第十話 「魔力の共鳴」

レイは倒れたエステルを見て慌てて駆け寄った。「お、おい…」

大丈夫か?と声をかけようとしたが、覚えのない痛みを感じ、レイは呆然と自分の手を見つめる。血が滲み、かすかな光を放っている。

魔力の痕跡だった。「くそ……また魔法が?」


周囲の空気が重く、静寂が支配的だった。エステルが静かに身を起こす。その動きにレイの体が本能的に反応する。

二人の間に見えない力が働き、互いに牽制し合うように少し離れた。まるで磁石の同極同士のように、強い斥力が働いているのをレイは感じていた。


沈黙が流れる。エステルの目には警戒の色が宿り、レイの顔には困惑の表情が浮かぶ。

これまで築き上げてきた関係が、一瞬にして危うくなったかのようだった。

「エステル?すまない……」レイは絞り出すように謝罪を口にした。


無意識とはいえ、彼女に向け魔法を放ってしまった事を悔やんでいた。エステルは無言のまま、じっとレイを見つめている。

二人の間に流れる緊張感は、まるで目に見えるかのようだった。

レイの手から漏れ出る微かな光と、エステルの体から発せられる剣のような鋭い雰囲気が、空気を震わせていた。


レイの突発的な魔法については前例がある。しかし、エステルが人を襲ったのは初めてなのだ。当然、レイは戸惑っていた。

もはやエステルの瞳から、先ほどまでの敵意は感じられない。しかし、これまで当たり前のように共にいられた距離が遠く感じられた。「お前。いったい、どうしちまったんだ?」


エステルは自分の両手を見つめる。「わかりません。しかし私はこの状況を理解し、克服しなければならない。でなければ、私は……」エステルの言葉が儚げにフェードアウトする。

その言葉にレイは思わず笑みを零した。

「俺を殺してしまうってか?まさかお前に心配されるとはな」


エステルは答えない。ただ森の静けさの中、二人は互いを見つめ合っていた。

言葉なく交わされる視線には、これまでの旅路で培った信頼と、突如現れた障壁への戸惑いが混在しているようだった。


レイは深呼吸をし、自身の魔力を抑えようとする。おそらく自然と消えるが、制御しようと努力した。

出来なければ今後は自分が彼女を〝壊して〟しまう可能性もあると、そう思ったからだ。


すると急にエステルが思い出したかのように言う。

「まずは、あなたの魔力の性質を理解する必要があります。何故なら、私が自分を制御出来なくなる前。私の体が〝何か〟に共鳴しているような感覚がありました。そして、それは。あなたの〝魔力〟である可能性が高いです」


レイは少し考え「もしかして……」と、ひとつの仮説が浮かんだ。それは、エステルがレイの魔力から造られた存在なら、同じ魔力と重なった時に共鳴、もしくは反発するのではないか?という事だ。

「なあエステル、お前は覚えているのか?自分が変化した時の事を」レイが確認するように尋ねる。


エステルは頷いた。「もちろん覚えてます。あなたに触れられた時、自分の体に不思議な力が流れてきました。そして変化が始まったのです」

そうだろうとは思っていた。だが、レイは〝それ〟を、一度もシッカリとエステルに確認した事がなかった。

心のどこかで、その責任から逃げようとしていた。


しかしエステルの発言は、彼女がレイの魔力により人型へと変えられた、という可能性を概ね肯定するものだった。

ならば、レイの考えた〝同じ魔力同士の反発〟という仮説の信憑性も高くなる。

だが同時にレイには別の疑問も生まれていた。

エステル自身が、人型に変化する過程を覚えているという事は、まだ剣である頃から彼女に意識があった事にならないか?という事だ。


しかし、今はそこを考えても仕方ない……と、レイは今回の件についての持論をエステルに伝える。

「ひょっとして〝磁石〟みたいなもんかもな」

エステルが首を傾げる。「磁石?」

「そう。お前は俺の魔力から出来たとして、というか多分そうだ。そこで俺と同じ魔力を持つお前は、俺が発した魔力に共鳴、反発して吹き飛ばされた。つまり俺とお前は同じ極性の磁石みたいなものだ」


エステルが納得したように答える。

「なるほど、私の材質は鉄だと思ってましたが磁石だったのですね。確かに鉄だったら引き寄せられたはずですから」

「そうじゃない。磁石はあくまで例え話だ。俺が持つ凄いかもしれない魔力を、鉄が引っ付くちっぽけな磁力みたいに言うな」

「言ったのはあなたです」

「それは、お前の解釈違い……」


不毛な言い合いをしながら、やがてレイは矛盾を感じた。順番が逆なのだ。

エステルに殺されかけたから、レイの魔力が表に出たのは理解出来る。でも、それは彼女がおかしくなった後の結果にすぎない。


「いやまて。俺は、お前がおかしくなる前から何らかのの魔力を発してたということか?」

レイの質問に、エステルは淡々と答える。「私の異常は、あなたの魔力に反応して事なので、当然そういう事になりますね」


レイは軽く頭を搔いた。「それはまあ。そうなるのだろうが、俺は普通に歩いてただけだぞ?」

エステルがふと空を見上げ、一つの仮説を語る。

「あなたの魔力は感情と連動しているのではないですか?」

「うーん。確かにな。俺が色々考えて、不安になったりすると、魔力が不安定になるのだとしたら……その可能性も有り得る」

「では、落ち着くことを覚えてください」

「その言い方は、まるで俺が子供みたいじゃないか」


エステルが時おり見せる人間味が、最近のレイに色々考えさせていたのは間違いない。

つまり、誰のせいで感情が不安定になってたと思ってるんだ?と反論しようとしたが。「いや。そうだな……」とレイはその話に終止符を打った。


確かにこれは魔力や感情をコントロール出来るようになれば済む話かもしれないし、そうじゃないかもしれない。

どの道、目的地であるミストヘイブンに行き、魔女と呼ばれる者に会う事が出来れば、様々な問題解決への糸口になるだろうと、レイは旅を急いだ。


「さあ、行くぞ!もう少しでミストヘイブンだ」


エステルが無言で頷く。二人はそれぞれの目的を得て、再びミストヘイブンへと歩き出した。

新たな問題が浮き彫りになっていく中で、互いを信じ、前を向いて進む。この旅が、新たな局面を迎えているようだった。

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