第10話 追跡
髪形を変えたのは、失恋したからだというイメージは、何とかならないものだろうか。
ちょっとした気分転換であって、失恋したのではないとハッキリと言っているにも関わらず、元気出してね……なんて気を使われてしまう。
今日は三時限目と四時限目が家庭科の時間だったので、同じグループになった女子の追及を躱すのが大変だった。
まさか妖かし対策の加護をもらいに行き、土地神様にバッサリと切られてしまったなんて言えるはずがないし、言ったら頭のおかしい子だと思われてしまうだろう。
うちの学校は、昼食は学食かお弁当か自由に選択出来て、私はお弁当派だ。
家庭科終わりの昼休み、私がお弁当派だと知った女子が集まって来る。
新しいクラスメイトと仲良くなりたいというのは建前で、私のイメチェンを話のネタにしたいのだ。
まぁ、一週間もすれば見慣れるだろうから、それまでの我慢だと諦め、女子が机を寄せ始めたのを見守っていた時だった。
「おいおい、真輝、こんな所で弁当広げるんじゃねぇよ。おいっ!」
切羽詰まった童子の声に視線を向けると、既に真輝から神気が漏れ出し始めていた。
「あぁ、嬢ちゃん止めてくれ……って無理か。はぁ……」
私もクラスの女子に囲まれているのを見て、童子は諦めたように溜め息をついた。
その足元にいる真輝は、神気をダダ漏れにしながら、弁当箱の蓋を開けてキラキラと目を輝かせている。
一段目はおかずで、ハンバーグ、から揚げ、卵焼き、ブロッコリーのサラダ。
二段目は海苔を敷き詰めたご飯だ。
「こいつは、爺さんと修験者みたいな生活してたから、こういうハイカラな料理に目が無いんだよ……」
キラキラした瞳で弁当箱を見詰める真輝を、私の所に集まってきたはずの女子達がギラギラした瞳で見詰めている。
ギーっという音と共に、あっと言う間に真輝の周りに女子達が机を寄せて取り囲んだ。
「鬼塚君、お昼一緒に食べよう!」
「ねぇ、おかず取り替えっこしようか?」
「ひぅ……えっと、はい……」
普段の傲岸王子の面影はどこへやら、完全に小動物モードに入ってしまっている。
これはもう、さっさと食事を終わらせるしかないだろう。
「ほら、早く食べちゃいなさいよ」
「えっ……う、うん」
集まって来た女子の視線に圧倒されていた真輝は、ハンバーグを一口食べると、自分の世界に旅立っていった。
もきゅもきゅと食事を始めた真輝を見て、両手をワキワキと動かしている女子もいる。
たぶん、撫で回したい、抱き締めたいという欲求の現れなのだろう。
「やーん……マジ可愛い」
「ねぇ、エビフライ食べる?」
「私のシューマイも食べて!」
女子が押し寄せて来たせいで、私と真輝は机をピッタリつけてお昼を食べる状況になっている。
まぁ、せめて女子の圧力を私の側だけは和らげてやろうかと思っていたら、集まった女子の一人に聞かれた。
「ねぇねぇ、清宮さんがイメチェンしたのって、もしかして鬼塚君狙い?」
「ち、違うわよ。全然、まったく、そんなんじゃないわよ」
「ふーん……なんか怪しい」
「いや、ホントに、見た目は良いけど性格悪いし、ぶっきらぼうだし、コミュ障だし……」
「へぇ……詳しいんだね。鬼塚君って転入してきたばっかりだよね?」
「えっ、いやほら、席が隣だから……」
何だろう、別にそんな気は全然無いのに、変な汗が出て顔が熱くなってくる。
これも全部のこの傲岸……くっ、もきゅもきゅ食べてる姿はホント可愛い。
何なのよもう、このギャップは。
とにかく食事を終えてしまえば神気が溢れるのも止まると思ったのだが、デザートやらお菓子やらに釣られて、結局昼休みが終わるまで女子達の熱狂は続いた。
食べ物が尽きて神気の漏れも止まり、五時限目のチャイムが鳴ると、女子達も普通に授業を受け始めた。
そして真輝はと言えば、うつらうつらと頭を揺らして居眠りをしている。
寝ている間は神気の漏れは止められるようで、完全に熟睡体勢に入っているのに、横を歩いてきた教師は注意もしなかった。
昼食後の午後の授業はみんな眠たいのに、堂々と熟睡しているなんてズルくない?
