第9話 壁を築く男
パッツン前髪のショートボブ、この髪形は私に似合っているのだろうか?
加護を授かって家に戻ると、土地神様に整えられた髪形は家族には好評だった。
曰く、表情が明るく見える。
曰く、落ち着いて大人びた雰囲気に見える。
うちの家族はあまりお世辞を言う方ではないので、たぶん信用しても良いのだろうが、私自身がイメージの変わった自分の姿に違和感を覚えてしまうのだ。
それに、この評判の良さも土地神様の加護なのでは……と疑ってしまうのは考えすぎなのだろうか。
「どうかな? くーちゃんは似合ってると思う?」
「きゅー、きゅー!」
肩の上に乗っている管狐は、嬉しそうに頷いてみせる。
管狐だから、くーちゃん。
ネーミングセンスは、褒められたものではないと自覚している。
管狐のくーちゃんと座敷わらしのふーちゃんの間で、縄張り争いが勃発しないかと心配したが、きゅーきゅー、こくこくと、私には分からない意思疎通の後に仲良くしている。
座敷わらしが住んでいて土地神様の加護までついている……もしかして、今の我が家ってパワースポット並に縁起が良いのではなかろうか。
土地神様から加護をいただく代わりに、放火魔を捕まえろと頼まれた。
家に戻るとテレビのニュースでは、日暮里界隈で起こった三件の連続放火を報じていた。
いずれも無人の車から火が出て、一件は家まで全焼している。
怪我人も出ていたが、幸いにしていずれも軽症らしい。
たぶん、この犯人を捕まえれば良いのだろうが、傲岸王子こと真輝と連絡が取れない。
これまで、あまりにタイミング良く顔を合わせていたので、携帯の番号の交換を忘れてしまったのだ。
更に翌日も、テレビのニュースは放火魔の話題一色だった。
連続放火魔と思われる男が、不審に思って声を掛けた女性にまで火を着け、自分も一緒に焼身自殺をしたというものだ。
先日上野公園で起こったホームレスと女性の焼死事件と状況が似ているので、その関連が取りざたされているようだ。
「まったく嫌な事件だな……犯人が死んでいるのが僅かな救いだが、犠牲になった人や遺族はたまらないだろうな」
テレビを睨んでいた父は、私と妹にも不審者を見たら近寄らずに逃げるように何度も念を押してきた。
土地神様から放火魔を捕まえろと言われた時には、そんなの無理だと思ったが、自殺したのであれば約束は果たせたことになるだろう。
この週末は、座敷わらしのふーちゃんが本気出しちゃったおかげで、実家の餅菓子屋が大繁盛で、二日とも店の手伝いに駆り出されてしまった。
ここ数年の中では記録的な売り上げだったおかげで、バイト代も奮発してもらえて、土地神様に献上したお酒の代金もチャラになった。
でも良く考えると、土地神様のために扱き使われたみたいで少々納得がいかないが、お小遣いが戻ってきたと考えて諦めることにした。
月曜日の朝、放火魔の一件も片付いて肩の荷も下り、気分良く登校の準備をしていると、妹から髪形の件をいじられた。
「お姉ちゃん、髪形変えて綺麗になったから、男の子が寄って来るんじゃない?」
「何だと! 彼氏なんて俺は許さんぞ!」
すかさず父が口を挟んで来たけど、全くの取り越し苦労だ。
「はいはい、恋愛なんて縁が無いから心配なんか要りませんよ。ごちそうさま!」
「おいっ、姫華、本当だろうな、俺は……」
「まかり間違って彼氏が出来たとしても、お父さんの顔見たら逃げて行くわよ」
相撲取りみたいな体格で角刈り頭、仏頂面をしていると家族でも近寄りがたいのだ。
うちのクラスで対抗出来るとしたら、長倉君ぐらいのものだろう。
いや、真輝だったら……ぺしゃって潰されて終わりか。
家を出ると、その真輝が童子を肩に乗せて歩いて行くのが見えた。
足取りも軽く追い付いて、二人に声を掛けた。
「おはよう。放火魔は自殺したみたいだから、一件落着だね」
「はぁ……簡単に片付くような用件を土地神様が頼んで来ると思うか?」
