第22話 反省しない男

 梶山則之は、ムカついていた。

 左の頬は紫色に腫れ上がり、とても外出できる状態ではない。


 歯が三本折れ、口の中も切れているので、柔らかくて刺激の少ないものしか食べられない有様だ。


「くそっ、全部あのデカブツのせいだ……」


 梶山の脳裏に浮かんでいるのは、馬乗りになってデカい拳を突き付けてきた長倉の顔だ。

 一緒にやられた沼田は、鬼塚に腕を脱臼させられたが、病院で嵌め直してもらい、炎症が治まれば元通りに動かせるらしい。


 古川に至っては、腕を捩じり上げられただけで殆ど無傷だ。

 鬼塚が手加減していたからだと、梶山も気付いている。

 それに対して梶山が食らったのは、手加減など欠片もない長倉のパンチだった。


「くそっ、なんで俺だけ……」


 梶山には、腫れが引くのを待ってから歯の治療が待っている。

 治療費がどうの慰謝料がどうのと、親の小言がイラつきを増大させた。


「全部デカブツのせいだ……」


 外出もままならない梶山は、パソコンを起動させ、ある言葉を検索した。


『谷中 浄言院』


 長倉の父親が住職を務める寺だが、二百万件もの検索結果が出た。

 この時、梶山は初めて気付いたのだが、検索サイトや旅行サイトなどに、寺院の口コミが出来るようになっている。

 梶山は、さっそく匿名のアカウントを使って、低評価の書き込みを行った。


「この寺の息子は日常的に暴力をふるい、何度も警察に補導されている問題児です……。こっちのサイトには、ホモ寺ってことにしてやるか……ざまぁ」


 長倉の実家の寺を誹謗中傷した梶山は、続いて高校の裏サイトへ移動した。

 ここは、巨大掲示板サイトにある、梶山達が通う高校に関する裏スレッドで、実名での誹謗中傷、根も葉もない噂話などが書かれている。

 梶山は、ここにも長倉達の誹謗中傷を書き込んでいく。


「二年の長倉と丸山は、おホモ達。毎日、二人でチュッ、チュッ、チュッ、あっー!」


 同性愛者向けのアダルトサイトに行き、拾って来た画像に丸山の写真を貼り付けて作った、見え見えのコラージュもアップする。

 今は学校で授業が行われている時間なので、誰も見ていないと思っていたが暫くしてレスが付いた。


『お前、梶山だろう。特殊警棒使っても喧嘩に負けたんだってな。だっせぇw』

「ふざけんな!」


 書き込みを読んだ直後に、梶山はパソコンのモニターに向かって咆えた。

 長倉か、丸山か、それとも別の誰かなのか分からないが、学校で梶山達のことが噂されているのは間違いないだろう。


 学校裏サイトといっても、スレッドの進み具合は遅いし、出入りしている人数は多くない。

 それに対して、現実社会での学校には多くの生徒が通い、傷害事件を起こして自宅謹慎処分を受けている梶山達の噂は既に広まっていくはずだ。


 ネット以上に尾鰭が付いて、話が大きくなりながら広がっているのは間違いない。

 梶山はイラつきを必死に抑えながら、長倉と丸山のホモネタを更に追加した。

 すると、今度はすぐにレスが付いた。


『梶山、嘘松乙! お前が書いた口コミ、通報したら速攻で削除されてやんの、ださっw』


 梶山が急いで確認すると、確かに検索サイトや旅行サイトに書き込んだ低評価の口コミが削除されていた。


「ふざっけんな! 何で削除されんだよ!」


 イラついた梶山は乱暴にキーボードを叩くが、滅茶苦茶な文字列が入力されるだけで、何一つ状況は変わらない。


「くそっ、くそっ、くそっ!」


 ネットで鬱憤晴らしをするどころか、更にストレスを溜めこんでいる。

 その後も裏サイトには、梶山達が返り討ちにされた状況が次々に書き込まれた。


「こいつ丸山か……これだけ詳しいなんて当事者以外に考えられねぇ。くそっ、ぜってぇ仕返ししてやる」


 梶山は無料メールのアドレスを使って、SNSの裏アカウントを作成した。

 そのアカウントを使って、丸山と長倉をホモ扱いしたネタを、実名や学校名付きで書き込んで行く。


 虐めていた時に撮影した、丸山の恥ずかしい写真も修整無しでアップしてやった。

 作ったばかりのアカウントなので、反応は薄いが、何か反撃していないと気が狂ってしまいそうだ。


 梶山がブチ切れそうになりながらモニターを睨んでいると、スマホのメッセージアプリが着信音を鳴らした。


『ヤベえ、SNSで晒されてる』


 古川のメッセージ添えられていたリンクを辿ると、梶山達になりすましたアカウントが暴れていた。

 過去にネットにアップした梶山達の写真を使い、実名、住所、学校名などの個人情報を垂れ流しにしながら、馬鹿みたいなイキリコメントを連続して書き込んでいた。

 中には一万回以上も引用されている書き込みもあり、完全に炎上していた。


「ふざけんなよ! 誰だ、こいつ!」


 すぐにサイトの運営者に通報してアカウントの凍結を試みても、すでに派生アカウントまで生まれているようで、掲示板サイトには専用スレッドまで立てられていた。

 梶山は、学校裏サイトに戻って、丸山に宛てた書き込みをした。


『丸山、お前だけは許さない。ナイフで滅多突きにして、ぶっ殺してやるから覚悟しろ!』


 すぐに付くと思ったが、五分経っても、十分経ってもレスは返ってこなかった。


「くそっ、見てねぇのか、あの野郎」


 どこまでも馬鹿にされているようで、梶山がSNSの対策に戻ろうとした時、それまでとは別人の書き込みがあった。


『殺人予告として、サイバーポリスに通報しました。魚拓も取ってあります。サイト運営者やプロバイダーに開示を要求すれば、誰の書き込みか特定出来ます。あなたが梶山本人かは分かりませんが、人生終わったと思っていて下さい』

「くっそぉぉぉぉぉ!」


 梶山は、思い切り拳で殴りつけ、パソコンのモニターを破壊した。

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