でもって、また寝顔が可愛いから腹が立つのよねぇ……。
真輝が目を覚ましたのは、六時限目終了のチャイムが鳴った時だった。
二時限分たっぷりと熟睡して、目に鋭さが戻っている。
「おい、二件目の現場を見に行くぞ。この近くなんだろう、調べろ」
「えっ、ちょっと急に言わないでよ」
真輝が隣の席で仏頂面をしている間も、クラスの女子がカラオケや買い物に誘ってくる。
それを一々角が立たないように断わりつつ、スマホで事件現場の位置を調べる。
細かい住所までは分からないが、白山の駅から大学のキャンパスを通り過ぎ、少し裏道に入った辺りのようだ。
「分かったか?」
「だいたい……ね」
真輝が鞄を肩に掛けて先に席を立った。
それを追い掛けるように席を立つと、すすっと女子が寄って来て耳打ちした。
「頑張って……」
そんなんじゃないと言う前に、小走りに離れて行ってしまう。
はぁ……これで学校の外で並んで歩いているのを目撃されたら、ますます余計な誤解を生みそうだ。
「どっちだ?」
「えっと、こっち……」
家とは逆方向へ向かって歩き出しても、真輝は仏頂面のままだ。
「ねぇ、お弁当食べてる時みたいにしろとは言わないけど、ちょっとは愛想良くしたら?」
「はぁ……遊びに行くんじゃないんだぞ。もう四人も死んでるんだ、放置したらどうなるかぐらい分かるよな?」
「うっ、ごめん……」
クラスメイトの影響を受けてしまったのか、自分の目的を忘れかけていた。
「でも、現場に行って何か分かるの?」
「行ってみないと分からない。ただ、闇雲に動き回っても駄目だろう」
「そっか……」
白山通りの旧道を右に曲がり、巣鴨方面へ進む。
「もう少し先だと思うけど……あっ、あのマイクロバスはたぶんテレビ局のじゃない?」
「そうなのか……?」
「ちょっと、神気のお漏らしとか止めてよね」
「うるさい、お漏らしとか言うな!」
「ぐふふふ、嬢ちゃん、真輝はお子ちゃまだから勘弁してやってくれ」
機嫌を損ねたらしく、真輝はますます仏頂面になって足を速めた。
「ちょっと、場所分かるの?」
「ここまで来れば、人の業が集まってるから分かる」
そこから三十メートルほど進むと、路地の入口に警察官が立って、通行を制限していた。
歩道には、カメラを携えたテレビ局のスタッフの姿も見える。
「あの奥か、他の道からは入れないのか?」
「ちょっと待って……こっち」
スマホの地図アプリを頼りに、別の路地から接近を試みる。
マスコミや野次馬の姿は無かったが、警察による立ち入り規制は行われていた。
「これ以上は近づけないよ」
「よし、お前はここにいろ」
真輝はそう言うと、私の左肩に視線を向けた。
「きゅう?」
くーちゃんの姿を確認すると、小さく頷いてから、深呼吸をして気持ちを整え始めた。
童子の黒い靄が密度を増して、真輝の姿を覆い隠していく。
「ここで待ってろ……」
言い残した真輝の声さえも、どこか遠くから響いてくるように感じた。
黒い靄の塊と化した真輝は、そのまま堂々と路地を歩き、警戒する警察官の横を素通りした。
たぶん、警察官の目には、真輝の姿は映っていないのだろう。
でも、これって犯罪に利用したら、やりたい放題よね。
真輝と童子が戻って来たのは、十五分程してからだった。
戻って来る時も、堂々と警察官の横を通り抜けて来る。
姿を認識されていないと思っている時は、強気の態度を維持出来ているみたいね。
「最初の焼死事件の場所は分かるか?」
「調べれば、たぶん……」
「そっちも見ておきたい」
「分かった、ちょっと待って」
スマホで場所を下調べして、上野公園に向かおうとしたら、真輝が待ったを掛けた。
「現場から路地を出た表通りを通りたい」
「いいけど、こっちには入って来られないわよ」
「分かってる」
白山通りの旧道へと戻り、現場に通じる路地の入口を通り掛かると、童子が鼻をヒクヒクとさせて匂いを嗅ぎ、白山駅の方角を指差した。
どうやら、事件を起こした妖かしが残した匂いを辿っていくつもりらしい。
「匂いを辿って行くから、大きく逸れたら知らせてくれ」
「いいわよ。任せて」
そのまま道なりに進み、白山一丁目の信号で童子が右へ入るように指差した。
住宅街の中の道を童子の指示に従って進んで行くと、火災の現場に突き当たった。