てっきり一緒に喜んでくれると思っていたのに、返って来たのは溜め息だった。
「えっ、でも放火魔は……」
「俺達が普通の人と違うところは、どんなところだ?」
「妖かしが見える……って、妖かし絡みの事件ってこと?」
言われてみれば、街のあちこちに防犯カメラが設置されている時代なのだ、例え夜中に行われてもカメラによる監視からは逃れられない。
普通の人間がやる放火ならば、警察が本腰を入れれば逮捕は難しくないだろう。
「でも、なんで妖かしが放火をするの?」
「殆どの妖かしは悪戯程度のちょっかいしか出して来ないが、中には人の命を脅かすやつもいる。今回、俺達が頼まれたのは、その手の妖かしだ」
もう事件は終わった、加護ももらって妖かしに悩まされることは無くなった……なんて思っていたのは大間違いのようだ。
夏でもないのに、背中に嫌な汗が滲んで来る。
「きゅー、きゅー、きゅー!」
「えっ、あっ、猫背になってた? ありがとう、くーちゃん」
「きゅっ!」
「人を害する妖かしって聞いて怖くなったか?」
真輝のエメラルドグリーンの瞳は、私の内心までも見透かしているようだ。
「そりゃあ怖いわよ。だって現実に女性が一人死んでるのよ?」
「何を言ってる。死んだのは四人だ」
「えっ、だって……」
「犯人だとされている人物も、おそらく操られていたのだろう」
朝の情報番組のコメンテーターは、二つの事件には関連性は無いと言っていたが、とんでもない所で繋がっているらしい。
一週間も経たないうちに四人の命が奪われたと聞いて、背筋に寒気が走った。
「怖いか?」
「当たり前でしょ!」
「お前の肩に乗ってるは何だ?」
「えっ?」
「きゅぅ?」
私の肩の上で、くーちゃんが小首を傾げてみせる。
「土地神様の加護は伊達じゃないんだぞ。もし今、あの
「そんなに凄いものなの?」
「きゅー、きゅー」
くーちゃんは、当たり前だろうとばかりに小さな胸を張ってみせる。
「お前さ、普通の人間が神域に足を踏み入れたり、土地神様と直答できるのか?」
「それは……できないわね」
「お前は、選ばれちまったんだ。勤めを果たせ」
土地神様の加護が、想像していたよりも強力なのだと理解できたが、それでも人を害するような妖かしと対峙するのは恐ろしい。
「はぁ……心配すんな。手は貸してやる」
「ホントに?」
「あぁ、その代り……大福は忘れるな?」
「あっ、ごめん、忘れてきた……」
「お前なぁ……手を貸すのやめるぞ」
「明日、明日必ず今日の分も持って来るから……ね?」
「はぁ……忘れるなよ」
まったく、せっかく私が小首を傾げて、可愛らしくお願いポーズをしているのに、溜め息をつくとは何事だ。
「でもさ、くーちゃんがここに居るのに、妖かしがいっぱい出てくるんだけど……」
休み前の金曜日、今日と同じように歩いた時には、普段は見かける妖かしすら姿を見せなかったのに、今日は普段以上に姿を見せている。
「当たり前だろう、そこに土地神様の加護が居るんだ。童子だって下手に手は出せないって、妖かし共も分かってるんだよ。現に、一定の距離からは近付いて来ないだろう」
「確かに……」
真輝の言う通り、いつも以上に妖かし達が姿を見せるが、私が見えているのを隠さなくても半径五メートルぐらいの範囲からは近付いて来ない。
「きゅう!」
「はいはい、くーちゃん凄い、ありがとうね」
そっと頭を撫でてあげると、くーちゃんは目を細めて頬摺りしてくる。
フワフワのモコモコで、めちゃめちゃ気持ちが良い。
土地神様の加護は最高なので、ちょっと怖いけど放火魔探しを頑張っちゃいますか。
初音の森の防災広場に通り掛かると、今朝もあの声が聞えてきた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前! 喝っ!」
視線を向けた先では、長倉君が九字を切っている。
更に、その隣には見様見真似で九字を切る同級生の姿があった。
「変なのが増えてるな」
「変なのって……クラスメイトの丸山君だよ」
