第14話 空母

 五十六は久しぶりの地球の光景を眺めた。

 山本五十六が死んで遥か先の世界。彼が知っている光景など殆ど残ってなど無い。

 「新潟も同じかね」

 故郷を想いながらも時間的にそこを訪れる事など出来ない事を残念に思った。

 「宇宙を進むより地上を移動する方が時間が長く感じる日が来るとはね」

 五十六は笑いながら、宇宙エレベーターに向かう電車に乗った。

 電車から見える景色は街から外れ、田畑が見える。

 すでに農耕の多くは無人化と自動化が進んでおり、田畑に人の姿などなかった。

 無人で動き回るトラクターなどに五十六は違和感を受けながら再び、宇宙へと向かう。

 

 すでに生産された有人型戦闘機『TYPE032』が火星の静止衛星軌道上に浮かぶ宇宙コロニー『オオサカ』に並べられていた。

 それらを眺める若い男女の中に空挺隊のトーマスの姿もあった。

 「操縦方法はパワードスーツと同じってか・・・パワードスーツがコアになっているのか?」

 トーマスは戦闘機のマニュアルを眺めながら呟く。

 TYPE032はパワードスーツをコアにしている。考え方としてはパワードスーツの拡張パックみたいな造りだ。その為、戦闘機として、敵艦や宇宙コロニーに接舷した場合、本体を切り離して、パワードスーツのみとなり、行動する事が可能になる。

 「おいおい、防御力はほとんど無いぜ。こいつは棺桶みたいなもんだな」

 誰かが冗談半分に言った。だが、トーマスは笑いながら返した。

 「俺らが普段、乗っている強襲艇だって、似たようなもんだぜ。今更だよ」

 それで笑いが更に起きた。

 そうしている間に開発したチームの責任者が現れる。

 「君達はこの新たな兵器のパイロット候補として選ばれた。基本的にはAIがやってくれるが、操縦そのものは君達の脳とリンクして、動かして貰う事になる。この辺はパワードスーツで慣れていると思います」

 彼の説明はここにいる殆どの者が退屈になるぐらいに当たり前の事だった。

 レクチャーが一通り、終わると、彼らは用意された機体に乗り込んだ。

 まだ、試作機のナンバーのままの兵器だが、すでにロールアウトされ、実戦配備される直前の完成品だ。新車の匂いが操縦席にした。

 「ピカピカだぜ」

 トーマスは嬉しそうに真新しいパワードスーツに乗り込む。パワードスーツも消耗品とは言え、兵器だ。大体、使い回される。真新しい機体に乗れるのは僅かな事だった。

 「俺らが普段、使っている旧型とは全然、違う。フィードバックが早い。これだけでもうれしいぜ」

 トーマスは新しい玩具を与えられた子どものようにはしゃぐ。

 彼らはこれから2週間を掛けて、慣熟訓練に入るのであった。


 五十六は奈良に移動して、軌道エレベーターの発着場から宇宙港へと上がった。

 その間に彼には新しく編制される戦闘機部隊の情報が入った。

 「なるほど・・・機体はまだ、試作名称になっているな。ふん・・・もう、有人型戦闘機が使われなくなって、100年以上経つんだ。今更、前の機体番号を継承する必要もないだろう。レイ型戦闘機って名前にでもするか」

 それは単なる遊び心であった。自分が現役の頃に主力であった零式艦上戦闘機を想い出しながら、彼はそれを軍にレポートとして、報告書を書き始めた。

 五十六が宇宙へと向かうまでに調達されたのが、建造中の大型貨物宇宙船であった。民間企業が建造中であったが、資金難の為、放置された物だ。解体される予定であったが、五十六の計画の為、動いていた軍の兵器局がこれに気付き、買い取った。貨物宇宙船をベースにかつてあった空母の技術を投じて、造船が急かされる。結果的に新たな空母が僅か1カ月という急ピッチで仕上げられた。

 

 その間。五十六は新たな艦隊の指揮を執っていた。

 彼に与えられた新たな艦隊は重巡洋艦3隻。軽巡洋艦5隻、駆逐艦20隻、その他支援艦24隻という大艦隊であった。

 第232機動艦隊とされ、単独で作戦行動が可能なレベルであった。

 五十六は空母の整備が終わるまでの多くの時間を費やし、彼らに空母艦隊と言う長らく無かった概念を叩き込む事にした。それは前の人生の時にも行われた事だった。

 「まぁ・・・真珠湾以降・・・未成熟のままだったがな」

 演習を俯瞰で眺めながら、五十六はニヤリと笑った。

 

 そして、五十六が待ちに待った空母の偽装も終り、引き渡しの日がやって来た。

 五十六は地球衛星軌道上の宇宙ステーションに回航された空母を前にした。

 「これが『ホウショウ』か・・・」

 新たな空母の名前は日本が最初に空母として建造した鳳翔の名を与えた。建造経緯からすれば、大きく違うわけだが、それでもこの時代、唯一の空母であるため、五十六はこの名前に拘った。

 そこに戦闘機開発の担当者がやって来た。

 「ヤマモト少佐、おめでとうございます」

 「あぁ、これは大変な仕事をさせましたね」

 五十六は会釈をしながら労う。

 「本当ですよ。これまで全く無かった兵器ですからね。部材調達から、製造ラインの確立までよくこの短期間で出来たもんだと思います」

 彼は笑いながら言う。事実、製造現場の多くが無人化されているとは言え、全く、新しい物の製造となれば、相当に苦労するものだ。

 「しかし、私の想像に近い戦闘機と優秀な人材を手に入れた。これでようやく拮抗する戦局に穴が開けられるかと思いますよ」

 「そんなもんですかね?」

 「ははは。まぁ、これだけでは足りないかもしれませんが、私には必要なんですよ」

 五十六はそう言って、空母に乗り込む。

 因みに五十六は艦隊司令官なので、この艦の操艦はしない。艦長はミフネ大尉が行う。艦隊司令席には参謀の座る席が二席あり、その中央には戦局を俯瞰的に見る事が出来る立体像ディスプレイが設置されている。艦隊司令席の前には艦橋があり、艦長席と副艦長席が設けられている。

 参謀としてマルティーニ中尉とモーリス大尉が乗り込む。更に搭載機が43機あり、その為の要員として65人が乗り込む。かなりの大所帯が生活をする為に船内に多くの居住空間も設けられた。結果として、他の戦闘艦艇に比べて、空母は倍に近い大きさとなった。

 ミフネ大尉は艦橋で色々と操作をする。

 「艦が巨大ですから、推進剤を使用しての加速には相当な限度がありますね」

 ミフネはデータを分析しながら、この艦の扱いを五十六に説明する。

 「元々、空母は大飯ぐらいだからな。まぁ、アウトレンジからの一撃がこの艦の特徴だ。あまり速さは必要としない」

 五十六はそう切り捨て、笑う。

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