第24話 壊れていく女

 丸山一惠は、自分を抑えられなかった。

 弟が暴行を受けて病院に運ばれたと聞いた瞬間、脳髄に火が着いたかと思うような怒りの感情が湧き上がってきた。


 駆け付けた病院で、弟に怪我を負わせた少年の襟首を締め上げながら罵り、居合わせた警察官に羽交い絞めにされて制止されたほどだ。

 これまで誰かと口論になることすら少なかったのに、弟を傷つけられ頭に血が上ってしまったのだろう。


 幸い弟の怪我は深刻なものではなかったし、これまで弟を虐めていた者達の正体をようやく知ることが出来た。

 一恵の弟は、オカルト趣味のオタクだが、中学生の頃までは虐めを受けているような気配もなく普通に過ごしていた。


 変化が起きたのは、高校に入学して二か月ほど経ってからだった。

 学校に通うのが辛そうに見え、ふさぎ込むことが増えるなど、明らかに様子がおかしくなった。


 虐められているのではないのか、嫌がらせをされているのではないのかと一恵が訊ねても、はっきりとした答えは戻ってこなかった。

 だが今回、ようやく梶山、沼田、古川という三人が、虐めの張本人だと判明した。


 中でも梶山という少年が、三人の中ではリーダー的存在であると分かった。

 病院から自宅に戻った一恵は、三人をネット経由で監視し始めた。


 少しでも反省していない様子が見えたら、社会的に抹殺してやろうと考えている。

 ネット経由で三人の個人情報を収集して、ファイルしておいた。


 病院で会った印象からして立ち直りなど期待していなかったが、翌日の午前中には早くも獲物が一恵の網に引っ掛かった。

 口コミサイトに弟の友人の実家である寺を誹謗する書き込みがなされていた。


 その直後、弟の通う高校の裏サイトにも、弟と友人を貶める書き込みがされた。

 これをもって一恵は、宣戦布告がなされたものとみなし、反撃を開始した。


「虚偽の情報をもって相手の名誉を貶める行為が、いかに卑怯で愚かな行為であるか思い知らせてあげる」


 一恵はパソコンのモニターの前で、ニンマリとした笑顔を浮かべた。

 一恵の脳裏には、炎上に巻き込まれて人生を狂わされた親友、加藤亜美の姿が浮かんでいた。


 最初に、口コミサイトの運営者に対して通報を行った。

 口コミの内容は虚偽で、差別的な表現を含んでいる、速やかな削除がなされない場合には、法的措置も検討させていただくと書き添えれば、すぐに削除してもらえた。


 学校裏サイトへは、海外の無料サーバー経由で発信者を分からなくして書き込みを行なった。

 梶山は、こちらが特定していると書き込むと動揺したらしく、直後の書き込みは文脈もおかしく誤字もあった。


 そもそも、弟と友人を同性愛者とする書き込みは、内容も稚拙で煽りにすらなっていない。


「私の弟や友達を炎上させようとした罰よ。まだまだこの程度じゃ終わらないからね」


 一恵は、口コミサイトの書き込みが削除されたことを確認し、梶山を煽る書き込みを追加する。

 その後は、複数のサーバーを使い分け、一人で四役ほどをこなしながら、昨日の乱闘騒ぎの真相を書き込んでいく。


 当然、特殊警棒まで持ち出しても、返り打ちにされた惨めさを殊更に強調してある。

 一恵は、既に噂が学校でも広まっているような書き込みも行った。


 梶山達は処分を受け、登校していないことも確認済みだ。

 自分たちが不在の学校で噂が広まる状況を梶山達に想像させ、同時に本当に噂を広めるためだ。


「こいつら、こんなことまでやってたのか……絶対に許さない」


 梶山達が裏アカウントを使って弟の恥ずかしい写真を流出させたことで、一恵はネット工作を更に加速させていく。

 海外サーバー経由で身元を隠してSNSのアカウントを取得、梶山達になりすまし、個人情報垂れ流しのプロフィールを作り、イキリコメントを連発した。


 SNSで目立つ方法は、面白いネタを上げるだけではない。

 好感度さえ気にしないならば、世間からバッシングされ、炎上するほうが簡単に注目を集めることが出来る。


 巨大掲示板サイトに専用スレッドを作成し、燃料を次々に放り込んでやれば、勝手に炎上は広がっていく。

 普段、大学で炎上を止める方法を学んでいる一恵にとっては、故意に炎上するなど造作もないことだ。


「ほらほら、注目されてるわよ。お前らの名前も、顔写真も、住所も、学校も、私の弟を虐めていたクソ野郎だってことも……あははははは」


 一恵は、梶山達を演じて炎上を引き起こすことを楽しんでいた。


「はい来た、殺人予告。まぁ、待ってたんだけどね。がっちり証拠固めして、君の人生終わらせてあげるよ」


 殺人予告の証拠保全の途中で、一恵はふとキーボードを叩く手を止めた。


「あれっ? 前に同じようなことを必死にやったことがあったような……まぁいいか、今は楽しむ方が大事よね。きゃははははは……」


 一恵は時折けたたましく笑いながら、ネット回線を使って梶山達を追い込む狩りを時間も忘れて楽しみ続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る