「そうか」
「そうかって、先に行こうとしないの」
こちらに気付いた長倉君が手を振っているのに、真輝は先に歩き出そうとするので、襟首を掴んで引き止めた。
「おはよう、鬼塚、清宮さん」
「お、おはよう……ございます……」
長倉君の声と較べてしまうと、丸山君は蚊の鳴くような声だ。
「おはよう、一緒に登校することにしたの?」
「あぁ、俺達は友達だからな」
「う、うん……そう」
長倉君から友達と言われて、丸山君が満面の笑みを浮かべたのを見て、湧き上がってきた罪悪感に耐えられなくなった。
「あの……丸山君、ごめんなさい。一年生の頃、丸山君がイジメられていたのに、私は見て見ぬフリをしてた。本当に、ごめんなさい」
非難されるかもしれない、怒鳴られるかもしれないと思ったけど、胸の中に残ったシコリをそのままにしたくなくて、思い切って丸山君に頭を下げた。
頭を下げたままで待っていたけど、暫くしても反応が返って来ない。
「きゅっ!」
くーちゃんの声で視線を上げると、丸山君は目を見開いて固まっていた。
単純に驚いているだけではなく、怒りとか、憎しみとか、喜びとか、色々な感情が丸山君の胸の中で渦巻いているようだ。
「凄いな、清宮さん。そんな風に謝れる勇気、俺は凄いと思う。なぁ、優二」
長倉君に肩を叩かれて、ようやく丸山君が再起動した。
「えっ……う、うん。そ、そうだね。女の子が隆道みたいに止めに入るなんて無理だし、謝ってくれただけで十分だよ。うん、許してあげる」
「ありがとう」
ずっと感じていた胸のつかえが取れてホッとしていたのに、真輝が空気を読まない一言を口にした。
「許してやる……とか、なんでこいつは、こんなに偉そうなんだ?」
一旦和んだ丸山君の表情が、たちまち険しくなっていく。
「あのね、丸山君がイジメられてたのを……」
「見て見ぬフリをしていたのは分かっている。だが、やれるとしたら教師に伝えるぐらいだろう?」
「そうだけど、それをしなかったから……」
「教師には、本人が伝えているんじゃないのか? イジメが止まなかったのは、イジメていた連中と手を打たなかった教師の責任だ。お前が謝る必要があるのか?」
真輝が言っていることは正論だけど、今は口にしないでほしい。
私達が次の言葉を探していると、真輝は興味を失ったようで、さっさと一人で学校に向かって歩き出した。
「何だよ……何も知らないくせに……」
丸山君は、真輝の背中を睨みつけて、呪詛のように呟いている。
「さ、さぁ、俺達も行こうぜ。なっ!」
少々わざとらしかったが、澱んだ空気を吹き飛ばすような長倉君の張りのある声は、とてもありがたかった。
でも、肩を叩かれた丸山君の表情からして、力加減は下手そうだ。
真輝は、こちらを待つ素振りも見せず先に歩いていき、私達も後を追うというより、少し距離をおいて学校に向かった。
歩き出してすぐに、長倉君が話し掛けてきた。
「清宮さん、髪切ったんだ」
「えっ、うん、ちょっとイメージチェンジ?」
「そうか、似合ってると思うよ、なぁ丸山」
「う、うん……似合ってると思う……」
何だろうか、長倉君と丸山君は、明らかに目で合図を交わしている。
「その、俺はそういうの良く分からないけど、気分転換とかなら手を貸せると思うから、遠慮なく言ってくれ」
「そ、そう、元気出して……」
丸山君の一言を聞いて、二人がアイコンタクトを交わしていた理由を理解した。
「失恋なんかしてないからね!」
「えっ、そうなのか? いや、スマン! またやっちまった」
「ご、ごめん……」
「はぁ……振られたのを前提にして話すなんて失礼じゃない?」
「いや、まったくその通りだ。スマンかった」
長倉君と丸山君は、揃って頭を下げてきたので、それ以上文句を言うのはやめておいた。
丸山君は、梶山達にイジメられている印象が強いせいか、殆ど喋らないイメージだったけど、声こそ小さいものの長倉君とは普通に会話をしている。
