第19話 不愉快な昇進

 五十六は不愉快だった。

 知らぬ内にアイドル的な扱いをされている。

 まるで自分が戦争を率先して進めているようだ。

 冗談じゃないと思った。

 戦争など、やらない方が良い。

 平和ボケで誰も戦争の悲惨さをまだ、知らないのだ。

 負ければ、全てを失うものなのだ。

 負けると思って、戦争をする奴は居ないと言うが、冷静に分析すれば、勝てるか勝てないかなどすぐに解るものだ。

 そんな五十六の元に新たに昇進の話が舞い込んだ。

 あまりに早い昇進だ。しかも今回はまだ、戦果だって挙げていない。

 「大佐か・・・」

 少佐から今度は大佐へと二階級特進だった。理由は艦隊を指揮するには少佐では不十分であるからと。だが、思惑としては軍は自分を戦争の英雄か軍神にでも据えるつもりだと五十六は思った。

 この調子で行けば、1年も経たずに将軍にさせられるだろう。何の実権も無い飾りの将軍に。

 「どうせなるなら艦隊総司令官にでもならないとな」

 かつて、自らが軍を動かしていた事を思い浮かべる。それは彼の中ではまだ、1年も経ってない事だ。

 

 太陽系外への橋頭保を手にした地球連合軍の功績とは裏腹に連邦政府では大統領をはじめとした大臣達が沈痛な面持ちで会議をしていた。

 AIがシンビラギティポイントを越えた時から法的に政治にAIが介入する事は禁止されていた。無論、情報を整理するなどはAIに頼るが、重要な意思決定などをAIに頼り切るのは危険だという事からの危機意識からだった。

 しかし、その考えは僅かな期間で風化し、政治はAIに頼り切る事になってしまった。政治家の多くはただ、AIの決定に賛同するだけの存在となり、多くの政治家は自らの職業を守る為に有権者に媚びを売るだけの存在と化していた。

 そんな彼らに突き付けられているのが、敗戦であった。

 当初、戦争を開始した時、AIは勝利を導き出していた。だから、開戦に誰もが疑問を持たずに賛同したのだ。しかし、戦争が進むにつれ、AIの考えは変化を続け、最終的に敗北を導き出し、敗北後の案を提示して続けていた。

 敗北すれば、当然ながら、地球連邦政府は宇宙統治機構に屈服する形となる。AIは完全なる敗北前に休戦を提案し、有利な状況を導き出す必要があるとしていた。

 五十六による勝利はその条件に合致していた。今なら宇宙統治機構は休戦を受け入れる可能性が高い。AIもその可能性を高く評価していた。

 政府は当然、この決定に従って、休戦を選択するはずだった。

 しかしながら、与党幹事長からの圧力があった。

 今回の戦果を大々的に国民に喧伝した所、国民は熱烈に軍を支持し、より多くの戦果を求めたのだ。経済的に停滞している国民達は宇宙を不当に占拠する宇宙統治機構の排除を求めていた。

 与党幹事長は選挙対策として、戦争の継続を望んだのだ。この圧力に政府は屈した。AIはこの先の事は悲観的なデータした提示してないと言うのにだ。

 

 無謀な賭けに地球連邦政府は出ている事など、実は誰も知らない。地球連邦政府が用いるAIの情報は国家機密となっており、尚且つ、法的にAIの活用は規制されており、特別な許可を受けた個人、団体のみしか、政治、行政に関する事をAIに考えさせてはいけない事になっている。すなわち、AIの能力が人間を遥かに超え、その考えは人間を容易に左右させるからであるからだ。

 そんな状況などとは五十六だって知らない。彼自身は早急に休戦をして、政治的に決着をするべきだろうと思っていた。このまま、戦争が続けば、きっと酷い事になるに違いない。それこそ、かつての大戦で五十六が僅かにしか想像をしていなかった沖縄戦や本土爆撃・・・そして原爆投下。

 戦争の結末は最悪の結果まで含めて、考えないといけない。もし、宇宙統治機構が地球の民の皆殺しを選択したとすれば、それもあり得るわけだ。始めてしまった戦争を止めるのは難しい。だが、やらねば、どっちにしても不幸な結末しか無いのである。

 五十六は自分にその力が無い事に前世から悔いていた。

 所詮は軍人。政治家では無いのだ。

 戦争はあくまでも政治の最終形態。政治家が決める事であり、軍人はただ、従うだけなのである。

 だとすれば、自分が政治家になれば良いのかと思うが、民主主義政治とは数が力だ。例え、今、自分が一政治家になったとして、同じ考えを持つ同志を政治家の中で増やす事など出来るだろうか。仮に出来たとして、それには何年を費やす事なのか。その間に戦争はどう転ぶか。

 五十六は深く悩みつつも、自分に出来る事をやるしか無いと諦めた。


 五十六は一カ月ぶりに艦隊に復帰した。

 その間、艦隊は訓練を続けていた。

 大佐となった五十六は練度が高くなっている事に驚く。

 特に空母と戦闘隊は新たな戦術を編み出し、より効果的に攻撃が仕掛けられるまでになっていた。

 多分、これから彼等を率いて、より激しい戦域へと投じられるだろうと五十六は思いながら、一人でも多く連れて帰られる事を願った。

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