第23話 クラスメイトの家
放課後、童子と一緒に大学の周辺で臭いを探る真輝と別れて、一人で家路に着いた。
スマホでもネット検索は出来るけど、通信容量や速度を考えると、家のパソコンでやった方が効率が良いからだ。
団子坂に向かって歩き出すと、後ろから長倉君に声掛けられた。
「清宮さん、今日は一人?」
「うん、そうだけど……」
「じゃあ、優二のお見舞いに一緒に行ってくれないかな?」
「んー……」
正直、真輝が頑張ってくれているのに、依頼された本人の私が禍者の捜索をサボるのは間違っているとは思う。
でも、それと同時に、真輝がやらないクラスメイトとの交流を自分が肩代りしてあげるべきだとも思った。
「分かった、ちょっとだけね」
「ありがとう、清宮さんは、優二と仲直り出来ていたみたいだし、優二は友達が多い方じゃなさそうだからさ……」
「そうだね……って、私も友達は多い方じゃないけどね。長倉君は、行ったことあるの?」
「あぁ、もう何度か遊びに行ってるぞ」
思い返してみると、妖かしが『見える』ことを隠すようになってからは、友達の家にも遊びに行った記憶が無い。
ましてや男の子の家なんて、小学校の低学年の頃以来なはずだ。
そう思うと、妙に緊張してきてしまった。
それでも、長倉君が一緒だし……と思っていたら、なんだか長倉君の様子がおかしい。
「もしかして、また丸山君の怪我に責任を感じてるの?」
「いや、昨日病院で優二の母親とお姉さんには謝ったし、むしろ守って怪我したみたいで申し訳ないって言われたから大丈夫なんだが……」
「だが……?」
「優二の部屋は、何て言うか……オカルト趣味のものが沢山置いてあって……」
「あぁ、なるほど……妖かしとかが集まって来ないか心配なのね?」
丸山君はオカルトオタクで、部屋には黒魔術で使いそうな山羊の仮面とか、魔法陣が描かれたタペストリーなどが飾られているらしい。
そんな物、どこで買って来たのだろうか。
長倉君は住職の息子なのに妖かしや幽霊といったものが苦手で、不安を振り払うために谷中のあちこちで九字を切って歩いていたほどだ。
「そういうことなんで……お願い出来るかな?」
「えっ、お願いって?」
「いや、そういう類のものが居たら教えてもらいたいんだが……」
「でも、教えても祓ったり出来ないわよ」
「そうなのか? じゃあ、どうすれば……」
「見えないなら、気にしなければいいのよ」
妖かしを『見えない』人は、触れられても気付かないし、命に関わるような悪さを働くものは滅多に居ないことを長倉君に説明した。
「そうなんだ……でも、それじゃあ見えている清宮さんは、妖かしに触られたら分かるってことだよな?」
「そうね。触られれば分かるし、触れるわね」
「きゅう!」
肩の上でくーちゃんが小さく鳴いて、頬に擦り寄ってきた。
フワフワで気持ち良いけど、長倉君に気付かれると面倒なので、顔が蕩けないように表情を引き締める。
くーちゃんの存在を話せば、間違いなく長倉君は土地神様に紹介してほしいと言い出すだろう。
でも、土地神様に紹介して加護を授かるには、また真輝が神気を吸われることになるはずだ。
別に、真輝が土地神様とキスするのが嫌なのではなくて、神気を吸われて体調を崩したり、寿命を縮めたりしないか心配なだけだ。
『見えない』長倉君の場合、実害は出ていないのだから、我慢してもらおう。
丸山君の家は、初音の森の防災広場を抜け、観音寺の築地塀の横を通り、突き当たりを左に曲がった住宅地の一軒家だった。
長倉君がインターフォンのボタンを押すと、女性の声が返ってきた。
「はーい、どちら様?」
「長倉です。優二君は退院してきていますか?」
「ええ、帰って来てるわよ。今開けるから、ちょっと待ってね」
程無くして鍵が開く音が聞こえて、玄関のドアを開いたのは丸山君の母親らしき女性だった。
「いらっしゃい。どうぞ上がって……あら、そちらは?」
「は、初めまして。丸山君のクラスメイトの清宮姫華です」
「あぁ、あなたが清宮さんね。どうも、優二の母です。さぁ上がってちょうだい」
「はい、失礼します」
「きゅっ!」
玄関に足を踏み入れようとしたら、くーちゃんが鋭く鳴き声を上げた。
尻尾の毛を逆立てて、家の中を見回している。
もしかして、危険な妖かしでも居るのだろうか?