ネットの情報によれば、放火殺人事件を起こした犯人は、前日に三件、当日に別の一件の放火を行っていたとされている。
ここは、当日に行った別の放火現場なのだろう。
更に童子が匂いを辿っていくと、東大の横を抜け、竹久夢二美術館の前を通って不忍池へと下りた。
匂いは不忍池の外周を回り、上野駅の方向へと続いているらしい。
「そっちに行くと、最初の現場からは離れちゃうけど……」
「分かった、現場に案内してくれ」
駅の方へ続いている匂いは、事件を起こして焼死した男の会社か家から続いているのだろう。
最初の事件の現場は、既に警察の立ち入り制限は解かれ、献花台に多くの花が手向けられていた。
事件の現場に着くと、真輝の肩から降りた童子が、地面に這いつくばるようにして匂いを嗅ぎ始める。
顔を上げた童子は、こちらに向かって頷いてみせた。
「間違いない、同じ妖かし……たぶん
童子の言葉を聞いて真輝は眉間の皺を深くした。
「かしゃ……っていうのが、放火を行ってる妖かしなの?」
「そうらしいな……」
真輝に促されて現場を離れながら、童子の説明を聞いた。
禍者とは火者とも書くそうで、火によって禍を呼び、人の悲しみや怒りといった不の感情を食う妖かしらしい。
「ぬらぬらした蛞蝓で、下手に切り裂くと分裂して増えやがる。真輝、こいつは面倒だぞ」
「だが、俺が爺から聞いた話とは、随分と規模が違うぞ」
本来、禍者とは大規模な火災を起こして、負の感情を集めるらしいのだが、真輝の言う通り火災の規模としては大きくない。
「実物を見ていないから断定は出来ぬが、おそらく力を失っているのだろう。仕留めるならば今のうちだ」
土地神様が、期限は切らないがノンビリともしていられないと言っていたのは、そうした理由があるからかもしれない。
「ねぇ、匂いで探すの?」
「今のところ一番分かりやすい手掛かりだからな」
「ねぇ、この現場で亡くなった人に、その禍者が憑いていたのよね?」
「そうだ。おそらくホームレスの方だろう」
「じゃあ、二件目の被害者は、どこで憑かれたの?」
「えっ、どこでだと?」
「うん、憑かれるには、どこかで遭遇しないと駄目でしょ? それとも妖かしは宙を飛んだり、地に潜ったりして移動しているの?」
「真輝、禍者は近くにいる業の深い人間を選んで憑く。たぶん二人目は、ここで起こったことを見ていたはずだ」
「それなら、三人目は、二件目の事件を目撃した人じゃないの?」
「たぶん、そうだろうが……」
真輝と童子は顔を見合わせて、同時に首を横に振ってみせた。
二件目の現場から続いている匂いは、さっき辿ってきた一本だけらしい。
「どういうこと? あの現場で禍者が消滅しちゃった訳じゃないよね?」
「たぶん、次の人間に憑いて、気配を消した状態で移動したのだろう」
「じゃあ、憑いたけど、まだ表面には出ていないから足取りは追えないってこと?」
真輝と童子は揃って頷いてみせる。
今日の時点で足取りが追えるのは、どうやらここまでみたいだ。
日もだいぶ傾いて来たので、ここらで切り上げて帰宅することにした。
「ねぇ、学校以外の場所でも連絡取れるように、携帯の番号を教えてくれない?」
連絡先を訪ねると、真輝は渋い表情を浮かべながら、ポケットからスマホを取り出した。
「なによ、スマホ持ってるじゃないの」
「ぐははは、嬢ちゃん、それこそ猫に小判ってやつだぜ」
「はぁ……私が登録するから貸して」
真輝からスマホを引ったくると、待ちうけ画面は金髪の女性と黒髪の女の子だった。
「そいつは、真輝の母親と妹だ。真輝大好きで悪い虫が付かないように、その写真を入れてるんだとよ」
大福や弁当で、あの騒ぎになるのだから、自宅の食事では神気ダダ漏れなのだろう。
どうやら神気の影響は、身内にも働いてしまうようだ。
「まぁ、大変なのは分かるけど、もうちょっと普通の応対が出来るようにならないと、恋愛とか結婚出来ないわよ」
「必要ない……鬼を背負ってる人間に、普通の恋愛や結婚が出来ると思ってるのか?」
「そうなの? でも、もうチョイまともな応対が出来た方が、真輝自身も楽なんじゃないの?」
「まぁ……そうかもな」
そう答えつつも、真輝から改善しようという意思は伝わって来なかった。
自宅に戻った後、改めて一連の放火事件に関する情報をネットで集めてみた。
