第6話 嵐の前

 五十六が輸送任務を終えて、火星への帰路へと着いた頃、地球連合宇宙軍の作戦本部は劣勢になりつつある木星の状況を打開すべく、新たな作戦を立案していた。

 「5本の作戦案が提示されたか」

 スタンレー提督は退屈そうに目の前に表示された作戦案を見る。それらは全て人工知能が与えられた作戦目標に対して、出した案だ。

 「まぁ、妥当でしょう・・・しかし・・・勝ち目がほぼ、無いですな」

 「現状で解っている情報だけでも、戦力不足です」

 「確かにな・・・AIには完全に否定されているが・・・だからと言って、やらないわけにはいかないだろう」

 「政治的な問題ですか?」

 女性将校が嫌味そうに言う。

 「人間的って奴だよ・・・我々がこうしていられる為にはやらなければならない事があるって事だ。残念な事だけどな。その結果がこれだ。無理を押し通しても戦争は勝てるもんじゃないって事だな」

 参謀長は笑いながら答えた。

 

 その頃、地球連邦軍技術開発本部では新たな兵器の試作機が完成していた。

 「ふむ・・・非人道的兵器と呼ばれても仕方がないな」

 技官の一人は笑いながら呟いた。

 「だが・・・ある意味でこの戦争に蹴りをつけるにはこれぐらいの事が必要なのでは無いかと・・・結論付けたのは上でしょ?」

 「そうだな。AIさえ・・・未知数だとした兵器の投入。それこそが勝利への鍵」

 「百年を超える戦争に終止符を打つためには血を流す必要がある。いつまでも交通事故並の戦死者を垂れ流しながら、大きな経済的負担を国民に払わせるべきじゃない」

 「ははは。いつの間に政治家みたいな事を?それとも、次の選挙でも狙っているのですか?」

 「いやいや・・・ただ、我々は長く戦争をし過ぎて、少々、麻痺しているのですよ」

 「麻痺?」

 「あぁ・・・戦争が当たり前だと思っている。こんな事は異常なのだ。我々はそろそろ、この異常に決着を着けて、地球と宇宙は再び、一つにならねばならない」

 「一つか・・・まぁ、今の地球の在り方を見ていると・・・将来は無い気がするがね」

 「宇宙独立機構の方が正しいと?」

 「そうじゃないかね?富と権力を奪い合っている地球のお偉いさん達を見ていたら、向こうの方が正しいように思えるよ」

 「あまり、下手な事を言うなよ。最近は政府批判をする輩は警察の秘密部隊に処分されるそうだぞ?」

 「警察の秘密部隊か・・・言論統制は民主主義を滅ぼすぞ?」

 「今の地球は民主主義の皮を被った独裁だからな。テイラー議長の3選目が確実らしい」

 「対抗馬になる政治家が次々と病死、事故死・・・逮捕・・・そして、マスコミは口を閉じた・・・誰も逆らう者は居ないって事かな?」

 「政界、財界・・・ほとんどが彼の飼い犬になっているからね。権力ってのは怖いもんだ。軍上層部も完全に彼に靡いている。反対派は全て、外されたからな」

 「俺らも気を付けないと・・・閑職に追いやられるか・・・下手したら、クビになって生活にも困る有様にされるぞ」

 「嫌だね・・・本当に・・・そうなったら、あちらに亡命するよ」

 「だな」

 そんな会話が巷では聞かれるようになっていた。

 地球は長年の戦争の結果、酷く、疲弊し、閉塞していた。

 テイラー議長は戦争を早期に集結をさせる為に強権的になり、結果として、彼の権限は次々と強まり、現状において、独裁に近い状態となっていた。

 だが、それは戦争を終わらせるという一点において、彼が支持されている為、長引く戦争における不満は国民の中では大きな不満となりつつあった。


 五十六はあまり世情に詳しくは無かったが、任務を終えて、僅かな休暇を得た時にその辺の事情を調べた。

 無論、元々ある知識でもその辺の事は理解がされていたが、控えめに言っても現在の地球の統治機構は最悪であった。長い間の腐敗政治が独裁を生み出していた。国民は長引く戦争に辟易し、反戦派が拡大しつつあったが、政府はそれを強く弾圧。宇宙独立機構を悪辣に喧伝する事で、一部の右翼主義を煽り立てている有様だ。

 「酷いもんだ。かつての日本を見ているようにも思うが・・・それより酷いか」

 五十六は自分が居た時代を顧みる。

 宇宙独立機構は宇宙の資源の大半を確保しており、地球側は圧倒的に不利であった。まさにアメリカに挑んだ日本と同じ状況であった。

 「この状況を打開する事は・・・難しそうだな。まぁ、アメリカとの戦争と同じで・・・講和をする為にどこかで勝利するだけか・・・個人的には反戦を唱えたいね。どうせ、戦争を継続させているのは一部の政治家と資本家だけだろうしな」

 五十六はつまらなそうに資料を閉じた。

 「頭にコンピューターが入っているのも変な感じだな」

 頭を摩りながら五十六は呟くが、実際にはナノサイズであるため、人体に及ぼす違和感はほぼ、無い。

 「しかし・・・こんなんでも他人に乗っ取られる可能性があるとすると怖いもんだ」

 事実として、過去には幾度も電脳が他人に乗っ取られた事件はある。最大限、セキュリティ面に力は注がれているが、やはり、いつ、技術的に乗っ取られるか解らず、最近では電脳化をしない人々も増加している。

 突然、メールが入った。

 「何だ?」

 基本的にメールなどを安易には開かない。

 通信用端末を開き、安全を確認した上で開く。

 「作戦本部からか・・・新しい任務でも決まったか」

 基本的に五十六の立場では上から命じられた作戦を実行する事だけが求められる。彼が考えるのは如何に作戦目標を達成するかだけだ。

 作戦自体をメールで送る事は少ない。基本的に漏洩を恐れて、記録媒体、紙媒体で送られてくる。つまり、このメールを受け取ってから数日後にしか内容を確認する事が出来ないのだ。

 「まぁ・・・休憩には丁度良いだろう」

 五十六は暇潰しに船から降りて、散歩する。

 勉強を最優先にした為にこうして、ゆっくりと街の様子を眺める事は無かった。

 思えば、ここは宇宙空間の中で、全てが人工の街なのだと五十六は思った。

 「不思議なもんだ」

 人工的に重力が作られているとは言え、まるで地上のように普通に歩けると思った。宇宙船も通常航行の時は回転機動を行い、船内に人工重力を生み出しているので、同じ原理なのは解っている。

 「だが・・・食い物は不味いな。全てが合成物か・・・そうだとしても、もっと旨く作れそうな気もするがな」

 イマイチ、味気の無いハンバーガーを片手に五十六は整然とした街並みを歩いた。

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