「どうかしました?」
「いえ、何でもないです」
まだ毛を逆立ててピリピリとしているくーちゃんは、二階が気になっているようだ。
意を決して玄関に足を踏み入れ、長倉君と一緒に靴を脱ごうとしていると、奥のドアが開いてパジャマ姿の丸山君が姿を現した。
「優二、今日はリビング……って、清宮さん?」
「ど、どうも……」
「えっ、いや、何で……って、お母さん、どうして教えてくれないんだよ。ちょっ、着替えてくるから……待ってて!」
丸山君は、慌てた様子で二階に駆け上がっていった。
と言うか、クマちゃん柄のパジャマは自分で買ってきたのだろうか。
クスクスと丸山君のお母さんが楽しげな笑みを漏らしたからか、くーちゃんの緊張が和らいだように感じる。
「さぁ、どうぞ、ちょっと散らかっているけど楽にしてね」
案内されたリビングのテーブルには、テレビゲームのコントローラーとスナック菓子、それに炭酸飲料のペットボトルが置かれていた。
まぁ、内臓系の疾患でもないし、検査で問題が無ければゲームもOKなのだろう。
長倉君が浮かない表情を浮かべているのは、ゲームがゾンビ系のシューティングゲームだからだろう。
リビングに入ると、くーちゃんは更に警戒の度合いを下げたけど、それでもキョロキョロと落ち着きなく周囲を見回している。
そう言えば、部屋の中に少し陰の気が籠っているように感じる。
ソファーに長倉君と並んで腰を下ろして待っていると、着替えを終えた丸山君が二階から降りてきた。
水色のポロシャツとジーンズ姿で、頭のネットと大きなガーゼが痛々しく感じる。
お母さんが紅茶を淹れてくれた後で、姿勢を正して口を開いた。
「改めまして、清宮さん、昨日は優二が大変お世話になりました」
「いいえ、私はただ通報しただけですし……」
「ハンカチを貸してもらって、止血も手伝ってくれたんでしょ? 救急車が到着するまで付き添って励ましてもらったって聞いてます。本当にありがとう」
「い、いえ、どういたしまして。あの、怪我の具合は?」
「頭蓋骨にヒビが入って、五針ほど縫いましたが、幸い大事には至らなかったみたいでホッとしてます」
「うん、手で押さえると痛いけど、そっとしておけば問題ないよ」
確かに、丸山君は血色も良くみえるし、抜糸が終われば問題ないのだろう。
明日からは、いつも通りに登校するらしい。
「それじゃあ、ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
お母さんは、挨拶を終えると隣の部屋に用事を片付けにいった。
「優二、お姉さんは落ち着いたのか?」
「うん、まぁ……でも、今日中に、レポートを纏めないといけないみたいで、時々、隣の部屋からドンっとか大きな音がしたり、誰かを罵るような声が聞こえたり、これまで殆ど怒ったことが無かったから、ちょっとビックリしちゃうよ」
「病院でも、凄い剣幕で梶山達に文句を言ってたよな。俺にはいつもニコニコしてくれるから、マジで驚いた」
「うん、ぼくもお姉ちゃんが、あんなにキレたのを見たのは初めてだったから、正直ビビった」
丸山君のお姉さんは、知らせを受けて駆けつけた病院で、治療を待っていた梶山と沼田に食って掛かり、警察官に止められていたそうだ。
「えっ、あいつらと同じ病院だったの?」
「うん、何か大きな事故があって、他の病院も一杯だったみたい」
「あぁ、あの暴走車の事故か……」
昨日は、春日通りと白山通りの交差点で、高齢者の運転する車が暴走して、車八台が関係する大きな事故があった。
病院が一緒になったのは、この事故の影響なのだろう。
昨日の乱闘騒ぎの話が一段落したところで、急に丸山君が居住まいを正して質問してきた。
