第2話 現状把握

 6時間に及ぶ航行で五十六を乗せた駆逐艦は艦隊に合流を果たした。

 五十六は旗艦、重巡洋艦『まや』に赴いた。

 艦橋には艦隊司令部があり、そこには3人の艦隊司令要員が待っていた。

 「ヤマモト少尉、参りました」

 まだ、慣れない少女の声に五十六は調子を狂わせながら、居並ぶ上官達に敬礼をする。

 「あぁ、かなり酷い負傷をしたと聞いたが・・・応急手当が間に合ったようだな」

 ここで最も上位の高官であるニシナ少将が心配そうに尋ねる。

 「はい。特に入院の必要性も無さそうなので、このまま、職務は続行です」

 「そうか。しかしながら、代わりの艦はすぐに用意は出来無いし、補助員として、他の艦に搭乗して貰うのも・・・正直・・・」

 この時代の戦闘艦は殆んど自動化されており、搭乗員は最低限しか乗り込む事は無い。特に小型の駆逐艦の場合、搭乗するのは艦長のみな事は多い。

 「そこで、君はこの艦隊の所属を離れ、一度、作戦本部へと預ける事にした」

 「了解しました」

 「命令書は追って、通達する。すぐに連絡船にて、後方へと向かい給え」

 口頭による命令を受けて、五十六はすぐに連絡船へと向かった。

 この世界において、当然ながら、電波等による超長距離通信技術は充分に開発されている。それこそ、亜空間を利用した通信技術もあり、通常の電波ならかなりのタイムラグが発生する程に遠く離れた場所ともリアルタイムに通信は可能である。しかしながら、高度に発達した電子技術は当然ながら、それらを傍受する事も可能であり、且つ、どれだけ発達した暗号技術も破られる事が前提であった。その為、結果的に多くの機密情報のやり取りは物理的に交流する事が最も安全であるとなり、現在において、通信の一部は連絡船などによって行われる事が多い。

 連絡船『しらとり』もそんな一隻であった。連絡船の多くは民間船を徴発した物や駆逐艦などの老朽艦を再利用した物である。『しらとり』も駆逐艦を再利用した物である。

 「船長のミヤシタ軍曹です」

 年老いた男が屈託の無い笑顔で五十六に挨拶をする。

 「ヤマモト少尉です。火星までお願いします」

 五十六も丁寧に敬礼を返す。そして、連絡船へと乗り込む。

 元々、駆逐艦なので客室はかなり狭い。だが、そこには後方へと移動する為に乗り込んだ将兵でいっぱいであった。

 「さすがに狭いな」

 限られた座席にぎっちりと鮨詰め状態になって皆が座る。

 イオンエンジンを焚きながら、艦隊から離脱する連絡船。

 この状況で三日間を過ごした。

 この間、何もすることも無く、退屈な時間を過ごす事になった五十六。

 だが、この時間により、五十六は朦朧としていた記憶や知識をしっかりと我が物にする事が出来た。

 

 600年前。

 地球は火星のテラフォーミングを成功させ、宇宙開拓の礎を築いた。すでに宇宙コロニーなども稼働させており、地球上から数十万人が宇宙へと送り込まれていた。

 しかしながら、地球上では経済格差や政治的軋轢、差別、宗教対立などが激化の一途を辿り、結果、第三次世界大戦と後に呼ばれる世界規模の戦争へと発展した。

 10年に及ぶ戦争の結果、地球は荒廃し、その荒廃した地球を助ける為に宇宙へと進出した人類が多くの犠牲を払いつつ、無理な開発を推し進め、僅かな期間で太陽系から外までも開発していった。

 地球は連邦制ながら、統一政府を樹立し、まだ、戦禍は絶えないながらも、初めて、地球全体の統治機構が生まれた。

 だが、それらは宇宙からの資源によって成り立つ危うい状況であり、その為に宇宙では多くの人々が危険と過重労働を課せられていた。

 これを地球と宇宙の差別構造だと捉える者が次々と発生し、宇宙民の独立を叫ぶ声が高まった。

 そして、それを推し進めた一部の宇宙コロニーの統治機関は宇宙統治機構なる組織を発足させた。それはただの政治団体に過ぎないはずだったが、僅かな期間で多くの支持者を集め、実質、地球から離れた冥王星付近の宇宙コロニー群による地球からの独立が発せられた。

 彼等はすでに人工知能による完全自動化の弱点を狙った。この時代、殆どの事において、自動化が施されていた。人間は働く事を全て放棄したように過ごし、ただ、生かされてるだけに過ぎなかった。

 ハッカー集団は地球連邦へのハッキングを始め、一瞬にして、全ての人工知能を破壊、または乗っ取りに成功したのである。

 これにより、地球連邦は完全な機能停止となり、地球や多くの惑星、宇宙コロニーおいて、社会活動が停止し、経済破綻や社会の崩壊が相次いだ。

 これが数百年に渡る戦争の始まりだった。

 地球連邦は人工知能を破壊され、ネットワークを敵に牛耳られた事で、宇宙のほぼ全域を宇宙統治機構に制圧される事になった。

 だが、地球連邦もこの事態にすぐに対応策を施した。同様に敵の人工知能、ネットワークに対しての攻撃を始め、防衛策として、人工知能やネットワークに人的な介在を増やし、一部が破壊、または乗っ取られても全体に被害が及ばないようにした。

 これは成功して、急激に拡大した宇宙統治機構に対して、反抗を始めた。

 これが五十六が乗り移った少女の持つ知識であった。

 理屈は不明だが、知識や記憶などはまるで自分の事のように思い出す事が出来た。同時に五十六の記憶も自我もしっかりと残されてる。

 「不思議なもんだ。新しい身体で新しい人生を始めるなんて」

 五十六はまるで夢でも見ているように全てを思い出し、笑った。

 彼が改めて、この時代の状況を把握した頃に、連絡船は無事に月へ到着した。

 「何もせずに三日間はさすがに厳しかったな」

 船乗りとは言え、ただの荷物扱いでの長旅は厳しかった。

 船から降りて、すぐに宇宙軍作戦本部へと向かう。

 作戦本部の施設は防衛設備も含めるとかなり広大であった。

 五十六に用事があるのはその中でも総務部である。

 「少尉、御活躍は聞いております。作戦本部からの通達で、修理の終えた軽巡洋艦『ながら』の艦長が命じられました。艦は第3ドッグにあります」

 「軽巡か・・・格上げって事か・・・所属艦隊は?」

 「第31輸送艦隊の旗艦であります。隷下に駆逐艦5隻と貨物船が10隻が配備されます」

 「なるほど・・・解った。まずは艦長を拝命してくる」

 五十六は第3ドッグへと向かった。

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