第18話 アイドル

 小競り合いが続いている中、五十六は地球連邦軍本部へと来ていた。

 連日の会議に駆り出され、疲労感の為、気絶したように眠っていた。

 3時間程度、眠った所で目が覚めた。

 「ふぅ・・・これだけ通信技術が発達したと言うのに・・・」

 五十六が戦った太平洋戦争では無線技術はまだまだ未発達であった。長距離通信をするにも大規模な通信施設、設備が必要となる上、傍受される可能性は高く、尚且つ、暗号化技術も低い為に傍受されてしまえば、敵に情報が奪われる事は覚悟しなければならない。その為に古典的ながら、伝令や伝書鳩なんて物が当たり前のように使われていた。

 これだけ未来になれば、空間的な移動など不要かと思っていたが、まさか、遥か数千万キロを超えて、移動する羽目になるとは思わなかった。

 「しかし・・・これ以上、勝って、敵の資源などを奪えとは言いつつも・・・そう、簡単なもんか。敵だって、敗北した事を研究して、対策してくるだろう。あの戦争のアメリカのようにな。・・・あの真珠湾だって・・・正直、アメリカに誘い込まれたんじゃないかと俺は思っているぐらいなのに・・・」

 太平洋戦争の記録は何度も見直した。

 無論、当時の記録は曖昧な部分も多く、憶測な評論などもあるが、記録と照らし合わせても、日本はアメリカに誘い込まれたとしか思えなかった。3年なら勝てると息巻いて挑んだが、最初から負けていたんじゃないかと五十六は思っていた。

 まぁ今更、昔の事を振り返ってみても意味などが無く、あの時はあの時でやれる限りはやったと思っている。だが、後悔が無いわけじゃない。多くの将兵が戦って死んだわけだし。結局、止める事が出来なかった大和型戦艦もほぼ、有用に使う事は出来なかった。3番艦に至ってはまともに出動する事なく、潜水艦に沈められる有様。

 自分が死んだ後の戦争を知れば知る程、早々に散った自分がどれだけ罪深いかを感じさせる。

 振り返って、現状である。

 立場があまりにも弱いので強気な発言は難しいのだが、はっきり言えば、旗色の悪い戦争を相変わらずやっている。

 まともな民主主義政権なのだから、もっと理性的なのかと思ったが、衆愚極まれりと言うべきか。政治家の多くは腐っているとしか思えなかった。権力と私腹を肥やす事ばかりに目がいっており、戦争はその道具でしか無いと言う感じだ。まぁ、地球に降りてみて、解ったが、地球は何とも平穏な雰囲気だった。

 宇宙であれだけ激しい戦争が行われているにも関わらず、人々はまるでそんな事を知らぬように過ごしていた。ある意味ではかつての日本とは違うのだろうと思ったし、否、かつての日本も確かに開戦してからも確かに、不況などで苦しいと感じさせる部分はあっても、格別に厳しいと言う状況では無かったはず。結局はそれが国を戦争へと走らせることを国民が受け入れる事になる下地なのだ。

 五十六からすれば、仮に地球連邦が敗北すれば、この生活がどうなるか。

 宇宙統治機構からすれば、地球の民は放漫だとしている。

 そうだろう。自らの生活を省みず、宇宙に資源と労働力を求めているのだ。

 敗北すれば、地球への資源輸送は制限されるだろう。現状において、宇宙の民への資源は足りてない所が多いのだ。特に食糧生産においては限られた水、空気を用いて生産しているのが実情の宇宙では貴重であった。宇宙統治機構からすれば、地球はもっと食糧生産に力を入れるべきだと言っている。

 五十六もそう思った。

 地球は環境破壊を理由に人口を大幅に制限した。尚且つ、農水産業も制限している。何でもかんでも環境破壊を口にして、自らの義務から逃れているのだ。その癖、地球に残った人々はまるで特権階級であるかの如く、振る舞っている。

 五十六は何度か政治家と話をしたが、どいつも気に入らなかった。

 口を開けば、環境破壊、環境破壊。

 どれだけ、人類が宇宙へと進出しても結局、地球程に自然の溢れる惑星は無い。だからこそ、守るのだと。

 確かに環境破壊は良く無いと思うが・・・五十六からすれば、口当たりの良い言葉でしか無かった。

 会議が終わり、宇宙エレベーターのある場所へと飛行機で向かう事になっていた。

 会議のある東京へと向かう際も飛行機に乗ったが、前世の最期が飛行機で撃墜されただけに少々、気分の良い感じでは無かった。

 不機嫌そうに座っていると、隣に一人の青年が座った。

 「不機嫌そうですね?」

 彼はそう声を掛けて来た。少女の姿になり、稀にナンパに遭う。確かに自分の姿はそれなりに美しいと思った。まぁ、前がおっさんなのだから、雲泥の差である。だけど、普通に見ても美少女の類であろう。それは悪く無いと思った。しかしながら、おっさんである事は間違いが無く、とても男相手に恋愛をしようなんて思う事も無かった。

 「別に・・・」

 素っ気ない態度で返してしまうのもその顕れである。

 「ははは。私はエリック=J=ファーマスと言います。隣り合ったのも何かの縁です。一つ、お見知りおきを・・・ヤマモト殿」

 彼の言葉に五十六は驚いた。

 まだ、自己紹介もしてないのに名前を呼ばれたのだから。

 はっきり言えば、警戒すべき状況であった。相手は最初から狙って、隣の席に座ったのではないか?そう思うべきだからだ。

 「なぜ・・・私の名前を?」

 五十六は少し、訝し気にエリックに尋ねる。すると、その雰囲気を察したのか、エリックは慌てて、端末を開き、空中にディスプレイを投射させる。するとそこに再生された動画には五十六の姿があった。

 「あなたは戦果を挙げられた有名人ですよ」

 それを聞いて、五十六は呆れた。軍は知らぬ内に自分をプロバガンダに利用しているのだ。エリックに聞くと、まるでアイドルのように扱われているようだ。道理で、政治家などが近付いてくるわけだと思った。

 「私は通信社に勤めているので、ぜひ、お近付きになりたいと思ってたんですよ」

 五十六は差し出された名刺を手に、嘆息した。

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