第12話 隠れ家
「最近、火事が多いな……」
禍者を捕らえる目途が立ち、熟睡して迎えた翌朝、父の一言に嫌な予感がした。
「火事って……どこ?」
「あぁ、小石川植物園の方みたいだな……」
テレビの情報番組は、文京区小石川の火災の話題一色だった。
民家やお寺、製本所などが燃えているらしく、現在も消火活動が行われているようだ。
ヘリコプターからの映像では、まだ炎が見えて、黒い煙があがっている。
「姫華、早く食べないと遅刻するわよ」
「えっ、嘘っ、もうこんな時間」
テレビの映像に見入っていて、いつもよりも遅くなってしまった。
慌てて朝食を掻き込んで、家を飛び出そうとして忘れ物に気付いた。
「お兄ちゃん、豆大福もらってく!」
「ん、お、おぅ……」
急いで豆大福をパックに詰める私に、兄が呆気に取られていたが、構っている余裕は無い。
いつもの道を小走りで学校へと向かうと、突然肩の上でくーちゃんが鳴いた。
「きゅう!」
「えっ、うわっ……ごめん!」
塀の影から出て来た子鬼を蹴飛ばしそうになって、慌てて飛び越えた。
そうそう、くーちゃんが一緒でも出会いがしらでぶつかる場合はあるんだよね。
三崎坂を下る途中で、前を行く制服姿の男子が見えた。
手前の二人が長倉君と丸山君、真輝はその十メートルほど先を一人で歩いている。
肩に乗っている童子が私に気付いて声を掛けたようで、真輝が振り向いて足を止めた。
少し悩んだが、更に足を速めた。
「おはよう、長倉君、丸山君」
「おぅ、おはよう!」
「お、おはよう……」
声を掛けながら二人を追い越して、歩き始めていた真輝に並ぶ。
「おはよう、ねぇ、今朝の火事は関係あるの?」
「分からん」
「でも、火元が新聞販売店だって……もしかして」
「可能性はゼロじゃないが、行って確かめてみないことには何とも言えない」
「だよね。じゃあ放課後?」
「場所は調べられるか?」
「大丈夫。でも、これだけ大きな火災だから……」
「現場を調べるのは、俺がやる」
「うん、お願いね」
火事のニュースを聞いた時には、自分の予測が外れたようで不安に押し潰されそうな気がしたが、真輝がいつも通りなのを見て少し安心出来た。
妖かしを探して捕まえるなんて初めての状況で、新しい情報や予想外の事態が起こる度に一喜一憂してしまうが、真輝は動じた様子を見せない。
たぶん、こうしたことに慣れているのだろうが、それは詮索しない約束だ。
でも、もう少し仲良くなったら、真輝から話してくれるだろうか。
「そうだ、今日はちゃんと豆大福持ってきたわよ」
「本当か? 昨日の分もか?」
私がおはようと言った時には表情一つ変えなかったくせに、大福と聞いた途端輝くような笑顔を見せる。
でも、ちゃんと釘を刺しておかないとね。
「ちゃんと持ってきたわよ。でも教室では出さないわよ」
「分かってる」
「てか、お昼はどうするの? また女子に囲まれて食べる?」
「はぁ……どこか人の少ない場所は無いのか?」
「まぁ、無いこともないけど……」
「案内しろ」
「はいはい、分かりましたよ」
他の女子とも話せるように改善しろとは言ったけど、神気ダダ漏れの状態を何とかしてからじゃないと無理そうだし、とっておきの場所を教えてあげるしかなさそうだ。
午前中、授業の間の休み時間は、スマホで小石川の火災の情報を収集した。
すでに鎮火したらしいが、火元と思われる新聞販売所からは、九人の遺体が発見されたと知って胸が痛んだ。
目撃者の話では、ボンっという爆発音の後で一気に燃え広がったらしく、ガス爆発も疑われているらしい。
四時限目の授業が終わると、私と真輝は事前に打ち合わせておいた通りに、すばやく教室を出た。
昨日のように、クラスの女子に囲まれないためだ。
自販機で飲み物を買ってから、外履きに履き替えて、東校舎の裏手の花壇に足を向けた。
ここは、学食や購買部から離れていて、昼休みの時間には殆ど人が来ない場所だ。
「どう、ここなら他の人の目を気にせずに、ゆっくり食べられるわよ」
「へぇ、こんな場所があるのか」
「ぐふふふ、嬢ちゃん、もしかしてここで寂しく飯食ってたのか?」
「う、うるさいわね。しょうがないでしょ、食事中にも妖かしが出て来たりするんだから」