私と話す時は少しぎこちない感じはするが、無愛想な真輝よりは好印象だ。
その丸山君が食い付いたのが、上野の事件だった。
「あの事件は、人体発火によるものだと僕は考えているんです」
「人体発火……?」
「そう、人体発火というのは、周囲に火の気が無い状態で、人体だけが燃え尽きた状態で発見される現象で、一番古いとされているのは、一九五一年にアメリカ、フロリダ州で起こったメアリー・リーサの事例で、この他にもジョン・ベントレーの事例や、ヘレン・コンウェイの事例など……」
私が、ほんの少し興味を示した途端、丸山君はそれまでの気弱な様子が一変し、猛烈な勢いで喋り始めた。
どうなっているのかと長倉君に目線で訊ねると、肩を竦めて苦笑いを浮かべてみせる。
どうやら丸山君は、オカルト関連のオタクのようだ。
一人で喋り続ける丸山君に、呆れた長倉君がストップを掛ける。
「優二、いくらなんでも人間の体が勝手に燃えたりしないだろう。新聞やテレビのニュースでも焼死としか言ってなかったぞ」
「隆道の言うことも、もっともなんだけど、今回は遺体が炭化していたって報道があるんだよ」
「そりゃあ燃えれば炭になるのは当然だろう」
丸山君は、少し得意気に笑うと、人差し指を振ってみせた。
「ちっちっちっ……隆道、人間の体の六割は水で出来てるんだよ。火災の現場で長時間炎に曝されたりすれば炭化するけど、洋服に火が着いた程度じゃ表面の皮膚は焼けても、炭化するなんてことは無いんだよ。それに、これは未確認情報だけど、抱き付かれた女性は全身大火傷で、治療中に死亡。それに対してホームレスの男性の遺体は、炭化が酷くて現場で死亡が確認され、身元の確認も難しい状態だっていう話も流れてるんだよ」
「お前、そんな情報どこで仕入れて来るんだよ」
「勿論ネットに決まってるじゃん。大きな事件や事故については、目撃者の話とか沢山アップされるからね。あとは、いかにガセネタではなく、本当の話を見つけるか……だね」
同じ現場で死亡した二人の損傷度合いが違うのは、妖かしの影響なのだろうか。
こうした情報も、放火魔捜しの手掛かりになりそうなのに、真輝は一人で先に行ってしまい、私達の話し声は届いていないだろう。
「上野の事件に関しては、宇宙人説なんていうのもあるんだよ。地球の衛星軌道よりも更に遠距離から、特殊なマイクロ波が照射されたという主張なんだ。確かにマイクロ波ならば内部からの加熱されて炭化しやすくなるけど、炎に包まれた状況が目撃されているから、僕は違うと思うんだよねぇ……」
丸山君から、もう少し詳しい話を聞いておきたかったけど、余計な情報まで披露されそうなので、自分で調べてみることにした。
学校まで丸山君の独演会は続き、相手は長倉君に任せて、私は相槌を打つだけにした。
教室に入ると、梶山達との対決の結果なのか、長倉君と丸山君の周りには人が集まって来る。
それとは対照的に、仏頂面で腕組みしている真輝に目を向ける人はいない。
「ねぇ、もうちょっと仲良くしたら?」
「必要無い」
「そうだ、長倉君と丸山君にも放火魔探しを手伝ってもらうのは?」
「止めておけ、あいつらは加護を受けていないんだぞ」
「そうか……」
「下手に巻き込めば、命の危険に晒すかもしれないんだぞ」
「分かった、止めておく」
自らクラスメイトとの垣根を壊していく長倉君と、壁を築いて近付かせない真輝。
あまりに対照的な二人は、水と油のように交わることは無いのだろうか。
「ねぇ、もしかして、クラスのみんなを巻き込まないようにしてるの?」
「詮索はしないんじゃないのか?」
「そうだけどさぁ……」
「放火魔探しは手伝うが、余計なお節介を焼かれるつもりはない」
真輝はキッパリと言い切ると、腕を組んで目を閉じて私にまで壁を築く。
チラリと童子に視線を向けてみるが、無言で肩を竦められてしまった。
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