太平洋戦争から宇宙戦争に転生しちゃった提督

三八式物書機

第1話 ブーゲンビルに散る。

 1943年4月18日 ブーゲンビル上空。

 山本五十六は一式陸上攻撃機の座席にどっしりと座り、静かに目を瞑っていた。

 彼は軍刀を握りながら、恐ろしく落ち着いていた。

 「後方に喰い付かれた!」

 後部の機銃座の兵が叫ぶ。

 機長は懸命に機体を左右に旋回させながら、敵戦闘機の攻撃を避ける。

 山本機を護る為に6機の零式艦上戦闘機が必死に空を舞う。

 だが、3倍以上の敵戦闘機が襲い掛かり、誰がも絶望的であった。

 唯一の希望は山本機だけでもこの空域を脱する事。

 幸いにして、ここは日本軍の支配地域。逃げ延びれば、助かる可能性は圧倒的に高い。その為に自らを犠牲にしても、山本機を逃がす為に誰もが戦っていた。

 撃墜されていく味方機を後目に懸命に逃げる山本機。

 だが、それもいつまでも続かなかった。

 銃弾が一式陸攻の薄い外装を軽々と貫く。

 ここまでか。

 山本五十六は心の中で覚悟を決めた。

 敵は完全にこちらの行動を把握している。そして、完璧な襲撃だ。

 この状況で逃げられるとすれば、運に縋るしかない。

 この状況を生み出したのは自分の失態でしかない。ここで自分が死ぬのは仕方が無いが、自分と一緒に死ぬであろう部下達の事を思えば、すまぬとだけ思った。


 そして、一発の銃弾が山本五十六の頭を撃ち抜いた。

 意識はその時点で失われた。


 次に目を覚ました時、自分の身体が浮く感じがした。

 「なんだ・・・この気持ち悪い感じは・・・これが天国って奴か」

 五十六は身体を確認する為に手を動かそうとする。身体は何か厚い着衣に覆われている。そして、頭も全てを覆うようなヘルメットを被っている。

 「何だ・・・これは?」

 頭が痛い。多分、出血しているのだろう。何かが滴る感じがする。

 「ここは一体・・・」

 そこは真っ暗な狭い空間、そして、シートベルトで座席に固定された身体。

 「まさか・・・敵に捕虜にされたのか?」

 五十六は青褪めた。それは死ぬより悪い事だと思ったからだ。

 『現在、ナノマシンによる回復処置は8割を達成しました。心肺停止の危機的状況は脱しました』

 突如、合成音が耳元に響き渡る。

 「な・・・なんだ・・・この声は?」

 五十六は驚いて、飛び上がりそうになった。

 「一体・・・何が起きてやがるんだ?」

 五十六が冷静に周囲を見渡している時、不意に何かの記憶が蘇る。だが、それは五十六が知り得ている記憶では無い。まったく知らない少女の記憶だ。

 ヤマモト=イソロク=ナターシャ

 ローマ字表記ではあるが、自らと同じ名前を名乗る銀髪の少女。

 「女・・・だと・・・えっ?どうなってんの俺?」

 驚きながらも次々と蘇って来る自分の記憶じゃない記憶。だが、それによって、自分が何者なのかが、徐々に解ってくる。

 「そうか・・・ここは2943年なのか・・・やはり、あの時、死んでいたか」

 五十六は自らがブーゲンビルで死んだ事を理解した。そして、この身体は自らの末裔の身体である事も。

 「宇宙で戦争をしているとは・・・思いもよらなかった」

 彼・・・否、彼女が乗っているのは宇宙戦闘艦の一つである駆逐艦であった。

 小型の艦艇で、敵艦隊に肉薄し、ミサイルを撃ち込むのが主な役割の艦艇だ。艦艇と言っても主に一人で操作をする。この時代、大抵の事はAIが行ってくれる。人間の仕事は彼らに明確な指示を与えるだけだ。

 「敵艦隊に肉薄攻撃を仕掛けて、反撃に遭い、大破か。水雷攻撃ならよくある事だな。ほとんどの機能が失われているじゃないか。よく死ななかったな・・・いや・・・死んでいるのか・・・だから、私の魂が蘇ったか・・・なるほど・・・まさか子孫の抜け殻に入る事になるとわな」