「ねぇ、清宮さんは、鬼塚と付き合ってるの?」
「なっ……ない、ない。付き合ってないわよ」
「でも、よく二人でいるよね」
「それは……ちょっと頼み事をしているっていうか……」
「頼み事って、どんなこと?」
「それは……」
まさか危険な妖かしを捕まえる手伝いを頼んでいるなんて言えないので、返答に困っていたら長倉君が助け舟を出してくれました。
「おい、優二。お前は自分が、散々嫌な思いをさせられたのを忘れちまったのか?」
「ごめん、ちょっと調子に乗ってた」
「謝るのは、俺にじゃないだろう」
「そうだった。清宮さん、ごめんなさい」
長倉君に、少しキツめの口調で窘められて、丸山君は素直に謝ってくれた。
「ううん、気にしないで。ただ、コイバナとかは苦手なんだ」
「そうなんだ……じゃあ、ごめん。先に謝っておくね」
「えっ……?」
丸山君は一度上げた頭を、もう一度深く下げた。
「鬼塚と付き合ってないなら、隆道と付き合ってみない? 隆道は真面目だし、人付き合いも良いし、頼りになるし……」
「ば、馬鹿! 何言ってんだ、優二。こういうことは、本人の意思で決めるもんだ! だいたい清宮さんとは、まだ知り合ったばっかりだし……そういうのは何て言うか……」
長倉君のゴツい顔が、楊枝で突っついたら破裂するかと思うほど真っ赤に染まっていた。
自分以上にコイバナが苦手な人が居ると分かって、私は少し冷静さを取り戻せたが、それでもイライラとした気分が胸の中で渦を巻いている。
少し口調を強めて丸山君にハッキリと断わった。
「付き合うとか、付き合わないは、他人に言われて考えるものじゃないから、今の話は聞かなかったことにする」
「でも、清宮さん、隆道って……」
「いい加減にして。形だけ謝罪すればいいって思ってるなら、私も丸山君との付き合い方を考えさせてもらうわよ」
「ご、ごめん……そんなつもりじゃなくて」
「悪いけど、今日はもう失礼するね。怪我、お大事に……」
帰り支度をして席を立つと、玄関まで見送りながら長倉君も一緒に謝ってくれたけど、学校でもクラスの女子に真輝との関係を冷やかされ、正直ちょっと限界だった。
「きゅっ!」
靴を履いていると、二階からガターンっと大きな音が聞えて、またくーちゃんが尻尾を逆立てた。
大学のレポートでイラつくお姉さんの気持ちが、今だけは少し理解出来る気がした。
丸山君の家から急いで帰宅して、パソコンを起動させ、着替える間も惜しんでネット検索を始めた。
私が丸山君のお見舞いに行っている間も、真輝は大学の周囲を歩き回って手掛かりを探しているはずだ。
そもそも、土地神様から放火魔を捕らえるように依頼されたのは、真輝ではなく私だ。
それなのに、私が禍者の捜索をせずに遊び呆けているなんて、本末転倒も良いところだ。
このままでは、真輝に会わせる顔が無いと思うと、気ばかりが焦って書き込みの内容が頭に入って来ない。
二日続けて成果無しでは、次の凶行までに禍者に憑かれた人の特定が間に合わないかもしれない。
思い通りにならない状況と、自分の不甲斐無さに軽い頭痛を感じながらネット検索を続けていると、突然スマホが着信音を奏でた。
液晶画面に表示された、鬼塚真輝の名前を見て、急いで電話に出る。
「もしもし、清宮です」
「あー……鬼塚です」
「真輝、今どこに居るの?」
「えっと、お前んちの店の前だ」
「すぐ行くから、ちょっと待ってて」
通話を終了して、急いで階段を駆け下りる。
「姫華? どこか出掛けるの? じきに夕ご飯になるわよ」
「ちょっと店の前で友達と話してくるだけ」
母に返事をして、ローファーを突っ掛けて玄関を飛び出す。
藍色に染まりかけた空の下に立つ真輝は、少し疲れたような表情をしていた。
