第4話 出航

 予定の時間が来た。

 操船の殆どは人工知能が行う。

 「イオンエンジン始動」

 船体はゆっくりと動き出した。それは五十六が体感が出来るような事は無い。

 「宇宙船とは静かだな」

 多くの時間を海で過ごした男からすれば、物足りなさを感じていた。

 「艦隊の隊形は立体的に考える必要があるな。平面で良かった海とは違う。どちらかと言えば、飛行機の編隊に似ているか」

 五十六は輸送船団を囲むように駆逐艦を配備して、旗艦を殿に置いた。

 「軽巡に装備される警戒システムの一つが小型無人偵察機か」

 これはロケットに近い物で、有視界外まで飛行し、必要な情報を獲得、再び、戻って来るだけの兵器だ。難しい誘導や通信をしない為、電子的な妨害などを受け難いようになっている。

 「高度な電子戦が全てのコンピュータと通信を阻害し、結果、古典的な戦闘に至る。何とも無様な未来だ」

 五十六はそんな思いを感じつつ、兵器の用法をしっかりと頭に叩き込む。

 

 艦隊はのんびりと目的地へと向かっていた。

 最初の寄港地ではドックに補修用の部材が納品される。

 そこは軍の宇宙ドックであり、港では無い為、艦隊が寄る事は出来なかったが、艦隊司令である五十六は通信艇にて、任務の報告へと上がる。

 「ご苦労。ヤマモト中尉」

 ドックの最高責任者であるクロダ技術大佐がもてなしてくれた。

 「ありがとうございます」

 「コーヒーでも飲んでくれ。酒を出したいところだが、生憎、こんな辺境な場所の宇宙ドックには物資が届かなくてね」

 「最前線に近いから仕方がありません。酒などに関しては私の方からも頼んでおきますよ」

 「ははは。君は気が利くね。今の時代、酒なんて言うと、嫌な顔をされる事もあるのに」

 「そうですか?酒は良いですよ」

 「ははは。女性にしては珍しい。最近の若い娘は酒なんぞ飲まず、電脳トリップだと言っているが」

 電脳トリップ。この時代、人間自体も電子情報のやり取りを直接、行うように電脳化手術を受ける。これにより、人は脳内にて、様々な電子情報のやり取りが可能になっている。ただし、これも電子戦においては危険が孕む為、軍内部においては使用が制限されている。

 「私は電脳が慣れなくて」

 五十六は笑って答える。慣れなくても何も、まだ、試してもいない。

 「ははは。私もだよ。あの頭ん中がゴチャゴチャする感じが慣れなくてね」

 「そうですね。しかし、ドック内は空きスペースがまったくありませんね」

 ここには6つのドックがある。日本のドックではあるが、基本的に地球連合軍の艦船は全て扱っている。

 「戦闘が激化しているみたいでね。さっき、連絡が入ったが、金星周辺でも数隻、破壊されて、こちらにえい航されるようだ。こっちは休みなしだよ」

 クロダは辟易したように言う。

 「なるほど・・・戦局は私には解りませんが・・・頑張ってください」

 五十六はその場を後にした。

 

 彼等は次の寄港地へと向かう。そこは水星の衛星軌道上にある補給基地であった。

 「あと5時間で到着します」

 合成音声がアナウンスをする。五十六は目を覚ます。

 基本的に一人で乗員する為、多くの時間は完全な自動操縦となる。元々、完全自立型の自動操縦装置なのだから、それ自体に問題など何もない。

 「コーヒーを淹れてくれ」

 五十六がそう告げると、右手の蓋が開き、中にコーヒーの入ったカップがあった。

 「寝ている間に問題は?」

 「皆無です」

 「静かな航海だな。このまま、任務が終わって欲しいよ」

 五十六が笑った時、電子音が鳴り響く。

 「警戒です。5時・13時の方角に重力異常」

 「空間に歪み・・・亜空間からの攻撃か。全艦に対潜用意」

 「対潜用意」

 「輸送船団を守るように駆逐艦を重力異常個所に移動」

 「了解」

 「間に合うのか?」

 五十六の不安は的中する。重力異常の地点からミサイルが現れた。

 それは猛スピードで輸送船団を襲う。

 駆逐艦二隻がミサイルに対して、迎撃を試みる。

 6発のミサイルの内、レーザー砲にて、3発が撃墜されるも、残り3発が輸送船団に飛び込み、1隻が轟沈する。

 「貨物船かしまのコアブロックの回収を完了しました」

 AIの報告を聞いて、五十六は微かに安堵しつつも、これが異次元潜水艦の攻撃かと納得する。

 「早いところ、敵潜水艦を何とかしないと」

 五十六がそう思っている間に駆逐艦2隻が異次元空間に対して、機雷攻撃を開始する。機雷は異次元へと放り込まれ、爆発する。幾つか種類があり、単純誘導型と人工知能搭載の高度誘導型、単純に爆発するだけの機能しか無い物だ。単純誘導型は熱や音などに反応して、目標に誘導される。高度誘導型は人工知能と様々なセンサーによって、自律的に動き、目標に向かう。最後は一切の誘導は無く、放り込まれてから時間等によって、起爆される。

 これらの使い分けは相手の電子戦によって、無効化されない為である。

 異次元における爆発によって、敵潜水艦が破壊されたかの確認は難しく、一定の機雷攻撃が終了した後、遠隔操作の異次元偵察機によって、確認がなされる。

 

 30分に及ぶ機雷攻撃が終わり、駆逐艦による戦果確認がなされたが、敵潜水艦の残骸などは確認されず、逃げられたと判定した。

 五十六は敵潜水艦が暫く、こちらの追い掛けて来るだろうと踏み、対潜への警戒の強化を命じた。

 それから二日の航海を経て、次の寄港地に到着する。

 「木星か・・・」

 巨大な茶色い惑星を見ながら五十六はラウンジで休憩をする。

 木星の衛星軌道上に作られたコロニー。

 ここで二日掛けて、荷物の積み下ろしとなる。

 部下達には休暇を与え、艦隊指揮官である五十六は荷物の積み下ろしの確認の為に港にて、待機していた。

 木星は資源採掘の為に多くの宇宙ステーションやコロニーが浮かんでいる。

 このコロニーもその一つである。

 ここは重要な拠点であり、防衛の為に地球連合軍の艦隊も駐留している。

 「ヤマモト少尉・・・いや、今は中尉か」

 そこに現れたのは同じ日本宇宙軍の女性士官であるクチキ中佐であった。

 「お久しぶりです。中佐は何故ここに?」

 「任務を終えたのでな。補給と再編成の為に寄港している」

 「最前線はどうですか?」

 「この間、フランスの艦隊が殲滅した。敵はかなり戦力を集中させているな。指揮命令系統が統一されていないこちら側の隙を突かれているよ」

 クチキは困ったような口ぶりで言う。

 「指揮命令系統ですか・・・未だにかつての国家間の利害に左右されているのが辛いですね」

 五十六は笑った。

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