 五十六は感慨深げに状況を冷静に分析した。

 ピーピーピー

 何か電子音が鳴り響く。それが非常用の通信機の受信音である事はすぐに解った。

 「識別コードJN113402・・・ヤマモトだ」

 受話器を取り、そう告げる。

 「識別コードを確認した。識別コードJN1042050のコンドウ少尉だ。無事のようで良かった」

 「救援か?」

 「あぁ、敵艦隊は退けたからな。死体回収で無くて良かったよ」

 「死ぬのはもうコリゴリだ」

 五十六は笑った。

 「何度も死んだような事を言うな。船体の方は外見から判断するにスクラップみたいだな?」

 「そのようだ。AIも動いていないから診断は不可能だがね」

 「生命維持装置は?」

 「非常用電源を使いながら、何とか機能している。これのお陰で助かったようなもんだ」

 「運が良かったな」

 「あぁ」

 「これより、ドッキングする。こちらに乗り移ってくれ」

 「了解」

 数分後。ブリッチが掛けられ、五十六は救援に来た駆逐艦『みなずき』へと移動した。そこにはみなずき艦長のコンドウが待っていた。

 「久しぶりだな。今回の海戦の功労者」

 「功労者?」

 コンドウに言われて五十六は頭を捻る。

 「水雷攻撃で敵の旗艦にミサイルを二発当てて、撃沈したんだ。敵艦隊を退ける事が出来たのもお前の一撃あっての話さ」

 コンドウに言われて、なるほどと五十六は思った。

 「しかしながら、敵の反撃を受けて、艦を大破させてしまったからな」

 「仕方が無い。駆逐艦なんて、消耗品だからな。命が惜しかったら、早く出世して、大型艦の指揮を執るべきだ」

 「なるほど」

 宇宙とは言え、全体的な雰囲気は海軍時代とまったく変わらないようだった。変わるとすれば、艦艇に乗っている乗組員が殆ど居ないという事だ。

 「これより帰還する。暫く、宇宙の旅を楽しめよ」

 彼はそう言って、艦橋へと戻って行く。五十六は駆逐艦内にある10人程度の座席がある客室に残された。

 「これが宇宙か」

 客室の壁面には外の光景が映し出されていた。

 そこから見る宇宙は五十六が海から見上げていた物より数倍、大きな印象がある。

 「こんな大海原で戦争してるんだ。人間って奴はどこまでも愚かだな」

 そうニヤリと笑ってしまった。


 艦隊へは推進剤や燃料を抑える為にイオンエンジンが用いられる。速度は遅いが、推進剤を用いないので、長距離航行には適している。6時間以上掛かる間に五十六は記憶を整理した。

 ヤマモト=イソロク=ナターシャ

 16歳

 まだ、子どもではあるが、1年前に宇宙軍士官学校を卒業している。3カ月前に駆逐艦艦長を拝命した。この時代になると電脳による学習技術が普及しており、12歳で大学の一般教養までを修得するのが一般的のようだ。そこから専門課程へと移り、概ね15歳で就労する。我々の時代でも12歳ぐらいから丁稚奉公や見習いなどになる子どもは居たが、専門教育となると20歳を超えるのが当たり前だった。

 五十六は時代の進歩に驚く。

 しかも、彼女の取り巻く環境において、人工知能と機械化が進み、大抵の事が自動化されている。ただし、数百年前に殆どの事を自動化した時、人間は堕落し、更に人工知能を悪用するという犯罪まで起きた事から、社会安定のために機械化について、一定の制限がなされたようだ。結果として、可能な限り、人間による労働、管理によって行われるようにする事が決められた。

 五十六はその歴史に嘲笑する。

 「なるほど・・・記憶を辿るだけでも愉快だが・・・私が死んでから千年もの間に凄いスピードで進化したもんだ。まさか、人が太陽系を出て、銀河系を支配するまでに至っているとはな」

 五十六は静かに自分を理解する為に記憶を辿った。

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