第16話 地球連邦軍の躍進

 五十六が考案した有人型小型宇宙船による肉薄攻撃は宇宙統治機構軍に大きな衝撃を与えた。宇宙統治機構は最初にハッキングによって、人工知能を含む全てのコンピューターに対して攻撃を仕掛けた経緯がある為、自らもコンピューターの使用を控えていた。しかしながら、五十六のように有人型小型宇宙船による肉薄攻撃にまでは至っていなかった。

 そもそも空母自体、ミサイル、ドローンなどの発展により、人類が宇宙へ進出する前に廃れてしまっていた。宇宙時代の空母はあくまでも輸送船的な意味合いが大きく、五十六のように積極的に活用する事は考慮されていなかった。

 五十六の空母運用は閉塞感のあった宇宙海戦において、新たな波を起こした。この事を知った両軍は即座にそれを新たな武器として我が物にしようと動き出した。

 

 五十六はそのような動きに対して、冷ややかであった。

 確かに空母は宇宙における戦闘において、大きな利点を活かす事が出来たが、欠点も多いと感じていたからだ。空母はあくまでも選択肢の一つであり、それに頼るべきじゃないと考えていた。

 五十六の艦隊は整備の為に木星の静止衛星軌道上に置かれた宇宙コロニー『エリア31』に居た。

 ここは軍事用に建設された宇宙コロニーで居住者は軍関係者しか居らず、機能の多くは宇宙港とドッグであった。大型艦を複数、同時に重整備が可能で、地球連邦軍の拠点となっていた。

 艦隊の整備と補給が行わている間に五十六は総員を労った。

 特に最も危険だと思われる任務に就く小型戦闘艇の搭乗員を労う。

 久しぶりの宴に羽目を外す彼等にやれやれと言った感じで付き合う五十六。

 こんな時代に危険と隣り合わせの任務に就くだけあって、なかなかの強者たちだなと五十六は頼もしそうに眺める。

 

 この間にも事態は進んでいた。

 地球連邦軍は突破口を開き、橋頭保を確実なものにする為、戦力の多くを費やした。激戦が続き、双方に多くの損害が出たが、地球連邦軍の思惑は成功し、宇宙統治機構軍は大幅に後退を余儀なくされた。

 地球連邦軍は久方ぶりに太陽系外へと進出を果たしたのであった。

 この大戦果にこれまでジリ貧だった地球連邦では大きな騒ぎとなっていた。

 人々はこのまま、反逆者である宇宙統治機構を駆逐するべしという論調が激しくなり、地球連邦政府もそれに呼応するように軍の増強に乗り出した。

 

 「困ったな」

 僅かな休息もあと少しとなった五十六はニュースや軍内部の噂を聞きながら困惑していた。

 五十六は地球連邦はこの戦争に勝てないと判断していた。

 理由は簡単はかつての日本と同じだ。圧倒的な物量の差だ。

 相手には地球のように居住可能な惑星が無いのだが、太陽系を遥かに上回る星域を領土としている。その中には多くの資源が眠る惑星もある。現状では開発の為の資金と人材が不足している為に手つかずになっているだけだ。

 多くの宇宙ステーションが建設され、人口では地球連邦を上回っている。その中で経済は発展を続け、すでに停滞している地球連邦とは大きく違うのだ。

 このまま、戦争が続き、宇宙統治機構の軍備が揃い始めれば、多分、勝ち目はないだろう。その前に有利な条件で停戦を結ぶべきなのだ。これはかつての日本でも論じられた事だ。

 だが、そんな簡単にいくはずが無い。それは歴史が実証されている。日本は結局、戦争を上手く終わらせる事は出来ず、最後はソ連の介入まで及んだ。それは長らく、歴史の上で喉に刺さった刺のようになっていた。

 「この戦争はあの時に比べて、構造は簡単だ。今度こそ、止めなければな」

 五十六は深く考え込みながら、熱い珈琲を口にした。


 地球連邦軍の増強は即ち、疲弊した経済に打撃を与える事だった。しかしながら、一時的にせよ、製造業は好況を示し、人々はまやかしの好景気となった。それに伴い、戦争への期待が大きくなり、若者の軍への志願が増えた。

 五十六の功績は大きく喧伝され、多くの人々は彼女を英雄と讃えた。

 それは前線に居る五十六にも聞こえていた。

 「嫌なもんだな」

 五十六は艦隊司令部で呟く。それを聞いた副官のシュナイダー少佐は不思議そうに尋ねる。

 「何か気になる事でも?」

 「いや・・・地球で英雄なんて呼ばれているみたいでね」

 「ははは。良いじゃないですか。現在、地球連邦軍が展開している作戦の多くは成功しています。それも全てはあなたの功績だと考えられます。英雄と呼ばれるぐらいは仕方がないでしょう」

 「悪いが・・・そんな器じゃなくてな」

 五十六は溜息を漏らす。このまま、戦争が続けば、多分、自分は更なる激戦に投じられるだろう。英雄と言うのはそんなもんだ。勝てば、名声が上がり、死ねば、弔いとばかりに士気が上がる。すなわち、英雄とは戦争の為の生贄のような存在だ。

 軍神と呼ばれたかつての名将達も同じ気持ちだったのだろうかと考えると、やるせない気持ちになる。

 「それより司令。新たな命令の件ですが・・・」

 「あぁ、そうだったな。戦術AIに通したのか?」

 「はい。B案が最も成功率が高いと出ています」

 「情報量が少ないからな。あまりあてになる話では無いか」

 幾ら優秀な人工知能でも情報量が足りなくては出される結果には穴が出来る。五十六が現役の時代からすでに情報が戦争の多くを決定する重要事項だ。それはこの未来においては更に重要度は増し、秘匿する為に様々な技術が高まり、容易に知る事は出来ないでいた。

 つまり、ここで人工知能が出した答えを安易に信じる事など出来ない。地球連邦軍が負け続けたのも結果的に人工知能の答えに従ったからだ。敵も当然ながら、同様の人工知能を有している。地球連邦軍が選択した答えを知った上で対策しているのだから、勝てるに決まっている。しかしながら、それが解った上でも地球連邦軍はどうする事も出来なかったわけだ。

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