第20話 人工知能と人

 五十六の前には艦隊司令部の面々が並ぶ。

 人種も性別も年齢だって、関係が無く並ぶ姿に五十六はまだ、慣れない。

 参謀はミシェル大佐だ。同じ階級ではあり、現在の五十六よりも10歳は年上であろう妙齢の女性だ。その経歴は優秀で軍人と言うより、官僚に近い雰囲気だ。

 「艦隊司令。現況の説明です」

 彼女の指示で手元のタブレットに資料がダウンロードされる。

 「ふむ・・・確認されている敵戦力だけでも3倍近いな」

 五十六は溜息混じりに資料を読む。

 「作戦本部からは敵が攻勢を仕掛ける前にこちらから仕掛け、戦線を維持する作戦が送られてきています。その為に増援がこちらに送られてきています」

 「妨げるか・・・失敗して、戦力を多く失えば、むしろ、相手に好機を与える結果になりそうだが・・・。増援の艦隊を合わせても敵の半分にも満たない。あくまでも時間稼ぎって事だな。この後の作戦本部の考えは?」

 「こちらには来ていません」

 その言葉に五十六は再び嘆息する。

 作戦本部が考える事はかなり消極的な戦略だ。敵の攻勢を一時的に遅らせるだけで、その後の策などありはしないのだろう。仮に今回、作戦が成功して、時間が稼げたとして、今後、それを続けるだけの体力が地球にあるとは思えない。

 「消耗戦になれば、我が軍の負けは濃厚だな。ここで失われる戦力と物資が勿体ないとは思うがね」

 五十六は全員の前で嫌味っぽく言う。それに同調して、笑う者も居れば、不機嫌な表情をする者も居る。これだけでもどいつが何を考えているかは解る。

 「まぁ・・・いい。勝たずに敵を消耗させれば良いんだな?ならば、手もある」

 五十六はニヤリと笑みを浮かべながら、席を立った。


 警戒艦隊が敵の動向を探る。

 五十六達に与えらた任務はあくまでも敵の動きに合わせたものであり、敵が動かない限りは意味が無い。

 五十六は偵察に出した警戒艦隊に対して、強行偵察を命じた。

 敵に可能な限り、近付き、場合によっては戦闘も許可し、より多く敵の情報を得るのだ。これは偵察の意味もあるが、敵を動かす為の威嚇のような意味もある。

 軽巡1隻と駆逐艦5隻が推進剤を噴きながら、超高速で敵の支配宙域を突き進む。

 当然ながら、敵は早期警戒システムでこの状況を把握する。こちらはその電波情報やシステムの設置場所などを着実に把握する。

 まだ、敵は出てこない。警備艇程度ではこの艦隊に勝てないのは解っているので、今頃は慌てて、常駐艦隊を動かしているのだろうか。それにしても動きは鈍い。

 艦隊指揮官は冷静に周囲を見渡す。光学センサーが常に目を光らせている。

 「この辺が潮時か・・・回頭して戻る」

 艦隊は大きく左に旋回しながら、帰投を始める。その時だった。

 『ミサイル接近。迎撃します』

 自動迎撃システムが作動する。長距離から高速で接近するミサイルに対空ミサイルが発射され、次々と撃破する。

 「かなり遠距離からの発射だったな。相手はこちらの様子を窺っているのか?」

 無駄な攻撃には意味がある。相手もこちらの出方を窺っているのだ。艦隊指揮官として、それを考慮した上での行動が求められる。

 「更に敵を攪乱し、誘き寄せる。回頭して、敵艦隊の鼻先で一斉攻撃。敵を撃破するつもりで行動せよ」

 僚艦にそう告げ、更に推進剤を噴く。

 

 この動きに驚いたのは敵艦隊だ。てっきり偵察だと思って、追い払うつもりの攻撃だった。敵の観察を続けていると、敵艦隊が回頭を始めた。こちらとまともに戦うつもりだ。戦闘になれば、こちら軽巡1隻に駆逐艦3隻。僅かばかり、数に不利があった。それを狙われたのかとこちらの艦隊指揮官は感じ取ったが、今更、遅いと思い、敢えて、迎え撃つ事を決定した。

 戦術型人工知能が戦術を提案する。それをチョイスするだけで艦隊の陣形から行動までが決まる。無人兵器でも構わないのでは無いかと思わせる事は多々あるが、大抵の事は人間が介在するよりも機械に任せた方が早く、的確なのだ。

 だが、そこに落とし穴がある。

 機械は決して、勝負しない。

 一定の確率で敗北が濃厚な場合、中止、または退避を決定する。不必要な捨て駒はしない。それが機械だ。すなわち、ここで提案された案は撤退だった。

 たかだが偵察程度の相手と戦闘をして、被害を出すのは得策じゃないと人工知能は指揮官に提示する。

 「撤退する。敵艦隊に構わうな」

 一度は交戦を決めた指揮官だったが、即座に退避行動が始まる。それを見て取ったのが、警戒艦隊の方だ。彼等の人工知能も積極的な戦闘を回避している。当然だろう。偵察任務という性質を考えるなら、損害が拡大する可能性のある戦闘は回避すべきだった。だが、それを指揮官は無視した。それは五十六の言葉によるものだ。

 五十六は指揮官達に訓示を出している。その中で、「指揮官たるもの、全ての決定は自らが行うべき」があった。

 人工知能に意思決定を委ねてしまっている者が多い中、いかに勝つかと考えた場合、人間の考えは大事なのだ。

 退避を始めた敵艦隊を警戒艦隊は高速で追尾する。

 敵艦隊はそれを躱す為、機雷を放つ。だが、それを偵察艦隊はビーム砲にて、次々と破壊する。バラ撒かれた機雷如きでは船足は遅くならない。

 僅か10分で敵艦隊を射程に収めた。そして、彼等は一斉攻撃を開始したのだ。

 放たれる超高速ミサイル群。更に援護する為に主砲が唸る。

 砲弾が敵艦隊を捉える。数発が最後尾の駆逐艦の中心に命中した。

 無論、船体には防御が幾重にも施されているので、数発の砲弾が致命傷になるはずは無かった。だが、ここで敵艦隊は応戦を決めたのか、左に艦隊を回し始めた。これが不幸にも速度を落とし、尚且つ、超高速ミサイルの餌食となる事になった。

 対空ビームが唸り、幾つかのミサイルが撃破されるも、全てを落とす事が出来ず、駆逐艦2隻が轟沈した。更に旗艦である軽巡も一撃を喰らい、機関の半分を失った。これで逃げ切る事は出来ない状況になる。

 生き残った敵駆逐艦は軽巡を守る為、果敢に警戒艦隊に襲い掛かるも、主砲の集中砲火を受け、大破した。

 警戒艦隊はそのまま、敵軽巡を拿捕する事にしたが、敵指揮官は自沈を決定し、艦破壊後、脱出艇により、退避をしていった。

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