突然姿を見せた妖かしに驚いて、お弁当をひっくり返してしまったことがあった。
それ以来、人目を避けて昼休みに彷徨っていたりしたのだ。
「あーっ、でも夏は暑いし、雨の日は使えないわよ」
「じゃあ、どうするんだ?」
「そん時は、別の場所を教えてあげるわよ」
「そうか……頼むな」
珍しく殊勝なことを言っているけど、意識はすっかりお弁当の中身に奪われているようで、既に神気がダダ漏れになっている。
今日の真輝のお弁当、おかずはカツやコロッケなどフライ色々、ご飯はオムライスになっている。
真輝はおかずを一つ口にする度に陶然とした表情を浮かべ、もきゅもきゅと小動物モードで食事を楽しんでいる。
クラスの女子が餌付けしたくなるのも理解出来るし、この表情をおかずにご飯が食べられそうだ。
無心で食事を楽しんでいた真輝の視線が、ふっと止まった。
視線の先は、私のお弁当箱の中、アスパラガスのベーコン巻のようだ。
「はぁ……食べたいの?」
箸でつまんで訊ねると、真輝は真剣な表情でコクコクと頷いてみせる。
「はぁ……いいわよって、ちょっ!」
食べてもいいと言った途端、真輝は私が箸でつまんでいるアスパラベーコンをパクっと口にすると、目を閉じてもきゅもきゅと咀嚼しはじめた。
これって、間接キスになっちゃう……なんて考えすぎなのかな?
私の悩みなんて、まるで気付いていないようで、真輝はお弁当に没頭している。
一人で悩んでいるのが馬鹿らしくなって、私も食事を続けた。
間違っても、お箸を咥えたり、舐めたりなんかしてないからね。
お弁当を食べ終えると、神気の漏れは徐々に収まっていくようだ。
「ねぇ、ちょっとは神気の漏れを抑える練習した方が良いんじゃない?」
「わ、分かってる……でも、料理が旨いんだからしょうがないだろう」
「と言うか、今までどんな食生活してきたのよ」
訊ねた途端、真輝から表情が抜け落ちた。
「あぁ、ごめん。今のは聞かなかったことにする」
「ぐははは、嬢ちゃん、賢明な判断だぜ」
これは相当酷いというか、場合によってゲテモノの部類に入りそうな食生活だったのかもしれない。
「じゃあ、ちょっと神気を抑える……って、駄目だこりゃ」
豆大福を見せた途端、再び神気がダダ漏れになった。
今になって気付いたが、真輝の神気が満ちている範囲が教室の半分ぐらいで、その周囲を童子の黒い靄が広がっている。
「ねぇ、その黒いのは何なの?」
童子に訊ねてみると、あっさりと教えてくれた。
「こいつか? これは鬼気だ」
「陰と陽みたいな感じ?」
「まぁ、そんなもんだ」
詳しいことは分からいけど、真輝の神気は人や妖かしを惹きつけ、積極的にさせる効果があり、童子の鬼気は神気を相殺する効果があるのだろう。
「美味かった、眠いな……」
お弁当と豆大福を堪能した真輝は、目をとろーんとさせている。
「あんたねぇ……隣の席でグーグー寝ないでくれる? みんな昼ご飯の後は眠いんだからね」
「眠たいなら眠ればいいじゃないか」
「駄目に決まってるでしょ。テストの時に泣いても知らないからね」
正直、注意もされずテストで赤点取る心配も無いならば、私だって居眠りしたわよ。
「ふむ、やっぱり学校は面倒だな……」
普通の高校生と同じと思ったらいけないのだろうが、一体どんな生活をしてたのだろう。
ちょっと聞いてみようかと思った時だった。
「よう、仲良いじゃんかよ、お二人さん……」
「へぇ、こんな所でイチャイチャしてんのか」
話し掛けてきたのは、丸山君を虐めていた梶山、沼田、古川の三人組だ。
「そんなチビじゃなくて、俺らと遊ぼうぜ、なぁ、放課後カラオケ行こうぜ」
「清宮、いい乳してんよなぁ……可愛がってやるよ」
沼田のいやらしい視線が胸元に注がれて背中に寒気が走る。
その視線を遮るように、真輝が私の前に立った。
「こいつには、俺の手伝いをさせるから、お前らと遊んでる暇は無い……帰れ」
「んだと、チビが! 畳んじまう……痛ててぇ、ぐふぅ!」
真輝は襟を掴んだ沼田の右腕を左手でひょいと捩じると、右の掌底を鳩尾の辺りに叩き込んだ。
沼田が空気の抜けた人形のように、クタクタとその場に崩れ落ちる。
「てめぇ……がはっ!」
掴みかかってきた梶山は、踏み込んだ真輝の肩からの体当たりで文字通り吹き飛ばされ、校舎の壁に叩きつけられた。