いつもは肩の上にいる童子が、真輝の後ろに立っている。
「お待たせ……」
「すまん、何の手掛かりも見つからなかった」
突然真輝が頭を下げたので、面喰ってしまった。
「ちょっ……真輝が謝ることなんて無いよ。頼まれたのは私なんだから」
「そうだな、それでも何の役にも立っていない自分が腹立たしい」
憮然とした真輝の顔には、自分自身に対しての苛立ちが感じられた。
「ごめんなさい。私も何の手掛かりも見つけられていない……というより、長倉君の頼みを断われなくて、さっきまで丸山君のお見舞いに行ってたの。真輝が歩き回ってくれていたのに、肝心の私が遊んでいて、本当にごめんなさい」
怒鳴られるのを覚悟しながら謝ると、頭の上にポンっと真輝の手が置かれた。
「気にするな、俺と違って友達付き合いってのが必要なんだろ?」
ズルいよ。怒られると思っていたのに、優しく頭をポンポンするなんてズルい。
堪えきれずに涙が溢れて止められなくなった。
「うぅぅ……ごめんなさい……」
「馬鹿、泣くな。俺も収獲無しだって言っただろ」
「だって、だって……」
真輝は、すっと身体を寄せて私の頭を肩口に抱き寄せ、耳元で囁きました。
「大丈夫だ、まだ時間はある。俺達は、俺達に出来ることをすればいいんだ。悔やんだって時間は戻らない、下じゃなく前を向こう」
「真輝……」
触れ合っている肩や腕から、真輝の温もりが染みこんでくるようだった。
もう少しこのままで……と思っていたのに、真輝に肩を叩かれた。
「貴様ぁ! うちの大事な娘を泣かせやがって、覚悟はできてんだろうなぁ!」
振り返ると、鬼のような形相の父が、大股で歩み寄って来ていた。
私から離れた真輝は、落ち着いた口調で父に返事をした。
「自分が不甲斐無いせいです。殴って気が済むのであれば、ご自由に……」
「いい覚悟だ……」
「駄目よ!」
拳を振り上げた父と真輝の間に、両腕を広げて割って入る。
「姫華……そこをどきなさい」
「駄目、真輝は大事なパートナーなんだから!」
「パ、パートナーだと……俺は許さんぞ!」
「お父さんが反対しても、二人で成し遂げなきゃいけないことがあるの!」
「なっ……共同作業なんて早すぎる!」
「早くなんてない、遅すぎるぐらいよ。土地神様の前で約束したんだから!」
「神前で誓った……だと?」
「そうよ、だから邪魔しないで!」
父はショックを受けたようで、ワナワナと唇を震わせると、踵を返して玄関の方へとフラフラと歩いて行った。
「母さん、姫華が……姫華が……」
うわ言のように母を呼びながら去って行く父を見送ってから振り返ると、真輝は頭痛を堪えるように額に右手をあてていた。
「どうしたの、真輝。頭痛がするの?」
「無自覚か! お前は、もう少し言葉の使い方を考えろ」
「えぇぇ? 私、何か変なこと言った?」
「まぁ、くよくよしているよりは良いか……とりあえず、これまでのやり方では上手くいかないようだ。俺も別の方法が無いか考えてみるから、姫華も違うアプローチが出来ないか考えてみてくれ」
「うん、分かった。あっ、真輝、あんまり無理しないでね」
「分かった。ほどほどにして休むようにする」
私の肩をポンポンと叩くと、真輝は童子を肩に乗せて帰って行く。
真輝の後姿を見送ると、さっきまで感じていた焦りや頭痛は消え去っていた。
夕食の席で母と妹に真輝との関係を追及され、真輝が言葉の使い方を考えろと言った意味を思い知ることになった。
でも、私の言い方も悪かったかもしれないけど、神前で式を挙げたと誤解した父も父だと思う……というか、これって似た者親子ってことなの?
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