が青白い光に包まれた。彼女の瞳が輝き、剣を握る手に力が込められる。
「この力は?」エステルの声が震える。
レイは苦しそうに微笑み彼女に言った。「行け…エステル……」
エステルの姿がその場から一瞬にして消える。次の瞬間、彼女はドラゴンの前に現れていた。
ドラゴンが慌てるように後ずさるが、エステルの剣は光を放ち。その刃はドラゴンの鱗をバターでも切るかのように裂いた。
ドラゴンはけたたましい悲鳴を上げるが、その後もエステルの攻撃は止まらなかった。
彼女は舞うように動く。その姿は美しく、そして恐ろしくもあった。ドラゴンの攻撃を全てかわし、逆に彼女の剣は次々とドラゴンの体を切り裂く。
「これで終わりだ!」初めて聞くような、感情の籠ったエステルの声がレイの耳に届いた。
彼女は跳躍し、ドラゴンの胸元に向かって突進する。その剣が煌めき、圧倒的脅威だったはずのドラゴンの腹部をアッサリと貫いた。
やがて轟音と共に、ドラゴンが崩れるように倒れ。辺りは土煙に覆われた。それから少しづつ静寂が訪れた。
エステルは、ゆっくりとドラゴンから剣を引き抜く。彼女の体から青白い光が消えていった。
彼女は放心状態で、両手をダラリと下げ、ただ呆然とドラゴンの方を向いて立ち尽くしている。
レイは少し心配になり「エステル……?」と静かに名前を呼ぶ。すると彼女はゆっくりと振り替えり、レイに視線を向けた。
その彼女を見て、レイは驚愕した。
彼女は両目から涙を流していたのだ。その表情には嬉しいような、悲しいような。とても複雑な、これまでに無いほど豊かな感情がのっていた。
レイは弱々しく笑った。「お前……感情が。いや、まぁいっか。やったな」
すると彼女は、レイに向けて初めて「ありがとう」と微笑んだ。
その姿は、もはや人形的な雰囲気など皆無。どこからどう見てもあどけない少女だった。
しかし、エステルは糸が切れたかのように、力無く崩れ落ちた。慌てて彼女を支えたレイは、そのまま彼女を背におぶって竜の巣を後にした────
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