壁で後頭部を打ったのか、そのままズルズルと座り込む。
「こいつ……くぅ、だぁ!」
殴りかかった古川は真輝に腕を掴まれ、振りほどこうとした瞬間に掌底突きを食らって花壇の生垣に突っ込んでいった。
「これ以上ちょっかい出してくるなら、次からは手加減しない。手足の二、三本へし折られる覚悟をして来い。いくぞ」
「う、うん……」
てっきり童子の力を借りるのかと思っていたら、真輝一人で三人を叩きのめしてしまった。
「ぐははは、驚いたかい嬢ちゃん、真輝は爺さんから古武術も叩き込まれてたからな。あんなヒョロいのじゃ相手にならねぇよ」
そう言われてみると、身のこなしが普通の男子とは違うような気もする。
どうやら傲岸王子は、守られているだけの王子様ではないらしい。
ちょっと格好良いかもと思ったが、午後の二時限を熟睡して過ごしていたから撤回する。
放課後は、昼休み同様に素早く教室を抜け出し、そのまま学校の外へ出た。
「どっちだ?」
「こっち、ちょっと歩くわよ」
「構わん、歩く程度は苦にならない」
火災の現場は、学校前の通りを白山方面に進み、地下鉄の駅前を抜け、法華寺坂を上って、小石川植物園の脇を下り、表通りを少し後楽園方面に行った所だった。
植物園の脇を下っている辺りで、すでに焦げたような臭いが漂い、表通りには消防車が停まっていた。
付近には、テレビ局の中継車がならび、マイクを握ったアナウンサーがレポートをしている姿も見える。
「ねぇ、全然近づけないよ」
「必要ない。間違いなく奴の仕業だ」
真輝の肩の上で童子が大きく頷いてみせる。
言葉を交わしたようには見えなかったが、話さなくても通じ合うものがあるのだろうか。
「はぁ……どうしたら良いんだろう」
禍者を野放しにしているせいで、また九人もの命が失われてしまったと分かって、無力感を感じてしゃがみ込んでしまった。
「お前、まさか自分のせいだ……なんて思ってるんじゃないだろうな?」
「だって、土地神様に頼まれて……」
「はぁ……良く考えてみろ。俺と童子でも追い詰められていない相手を、ただ見えるだけのお前が捕まえられるのか?」
「それは、無理だと思うけど……」
「お前が気に病む必要なんか無い。土地神様がお前に依頼したのは、俺を効率良く働かせるためだ。こいつは俺達が必ず捕らえる。だが簡単じゃないから、まだ犠牲者が出るかもしれない。それでもそれは、性悪な禍者の仕業であって、お前の責任じゃない。分かったら立て、次を探さなきゃならないからな」
差し出された真輝の手は、温かく頼りがいがあると感じた。
「ありがとう。でも、どうやって探す?」
「今回も、たぶん火事を目撃した人物で、禍者に憑かれやすそうな人物がいたはずだ。そいつを探さなきゃいけないんだが……」
前回の現場は、表通りからは少し入った場所で、事件当時も目撃した人は限定的だったはずだ。
今回の火元は新聞販売店らしいので、たまたま前回の現場に居合わせた配達員に禍者が憑いたのだろう。
これについては、真輝も異論はないようだ。
今回は表通りからもすぐの場所で、近くにはマンションも多い。
その上、火災の規模が大きかったから、早朝ではあったが、多くの野次馬が詰めかけたはずだ。
その中から、禍者に憑かれた一人を探し出すのは、簡単な作業ではなさそうだ。
火災現場を中心として、周囲をグルっと回ってみたが、禍者の臭いは感じられなかったそうだ。
「駄目だな、もう近くには居ないのかもしれない」
「匂いだけで探すのは無理なんじゃない?」
「だが、それ以外の手掛かりは無いぞ」
「とにかく、ここに居ても手掛かりは掴めそうもないから、帰って考えてみない?」
「そうだな、何か方法を考えよう」
「私もネットで、今回憑かれていたと思われる人の情報を探してみるよ」
禍者の臭いを辿ったり、退治するのは私には出来ない。
ならば、真輝や童子に出来ないことで貢献するしかない。
たぶん、土地神様から求められているのは、そうしたことのような気がする。
「頼むな……でも、無理すんなよ」
「分かってる」
傲岸王子が、ちょっとだけ優しくなった気がした。
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