ネット上の情報は、本当の話もあれば、全くの嘘の情報も紛れている。
膨大な情報の中から信用できそうなものを集めても、検証せず盲目的に信じてしまえば手酷い失敗を犯す場合がある。
可能な限りの情報を集め、その中から信憑性の高そうなものを選んで、禍者に憑かれた男の実像に迫るつもりだ。
ネット上には俗に『特定班』と呼ばれている人達がいる。
マスコミ報道や話題になったSNSの情報から匿名で報道されている容疑者を特定したり、容疑者の個人情報を調べてネット上に流す人達のことだ。
時には全く別の人物を容疑者扱いして冤罪被害を起こすこともあり、個人情報の取り扱いの観点でも問題視されているが、今の私には有難い存在だ。
放火殺人事件を起こしたと思われているのは、本橋耕太、三十五歳。
一九八三年生まれ、埼玉県熊谷市出身、現住所は豊島区巣鴨一丁目のアパート。
IT関連企業に勤めていたらしく、会社の所在地は台東区上野三丁目。
駅の方向へと続いていた禍者の匂いは、この会社から続いていたものらしい。
通勤には自転車を利用していたらしく、私達が辿った道筋は自転車で移動したルートなのだろう。
ネット上では、本橋が使っていた電動アシスト自転車のメーカーや車種までが特定されていたが、これは考える必要は無さそうだ。
本人と思われるSNSのページも特定され、本人が死亡しているからか、そのまま残されていた。
書き込みの多くは、オンラインゲームやソーシャルゲームに関するもので、旅行先や飲食店関連の書き込みは殆ど無い。
その中で興味を引かれたのが、花見に関する書き込みだった。
火だるまになったホームレスが通りすがりの女性に抱き付き、二人とも死亡した事件が起こった夜、本橋は上野公園での花見に参加している。
「これかな……現場を通ったか、事件を目撃していたのかも」
詳しい時間経過などは分からないが、やはり本橋が事件に遭遇していた可能性が高い。
その時に禍者に憑かれていたのだとすれば、現在は本橋が起こした放火殺人事件を近くで目撃していた人間に憑依しているのだろう。
問題は、どうやってその人間を特定するかだ。
匂いが残されていたのは、本橋が放火をしようとして行動していた、つまり禍者の気配が表面に出て来たからだ。
本橋が起こした放火殺人事件の現場からは、匂いは一つのルートでしか残されていない。
禍者は、次に憑いた人間の中に潜んで移動したと思われる。
つまり、本橋の次に憑かれた人間が禍者に操られ、放火をしようとしない限りは匂いは発せられず、追跡することも出来ない。
「事件を目撃した人かぁ……」
もう一度、本橋が起こした放火殺人事件の詳細を見直してみて気付いたことがあった。
事件が起こったのは深夜三時過ぎで、場所は旧白山通りから路地を入った場所だ。
「そうか……たぶん近所の人だ」
そんな時間に、そんな場所に居るのは、放火をしようとした本橋以外は近所に住む人ぐらいのものだ。
禍者は、次に憑いた人間に潜んで移動したのではなく、現場の近くから移動していないから、匂いの筋が一本しか残されていないのだろう。
「そうだ! いい方法があるじゃない」
現場近くに住む人に禍者が憑いたならば、近所の家を虱潰しに探せば良いのだ。
幸い、匂いを辿る童子は赤鬼で、普通の人の目には触れないし、壁や天井、ドアもすり抜けられる。
真輝が教室を出る時などは、童子の体は鴨居をすり抜けるのだ。
私達では入って行けないが、童子ならば家の中にまで入り込んで、禍者の匂いが残されていないか調べられる。
「でも、見つけたらどうすれば……」
脳裏に真輝と童子に出会った時の光景が蘇ってきた。
どんな形の妖かしなのかは分からないが、たぶん童子に食われて終わりになるのだろう。
「と、とにかく、禍者を見つける目途は立ったわ。うん、全ては明日、寝よう」
「きゅう」
管狐のくーちゃんが、小さく鳴いて頬摺りしてきた。
返り血を浴びた悪鬼のごとき童子の姿を思い出して、ちょっと怖くなったのを察してくれたのだろう。
「頼りにしてるよ。守ってね、くーちゃん」
「きゅー、きゅー!」
任せろとばかりに胸を張るくーちゃんといっしょに、布団に入り、すぐ眠りに落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます